第182話 報告:そして決断を迫られる

 








(油断した。時間にしてみればほんの一瞬。ほんのわずかな間だったが……)


 俺は秘術を起動し、肉体を急速再生していく。治りは早いが、想像以上に傷は深い。とても今すぐ戦えるような状況ではなった。


 アウレール部隊の連中が、どこからと現れこちらを半包囲する。どうやら大砲を守っていた部隊はアウレールの直接的指揮下にある部隊ではなかったらしい。


 砲台を守る部隊など半ば命を捨てるようなもの。そんな所にアウレールが自分のお手製の部隊を配置したりはしない。彼等は囮。こちらが見るからに本命であった。


(クソッ、伏兵か。あれだけの兵士が防御に回っていたっていうのに、まだ伏兵がいるとはな。贅沢なことだ)


 俺は自分の甘い見積もりを少しばかり後悔する。


 しかし帝国の兵も無限ではない。実際の所、この部分にほとんどの兵を集結させているのだろう。流石にこれ以上の兵を動員することが不可能なことは、帝国軍人の俺としてはよく心得ている。


「副長!私の後ろに!」


 レリアが防御秘術を展開する。そしてそんなレリアに向けて、四方八方から銃弾が飛んできた。


「くっ……これぐらい!」


 レリアがさらに秘術に力を込めていく。そしてそんなレリアをカバーするように、秘術隊が攻撃を始めた。


鉄槌の赤フラム・ルージュ


 銃を撃っていた部隊が軒並みその火に包まれていく。焼かれ、泣き叫ぶ姿は見ていて痛々しい。しかしその後方からぞろぞろと追加の兵が現れると、とてもそんな余裕はもてなかった。


「副長……大丈夫ですか?」

「ああ。だが、戦い続ければ血が持たない」


 俺はそう言いながら秘術を展開する。血を操り、血に力をこめる秘術。『受け継がれた血の願いウォンシュ・デス・ブルート』は実際のところ一体どこまでできるのかがよく分かっていない。


 魔術よりも汎用性が高く、魔術よりも威力が高い。一方で一度心が折れてしまえば、使用することができない不安定なものだ。


(だがこの状況、頼らざるを得ないか)


 俺はライフルを構える。向こうはこちらに銃口を向けつつも、攻撃はしてこない。


 少しばかりの静寂が続いた。



 ガガガガガガガガガガ



 大きい音を立て、派手な戦車がやってくる。悪趣味な見た目だ。合理性のかけらもない。前線で戦う者からしてみればそれは滑稽だろう。それがあの将軍のものであることはすぐに分かった。


「逆賊よ、投降せよ!今なら命だけは助けてやる」


 アウレール将軍が言う。不遜な物言いだ。それに真っ赤な嘘でもある。彼の男が自分たちを許すはずがない。殺しても殺し足りないぐらいなはずだ。


 だがそれでも多くの人間は、その姿に騙されるのであろう。豪華な見た目、堂々とした態度、周囲に連ねる人間の数。大多数の人間はその虚飾に目を奪われ、正しい判断ができなくなる。だから彼の元に力が集まるのだ。


(しかしここに来たのは失敗だったな)


王国に咲く青き花フルール・ド・リス


 クローディーヌが俺の指示よりも早く、その秘術を放つ。その強大な衝撃波は、戦車をあっという間に飲み込んだ。


「……とは言っても流石にそこまで馬鹿じゃないか」


 煙がはれ、そこには先程と変わらない戦車があった。周りに大量の魔術師が倒れているところを見ると、大量の魔術師を使うことで防御しているようだった。


(見たところ二十……いや三十か?魔術師だって貴重だろうに。ふざけた使い方しやがって)


 クローディーヌも周りを巻き込まないように力をセーブしていた。しかしそれでもあの男を殺すつもりで撃ったはずだ。それを防がれたのは、兵士達の士気に対してもよろしくない。現に敵の兵士達も少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。


