第181話 報告:嵌められる者は
「そろそろだな」
俺は敵部隊の様子を観察しながら呟く。多少カモフラージュをしているが、あきらかに突撃の体制を整えている。あの大砲の一撃と共に、こちらへ突撃する気だろう。
「クローディーヌ、準備を……って必要なかったか」
クローディーヌは静かに呼吸を整えている。普通なら砲撃なんて、撃ってから対処できるものではない。その砲撃は発射と同時にすさまじい速度で此方に襲いかかってくるのだから。
しかし彼女なら話は別だ。クローディーヌ・ランベールであれば敵の砲弾さえ防ぐことができる。それを部隊の全員が確信していた。
「っ!?……敵の大砲に動きがあります!」
その瞬間、遠くでわずかに煙が上がるのが見えた。望遠鏡を使ってやっと確認できる程度、それでも確かに煙が上がっていた。
「まずいっ。来る……」
『
俺が反応するよりも早く、クローディーヌは動き出している。辺りに紫の花が咲き、向かってくるあらゆる攻撃を無効化する。そしてそれはあの砲弾さえも例外ではない。
「き、消えた……?」
兵士の一人が声を漏らす。騎士団の人間でなければ、驚くのも無理はない。
(まあ、それに付き合っている暇はないけどな)
砲弾が無効化されたと同時に、城塞の門が開く。そして騎馬に乗った第七騎士団が全速力で駆けていった。クローディーヌも素早く城壁から飛び降り、用意していた馬に乗る。秘術の力で強化された騎馬隊は、風のように速く大地を駆けていた。
「さあ、作戦開始だ」
俺はそう言って同様に城壁を飛び降りた。
「敵軍!騎馬隊で突撃してきます!」
「はっ。馬鹿な連中だ。撃て、撃ちまくれ!」
帝国軍部隊は一斉に銃を撃つ。騎馬隊など銃の前には格好の的でしかない。それが彼等を安心させた。
(砲撃を防がれた時はどうなるかと思ったが……馬鹿な連中め)
帝国軍部隊の小隊長は軽く息を吐く。しかしその安堵は、すぐに消え去ることになった。
「敵騎馬隊、銃弾がききません!」
「ものすごい速さです!もう目前に……」
あっという間に陣営は蹂躙され、兵士達がはねられていく。部隊は皆地面に伏せ、ただ殺されないことを願った。
「クソッ。やってくれた!被害は!」
小隊長が尋ねる。しかしあたりを見渡すと、多くの兵士がそのまま起き上がった。はねられた兵士も、骨折程度の怪我で済んでいそうであった。
「あれ……?」
小隊長は首をかしげながら彼等の様子を確認する。そして第七騎士団似目を向けたときには、既に土煙は遠くにまで離れていた。
「小隊長、追いますか?」
「…………」
小隊長は何も言わず、ただ顎で怪我人に手当てしろとだけ伝える。
「……見事なもんだ」
「へっ?隊長、何か……」
「……いや、何でもない」
小隊長はそうとだけ言うと、後方へと歩き出していった。
「副長、敵陣の突破には成功したみたいです!」
馬をよせて、レリアが俺に報告してくる。しかし騎士団の連中も見ない間に随分と馬に乗るのがうまくなったようだ。特に秘術士部隊は、速度を下げることなく防御秘術を展開している。
(皆死線を乗り越えてきたってことか……流石だな)
俺はレリアに「分かった。だが防御秘術は継続してくれ」とだけ伝える。ここから先は常に全力だ。砲台まではまだ距離があるが、秘術で加速した騎馬隊ならすぐにたどり着くだろう。
「前方、大砲の防御部隊が見えました!」
「全員、抜刀!」
先頭を駆けるクローディーヌが号令を出す。各々は秘術を用意し、衝突に備える。敵も十分な戦力をそろえているだろう。だからこそ最初の一手でどれだけ削りきれるかが肝要だ。
(しかしすごい数だな、全く)
「各員、撃て!」
敵部隊からの銃撃が浴びせられる。分かっているとはいえ、秘術の防御を当てにして突っ込むのはどうも落ち着かない。しかし第七騎士団の面々は完全に信用しきっており、前衛の部隊はただ剣を振るうことにのみ集中していた。
「我が名はクローディーヌ・ランベール!死にたくなくば道をあけろ!」
クローディーヌが飛び上がる。そして一気に敵部隊を飛び越えて、大砲へと迫っていった。
「クソッ!」
「止めろ。撃つな!味方に当たる!」
クローディーヌは風のように敵陣を駆け抜けていく。何とか狙いをつけて撃とうとするものはいたが、左右に躱しながら進む彼女に弾があたることはなかった。
(あと二十歩……)
クローディーヌは更に加速して駆けていく。何発か銃弾がかすめたが、それでも前に進み続ける。そしてその巨大な砲台を秘術の射程圏にまで捉えていた。
「もらった!」
クローディーヌが秘術を起動する。敵部隊もその技の威力は知っているのだろう。砲台周辺の兵士達は、既に慌てた様子で散開していた。
『
クローディーヌ今まさにその聖剣を振り下ろそうとしている。少し遠いが、あの砲台を破壊するのには十分だろう。なによりあの慌てた兵士達がその証拠だ。
(よしっ。これで……)
俺は後方からその様子を眺める。しかしその時、何か言いしれぬ違和感を覚えた。
体中がひりつくような嫌な感じ。おそらくは勘の類のものだろう。俺に流れている血の意志のようなものが、俺に警鐘を鳴らしているのだ。
(おかしい?何がおかしい?)
『
(よく見ろ。探せ、何か違和感が……そこか!)
俺は慌てふためく部隊の影でまっすぐクローディーヌを狙う兵士に目を向ける。狙撃兵が複数名、クローディーヌの秘術が当たらない角度から彼女を狙っていった。
(させるかよ!)
俺はすぐに銃を構え、引き金を引く。素早く、正確に。全身をめぐる血が加速していくのが分かる。彼女を狙っていた狙撃兵は、その正確無比な弾丸で絶命した。
そして同時に、巨大な大砲が崩れだした。
「見ろ!破壊したぞ!」
「やった、作戦成功だ!」
第七騎士団は雄叫びをあげ、騒ぎ立てる。その声は敵部隊には響いただろう。対照的に、帝国の兵士達は完全に戦意を消失していた。
そしてその勝利を分かち合おうと、レリアがいの一番に駆け寄ってくる。
「副長、やりましたね!……副長?」
「ああ。……やりやがった」
近づいてきたレリアの顔が、急に険しいものになる。それもそうだ。目の前で副長が衣服を血に染めていたら、そうなっても不思議じゃない。
(……やられた。俺が敵の狙撃部隊を撃ち終えて、油断したその一瞬に……)
俺は周囲を見渡す。すると防衛部隊とは別の部隊が、大砲の後から現れてきた。おそらく俺を狙撃した部隊も、そこにいるだろう。
第七騎士団の歓声は一気に止み、皆すぐに気持ちを切り替えて、武器を取る。
「敵を誘導し、油断しきったところを叩く。……はじめから狙いは、お前だったのさ。アルベルト・グライナー。少しは撃たれる痛みが分かったかな?」
「……伊達に賢知将軍を引き継いでいないってことか」
俺はどこかでほくそ笑んでいるその将軍を思いながら、そう呟いた。
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