第176話 報告:馬鹿であることの代償は

 








「『将軍に帝国との内通疑惑!私欲のために戦争を利用』ですか」


 王都の少し中心から外れた場所。そこにいくらか質素な屋敷が存在する。当主の部屋には古今東西の銃器が飾られ、とりわけ帝国軍の銃が多く飾られていた。


 当主の名はマティアス・ガリマール。第五騎士団の団長にして、かつて第七騎士団と戦場をともにした仲である。


「そうです。アルベールが渡してくれたこの証拠で、彼等の内通は明らかです。それに、その他にも軍部に関する多数の汚職が記されています。これを報道すれば、一気に……」


 マリーがやや前のめりになって説明する。マティアスは軍人であると同時に、有力貴族であるガリマール家の当主だ。彼の助力がなければ、とても軍部は抑えられない。それだけに力も入っていた。


(マティアス団長はアルベールと非常に親しくしていたと聞いた。きっと彼なら……)


 マリーのこの判断はある程度は当たっていた。マティアスは非常にアルベールを高く評価していたし、彼を引き抜こうとしていた節さえある。声をかける相手としては間違っていない。


 だがしかし彼は殊の外冷淡でもあった。


「それは上層部の了解を得られたのですか?」

「え?」


 思いがけない言葉に、マリーが聞き返す。


「新聞社の了解を、です」

「それは……ないです」


 マティアスは姿勢を正して続ける。


「でしょうね。彼等がそんなことをするわけがない」

「しかし、援助してくれる記者仲間が……」

「それでは意味がありません」

「っ……」

「新聞は何も記者だけが作るわけではありませんし、情報は数人で広められるわけではありませんから」


 彼の冷静で正確な指摘は、マリーの胸を締め付ける。マティアスはそのまま続けて説明した。


「記者という人達は比較的裕福な層です。だから大義や正義などと語れる。しかし紙を印刷する業者は?それを配達する配達員は?彼等はわざわざ“偉い連中”に刃向かいますかね。殺されるかもしれないのに」

「殺されるなんて……そんな」

「殺されますよ。貴方だって記者の端くれ。知らないわけではないでしょう?弱い者の命は軽いのです」


 マティアスの言葉に、マリーは次の言葉が出てこない。


 思い上がっていたのだ。熱い気持ちだけで、アルベールを助けられるという希望だけで、「いける」と思ってしまっていた。マリーはそれを突きつけられた気がした。


「貴方だけで来たということは、第七騎士団は既に?」

「はい。戦いが始まったという話を聞いて、兵をまとめて出立しました」

「向かったのは第七騎士団だけ、ですね?」

「……はい」


 マリーが力なく答える。彼の言いたいことはよく分かった。


(結局あまり兵は集まらなかった。それが言いたいのでしょうね)


 誰だって死にたくはない。自分のことで精一杯だ。上が腐敗していようが、平和な世界が作れなかろうが、そんなことは重要ではない。多くの人間が、今日を生きることにすら危ぶまれていたのだから。


「今日はひとまずお帰りください。協力は約束できませんが、何か手立てはないか考えてはみます」

「ありがとう……ございます」


 マリーはそうとだけ言って、ゆっくりとその場を後にする。彼女を見送った後、マティアスは部屋に戻り銃を磨き始めた。


「ずいぶんと冷たい態度ですね」

「そうですか?結構友好的だと思いますが」


 別の部屋で待機していた第五騎士団の副長が部屋に入ってくる。彼女が現れたのもまた、同様の案件だ。


「今回の動きに、第五騎士団でも少なからず意見が割れています。特に今回の戦争は損害も大きかったですから……。もし今流れている噂が本当であれば、彼等も上層部を許そうとはしないでしょう。第七騎士団を支持する機運は高まると思います」


 彼女の言葉に、マティアスは頷く。そして優しく銃を置いて、彼女の方を向いた。


「確かに先程来た女性記者の言葉を信じれば、我が団を動かすことは可能だろう。あの女性記者も見た限り本気で“彼”のことを考えて動いている。だから動かすことにほとんど問題は無いですね」

「では……」

「しかしそれで勝てるのですか?負けるということは、死ぬことと同義ですよ?それを踏まえた上で、団員全員に命令できますか?」


 マティアスの言葉に、彼女も黙らざるを得なかった。マティアスは変人だが、愚かではない。言動は奇妙だが、その根底の思考は驚くほどに常識的で論理的であった。


 彼は団長であり団員の命をあずかっている。その事実をかれはよく理解しているのだ。


(やはりこの人は……)


 彼女は再び嬉々として銃を磨き始めたマティアスをみつめる。もはや迷うことはあるまい。彼についていくことが、最善の道と信じよう。そう考えた。


「ですが……」


 マティアスが唐突に話し出す。


「なんです?」

「決して手詰まりというわけでもない、これが悩ましい所ですかね」


 マティアスはそう言いながら銃を観察する。いついかなるときにもその武器を使えるようにしておく。それがマティアスの流儀だ。それは団の指針でもある。


 この屋敷の地下や、騎士団の倉庫にも、充分以上の武器がいつでも使える状態で準備してある。まるでそれは、来たるべきその時を待つかのように。


 そしてマティアスは銃を置き、手を合わせる。そして少しだけ前屈みになりながら、少し前をぼんやりと眺めていた。


「………。帝国側でも工作は進んでいるだろうが……、……やはり今のままでは足らない。今必要なのは王国の流れを変えること。そしてそれは大きなうねりでなくてはならない。私が手伝えることは波を育てることであり、波を起こすことではない。波が起きるには、……まだプレーヤーが足りない……」


 マティアスはブツブツと独り言を話している。しかに何より目を引くのはその表情だ。鬼気迫る表情。普段の奇人振りからは想像もつかない。


 今のような彼を見たのは、副長である彼女でもまだ二度目だ。そして一度目は、あの死闘将軍を相手取っている時である。


 今のマティアスには目の前の銃を磨くことすらも二の次だ。頭の中には、きっと自分では予想も付かないほどに緻密な計算がなされているのだろう。ならば自分のするべきことは、全力で彼についていくことだ。


「団長、私が支えます。後はご自由に……思うままに動いてください」


 彼女は静かにそう呟いた。


 例えその先に何があろうとも、ついて行く覚悟を決めて。




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