第177話 報告:彼女は再び、彼の姿を垣間見る

 








「聞け!帝国軍の兵士達!私たちの敵は其方達ではない!賢知将軍アウレールである!」


 クローディーヌが帝国軍を前に大立ち回りをやってのける。彼女は英雄だ。こういった振る舞いも含めて、人の心に響かせるものをもっている。


「おい……どうするよ?」

「どうするったって……」

(前線の兵士には少なからず動揺が生まれているようだな)


 俺は敵兵を観察しながら一定の成果を確認する。しかし指揮官は間違いなくアウレールの息がかかった者だ。案の定、躊躇うことなく指示が出ている。


「敵部隊攻撃態勢に入ります!」

「やっぱこうなるか……」


 俺は軽く舌打ちをしながら呟く。


 それもそうだ。脅しをするにも、呼びかけるにも、兵力が少なすぎる。揺れ動いている兵士達の心を動かすには、もう少しこちらに勢いがいる。


(ルイーゼはまだ重体だろう。シュターフェンベルグ卿は……動くかわからないしな)


 となれば頼れるのは王国側の部隊だが……。一体どの程度の兵士が来るか。


(正直な所、あと千人は欲しい。第七騎士団さえも来るかどうかはわからないが、それでも彼等だけではとても足りない)


 一個大隊程度の人数がいれば、地形と秘術を利用しながら帝都まで迫ることは可能だ。向こうだって一枚岩ではない。今までの第七騎士団の猛攻で帝国は疲弊もしている。可能性としては十分だ。


(加えて俺達の進軍で、内外で協力的な人間も増えるはずだ。誰だって勝ち馬には乗りたいし、アウレールの支配で良い思いをしている人間も多くはない)


 しかしこれらはほとんど希望的観測でしかない。これまでの自分であれば、こんな博打じみた作戦はとらなかっただろう。人の勇気や意志に運命を委ねる指揮官など、三流以下と断じてきたからだ。


(しかしもう賽は投げたんだ。あれこれ考えても仕方ない)


 俺は一旦全ての懸念を頭から排除する。今はただ目の前に集中すればいい。そうすれば他のことを考えなくてすむ。


「まあ、そもそも考える余裕があるかって話だがな」


 けたたましい音と共に、クローディーヌへと鋼鉄の雨が降り注ぐ。


「戦闘開始だ」


 紫の花が咲いた。














紫の地平に抱かれてショーム・レム・ボンド


 クローディーヌがその防御秘術を展開する。ありとあらゆる攻撃は消滅し、弾一発たりとも流れてはこない。敵が一通り撃ち終えたのを確認して、クローディーヌは秘術を解いた。


「馬鹿な指揮官だ。一斉に撃つからタイムラグが出る」


 おそらく時間にしてはわずかだろう。しかしそのわずかな時間で彼女は一気に後退する。俺はそれを援護するべく部隊に指示を出した。


「各員、射撃準備。先程クローディーヌがいた場所がラインだ。あそこにありったけの砲弾と弾幕を張れ」


 お互いの射程距離は既に計算している。此方の方が高所から撃てる分、射程はかせげる。だからある距離までは一方的に撃つことができていた。


(だがこっちは敵をなるべく殺さないようにしなきゃならない。だからこそ、向こうの射程圏外にとどめておく必要がある)


 一度突撃が始まってしまえば止めるのは難しい。だからこそ動き始めに牽制し、足を止めなければならない。一度膠着状態を作り出せれば、援軍到着まで時間を稼げるだろう。


「撃て!」


 俺の合図と共に迫撃砲を撃ち込んでいく。弾には限りがあるが、城塞内にそれなりに備蓄してあった分を丸々いただいている。少なくともこの砲撃に関しては十分足りていた。


「一部敵兵が突撃してきます!」

「構うな!撃ち続けろ!中途半端に撃てば、さらに犠牲を出すぞ!」


 俺の指示で兵士達は砲撃を続ける。敵の叫ぶ声が聞こえるが、それは決して心地良いものではない。


(止まれ……止まれ!)


 けたたましい音と共に間断なく攻撃を続ける。そしてしばらくした後に、敵軍の足が止まった。


「敵軍、進行が止まりました!」

「砲撃、止め!」


 敵の足が止まったところで砲撃を中断する。目の前の草原は着弾跡で横一線に黒く塗りつぶされていた。


(止まったか?……いや)


 敵軍が砲弾のラインの後ろで、横陣を組み始める。横一線に広く薄く陣を組む。その意図は容易に察することができた。一斉突撃だ。


(兵力で上回っていると言っても、たかが五千。しかも支援砲撃もなしだ。それを無理矢理突撃で攻めようっていうのか?……馬鹿野郎が)


 無論こちらも兵力は五百程度だ。数で攻めれば、うまくいくかもしれない。向こうも砲台が射程圏内にまでもちこめれば支援砲撃もできる。


 だが忘れてはならないのは此方にはクローディーヌがいることである。彼女は一騎当千、いやそれ以上だ。城塞すら一人で攻略できる程度には強い。何もない平地であれば、五千の固まった部隊など一人でも壊滅しうる。


(どうする?ここで相手の被害を出させれば、こちらの正当性や主張に問題が生じる。……それが狙いか?人の命をなんだと思っている)


 無論現場に送られてきた指揮官はそこまで考えているわけではない。あくまで主導者はアウレールだ。現場の指揮官はただアウレールに処分をほのめかされ、必死になって命令を遂行する駒でしかない。


(……やるしかないのか?だがそれでは負けたも同然だ)



 砲兵隊をまとめている隊長が「撃ちますか?」と聞いてくる。突撃してきたら撃たざるを得ない。こちらだって向こうが撃ち始めたら一気に瓦解しかねないのだから。


「クソッ!砲撃用意……」

「中佐!あれをっ!」


 俺が砲撃命令を出そうとしたその時、兵士の一人が指さしながら叫んだ。そこには懐かしい御旗と、懐かしい顔ぶれがいた。


「王国騎士団だ!」

「あれは王国の第七騎士団だ!」


 兵士達が口々にいう。前線で散々やられてきた相手だ。彼等はよく知っている。今までは畏怖の対象だっただろうが、今は頼もしい仲間だった。


鉄槌の赤フラム・ルージュ


 騎馬で駆けながら、敵部隊の前方に火を放ち牽制する。流石に火の中を突っ切るわけにもいかず、敵部隊は少しずつ後退していった。


「やったぞ!敵が後退していく!」

「俺達の援護に来てくれたんだ!」


 兵士達が喜びの声をあげる。敵部隊の後退を確認して、第七騎士団が城塞へと移動してくる。


 それはまさに逆転の一手に見えた。実際に城塞にいる兵士達の士気は一気に高まり、今にも押し返さんとする勢いだ。皆歓喜に沸き、第七騎士団を迎え入れている。


「アルベール、皆が来てくれ……。アルベール?」


 撤退を終えたクローディーヌが声をかける。兵士達の誰もがその興奮で気付かなかったが、クローディーヌだけが彼を見ていた。


「駄目だ……。数が……少なすぎる」


 皆が勝利の高揚に酔う中で、彼だけはどこか悔しそうに、視線を落としていた。








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