 気を失った魔術師達を下げ、新たな魔術師達が前に出る。あの様子から察するに、あともう一、二発は耐えそうであった。


「馬鹿な連中め……撃て!」


 けたたましい音と共に帝国軍が一斉射撃を始める。クローディーヌが咄嗟に秘術を使うことで、その攻撃を防いだ。


「各部隊交互に撃て!敵に反撃の隙を与えるな!」


 流石に二度同じ轍は踏まない。敵はリロードのタイミングをずらしながら、ひたすら銃弾を撃ち込んでくる。この状態では流石にクローディーヌも秘術をやめることができなかった。


「まずい。団長の秘術が切れ始めている」


 団員の一人が呟く。誰の目から見ても、限界が近かった。


「団長、私たちが変わります!」


 クローディーヌの秘術が切れかけたその瞬間、準備していたドロテ隊の面々が防御秘術を張る。これまで前線で戦ってきた猛者達だ。連携も完璧である。


 その防御は厚く、爆弾や弾丸をもろともしなかった。


「ふん。だが時間の問題だ」


 アウレールが呟く。そのために弾薬はこれでもかと用意してある。はじめから敵の来る位置が分かっているのだ。迎撃の準備も、その作戦立案も容易である。


 ダダダダダダダダダ


 銃撃の音が響き渡る。流石の第七騎士団の秘術士でも、これだけの銃撃をいつまでも耐えられるわけではない。徐々にその防御を弱まり、見るからに押され始めていた。


「よし、これで……」

「そうはならねえな」


 その瞬間、戦車の上からその様子を眺めていた男が絶命する。帝国軍からやや離れた草むらの中、距離がある中での美しい狙撃であった。


「銃撃が止んだぞ?どういうことだ?」

「見ろ!敵大将をやった!」


 帝国の銃撃が止み、騎士団の団員達が喜びの声をあげる。


 事前にグスタフに帝国軍の軍服を用意し、忍び込ませただけのことはある。彼は元々アウレール指揮下の部隊にいたぐらいだ。どさくさに紛れて忍び込み、狙撃ポイントを探すぐらいのことはやってのけるだろう。


「ちょっと待て。様子がおかしいぞ」


 帝国軍に乱れる様子はない。皆落ち着いた様子で次の行動へ移っていた。


(ちっ、やはりか)


 俺は舌打ちをしながら狙撃を躱す。今度は秘術を起動していただけに予測はできた。しかし状況は何一つ好転していないことにかわりはない。


 あの悪趣味な戦車に乗るその男は、おそらくは偽物だろう。俺らが必死に打ち倒した時に、ほくそ笑むための装置だ。クローディーヌに秘術を消耗させ、消耗しきったところを嬲ろうとしていたのだ。


『はっはっは!やるじゃないか!まさか秘術を温存されるとはね』

「……ご丁寧に拡声器まで用意しているとはね」


 アウレールの声が響きわたる。自らが死んでいないことを伝えるという意味では非常に効果的だ。


 彼は見事に兵士達に紛れている。しかし此方を煽るために、わざわざ肉声をいれているのだ。ここまでくると大したものである。


(だがもう手は限られてしまったな)


 俺は否応なしに決断を迫られる。敵は次の斉射を待ち、着々と準備をしている。次の一斉射撃を耐えきれるほど、秘術士の体力も残っていない。


『少し予定とは違うが……まあいい。秘術は防御でも使用させられる』


 拡声器から声がする。おそらくクローディーヌが動けなくなるまで銃撃を続けるつもりだろう。


 行くも地獄、逃げるも地獄だ。選択肢はあれど、正解がない。もとより、こんな馬鹿げた博打にそもそも正解があるのかは分からない。


 誰を攻め、誰を守るか。誰を捨て、誰を生かすか。かつての自分なら、即座に決断していただろう。


 しかし選ぶ道は決まっていた。かつて自分が否定する、最も馬鹿な道を、今俺は進んでいくのだ。


「じゃあ、はじめますか」


 俺はそう呟き、ゆっくりと前に歩き出した。






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