第183話 報告:騎士は揃い、騎士団は完成する

 




 狙撃の失敗。これにより万策が尽きたかのように思われた。指揮官がやれることはもうほとんど残っていない。誰もが言わずとも感じている。


(きっとこれが最後になるな)


 俺はどこか感慨深いものを覚えながら、皆の前へと歩み出る。隣にはクローディーヌがおり、まっすぐ此方を見ていた。


 その凜々しくも、力強い眼差しはしっかりと俺の瞳を貫いてゆく。「貴方に託す」、そう言わんばかりに。


 そこにはかつてのように迷い、信じ切れずにいた彼女はいない。俺に頼るのではなく、自分の意志で信じている。そんな様子だった。


(いつぞやの時とは、随分と変わったもんだ)


 俺は少しだけ頬を緩める。そして少しだけ過去のことを思い出した。











 出会った頃の彼女は、誰も信じてはいなかった。自分さえも信じることはできず、故に敗北を繰り返し、そして血の滲むような努力を自らに課していた。だがそれは当時の俺にとっては腹立たしいものであり、何より痛ましくもあった。


 彼女と自分、その違いがもっとも如実に表れたのはボルダーでの戦いだろう。初めて強敵と戦い、生き延びた戦いだ。


 俺は味方を囮にし、敵軍を撃退した。そしてクローディーヌはそのことに腹を立て俺を殴った。俺は今でも、あの選択肢が正しいものであったのかはよく分かっていない。


(だが今は相手が囮を使い、こっちが仲間のために危険を冒して砲台を破壊しに出向いているんだからな。まったく)


「策はあるの?」


 隣に立つクローディーヌが聞いてくる。俺は肩をすくめて「特にない」とだけ答える。


 策という策は既に使ってしまっている。相手が上手であることもあるが、策を弄するにも兵力差がありすぎた。そもそもこれだけの兵力差を挑もうとすることが策士として失格だ。


「そう。じゃあ任せるわ」


 クローディーヌは剣を構える。そう言いながらどこかうれしそうにしているのだから、救えない。振り返ると他の団員達も似たようなものであった。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。


 俺も少しだけ笑い、大きく息を吸った。まだ手がないわけではないのだから。


「アウレールに告ぐ!」


 秘術も込みで、できるだけ通るように大きい声で話す。ゆっくりと、分かりやすく。


「味方さえも囮にし、自らの私欲を貪るために戦争を続ける。貴様の正義は、どこにある!」


 戦場が静まりかえる。まったくどの口が言うのかと思わないでもなかったが、敵の士気を折るには効果的だ。


 射撃も警戒したが、おそらく彼はそんなことはしないだろう。彼は今圧倒的に有利であり、こちらをゆっくり殺そうとまでしている。そんな奴は、必ず挑発には乗ってくる。


『帝国軍人でありながら、帝国に銃を向ける。反逆者が正義を語るとはな』


 拡声器から声がする。これであの将軍がこの近くにいることは確定だ。


 バカはお前だ。さっさと離れれば良いものを。


 俺はさらに声を張る。


「誇り高き帝国軍人に告ぐ!このままアウレールの私兵となるのであれば、我々は容赦しない。銃を構え、相手を殺さんとする者は、同時に殺される覚悟をもて!」


 第七騎士団の面々が武器を構える。一点突破、この布陣の一番奥深くに、奴がいるはずだ。


「俺が単騎で敵陣に突撃する。第七騎士団は防御を優先しつつ、敵の気を引いてくれ。俺が死ぬときは、即座に撤退しろ」


 俺はそう言うと銃剣を構える。敵の懐に入れば、むこうも迂闊に攻撃はできない。それにアウレールを倒すだけであれば、一人で突撃することも強ち愚策ではない。


 俺は先頭に立ち、全力で地面を蹴る。もう既に策もない。残るは力のぶつかり合いだ。


 純然たる闘争がはじまった。













「第七騎士団は防御隊形を取れ、身を低くし、秘術で防御を固めろ。歩兵が前、秘術士は後ろだ。攻撃秘術は最低限に、左右敵部隊の注意を引いてくれ」

「「了解」」


 俺は第七騎士団を残し、単独で帝国軍へと突っ込んでいく。側面の敵部隊からは第七騎士団に、前方の部隊からは俺一人に射撃が集中していた。


 騎士団の連中も俺に全幅の信頼を置いたのだろう。何を聞くわけでもなく、ただ俺の指示に従って防御に専念していた。


(よし、これで銃撃が分散したな)


 俺はさらに加速していく。


『撃て!近づけるな!』


 拡声器から少し慌てたような指示が出る。しかし銃を構えたそばから俺は兵士を狙撃していく。狙いを付ける必要すら無い。自分が思うところへ、銃弾を撃ち出すことができた。


(何を慌てているんだか。将軍)


 俺は大きく声を張り上げる。


「銃を捨てろ!撃ち殺すぞ!」


 俺は大声で威圧しながら、距離を詰めていく。既に銃弾で聞こえているかは怪しかったが、その姿で十分意図は伝わっているのだろう。既に一部の兵は戦意を無くし、後ずさりし始めていた。


『何をしている、はやく撃ち殺せ!』

「だ、駄目です!狙いが……ぐあ!」


 俺は銃弾を撃ち込みながら、さらに敵部隊に近づいていく。そして地面を蹴り上げ、ひとっ飛びで敵部隊の懐に入り込んだ。


「クソッ、構え……」


 部隊長の一人だろうか。俺に攻撃命令を出し切る前に倒れこむ。その後方には、金髪をたなびかせたクローディーヌがいた。


「いや、お前は防御に……」

「アルベール一人じゃ危ないでしょ?」


 俺達は背中合わせにお互いの背後をカバーし、攻撃を続けていく。こう敵陣のど真ん中に食い込まれては、敵も味方を誤射しないよう狙いを付けなければならない。だがこの混戦状態に、敵は碌に発砲すらできずにいた。


(第七騎士団の方は……銃撃が止んでいる?)


 弾切れか、あるいは無意味と感じたのか。確かにあそこまで防御に徹せられては、帝国の火器では少し威力不足だ。兵を集めることを優先して、重火器の数はそう多くはないのだろう。あったとしても、それをドロテ達に狙い撃ちされていた。


「でもいつまでももつわけじゃないわ」


 クローディーヌが剣を振りながら言う。ここで彼女の大規模秘術を使えない。あくまで自分たちが戦う相手は敵対する者だけであり、そうでないものを巻き込むことはできないからだ。


「分かってる。俺達が死んだとき、彼等はまた戦意を回復する。その時は騎士団も、あの城塞にいる部隊もやられるだろう」

「それじゃせいぜい生き残らないといけないわね」

「そうだ……な!」


 俺達はお互いをカバーし合いながら敵陣を突き進んでいく。一人、また一人と命を奪っていく。


 しかし次第に自分の身体が重くなっていくのを感じた。


(クソッ、もう限界が近いのか)


 どれほど戦った頃だろうか。俺の足が突如として止まりはじめる。


 身体への負荷のかけ過ぎか、それとも秘術になれていないが故か。そして運悪く、敵の銃弾が俺を貫いた。


「アルベールッ!」


 クローディーヌが簡易的な『紫の地平に抱かれてショーム・レム・ボンド』を起動する。そして少しして銃弾が止んだ頃、その秘術を解いた。


「ハア、ハア、ハア……。アルベール、大丈夫?」

「……何とかな」


 右肩に一発食らっている。それに元々一発腹に受けているのだ。血を使いすぎたせいか、足の震えが止まらない。


(クソッ、身体が重い)


 俺はなんとか立ち上がり、敵部隊を見る。少し視界が霞んでいたが、まだアウレールの部隊は残っているようであった。


「逆賊め、覚悟しろ」


 前方にいる部隊長が言う。言葉遣いからするに帝国貴族だろうか。いずれにせよ俺達に味方してくれそうにはなかった。


「アルベール、下がって」


 クローディーヌが剣を構える。なんとかしようと、敵を牽制していたのだろう。しかし不意にそのクローディーヌが膝を折った。


「えっ?」


 その感覚をクローディーヌは以前経験している。針のようなものを撃たれ、身体が動かなくなった、アウレールが撃ち込んだ麻酔銃である。


「これでようやく話ができるな。グライナー中佐」


 おぼろげな視界で前を見る。焦点が合わなかったが、そこにアウレールがいることだけは確かだった。この段階で出てくるとは、本当に慎重だ。


「今まで手こずらせてくれたが……最期は無策に突撃か。哀れなものだ」

「へっ、そうかい」


 俺はなんとか銃弾を込め、アウレールに向ける。しかし彼のそばには魔術師が控えており、今の弾丸ではとても撃ち抜けそうになかった。


「副長!」


 後方でレリアが叫び、飛び出そうとする。しかし側面に布陣している部隊が威嚇射撃をし、その足を止めた。


(いつの間に彼等が近くに?)


 俺はそう考えるも、アウレールを見て合点がいく。この男がそうさせたのだ。目の前で笑っている男は、団員達の前で俺を処刑するために、わざと銃撃を一時止め、彼等の進軍を許したのだ。


「騎士団も後を追わせるが、まずは貴様だ。アルベルト・グライナー」


 アウレールが続ける。


「俺に恥をかかせた父親の罪、そして銃弾の撃ち込んだお前の罪。死で贖ってもらおう」

「……馬鹿言うなよ」


 俺はよろける自分に対し、銃剣を地面に刺して支える。そしてアウレールの方を見た。


 パンッ


 銃声が響く。


 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!


 そして続け様に銃声が響いた。


「ほらほら!どうした?撃ちかえさないのか?」


 アウレールがピストルで俺を撃つ。決して致命傷にならないように、急所を外している。おそらく失血死させるまで嬲るつもりだろう。俺は倒れないように立ち続けた。


「ちっ、弾切れか」


 パンッ


 その一瞬の隙をついて、今度は俺が銃を撃つ。しかし魔術師が防御魔術を張っており、銃弾が彼に届くことはない。アウレールがニヤニヤと笑っている。


「アルベール……逃げて……」


 クローディーヌが這いずりながら言う。


 馬鹿を言うな。一人置いて逃げることも、そもそも逃げる体力も残っちゃいない。そもそもこの万を越える大軍が逃がしちゃくれない。


 アウレールだって許しはしない。今も俺を殺そうと、しっかり此方を見つめている。俺も親父も、相当恨みを買ったもんだ。


 それに……。


「さて、そろそろ仕上げに入るとしよう」


 アウレールがピストルを構える。銃口の向きからして、とどめを刺すつもりらしい。


 しかし不意にピストルが下ろされる。


「ん?」


 アウレールが一瞬、躊躇する。俺達の後方で何が見えたかは分からない。だが俺はそれが何かを知っていた。


 いや、それは正確ではない。それをのだ。


 そしてアウレールのその迷いは致命的であった。


「あんたも優秀だが、一つ問題がある」

「……何だと?」

「歴史に学ばないことだ」


 俺はそう言って、にやりと笑う。かつて不用意に前線に出て、敵兵を嬲ろうとして殺された総大将がいた。きっとこの男は、王国と東和の戦いのことなど少しも調べてはいないのだろう。


 小ずるく、優秀で、頭も回る。出世向きだが、こと戦争に向いているとは言えなかった。


「それに……」


 俺は胸を張り、背筋を伸ばす。もう俺自身が戦う必要は無い。英雄が動けなくても、自分が戦えなくても、支えてくれる仲間がいるのだ。


「それに俺達は……まだ揃っちゃいないんだ」


 俺はそうとだけ言って後ろに倒れ込む。そしてその上を、風のように馬が飛び越えていった。


「ったく。遅いじゃないか……フェルナン隊長」


 騎馬隊がなだれ込む。


 それは風のように、速く、鋭く、帝国軍を切り裂いた。






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