第175話 報告:光と呼ぶにはあまりに淡い
「よし防備は大分固まっているみたいだな。それに、他にも俺達の所に来てくれる兵がいたのも予想外な成果だ」
俺は各部隊の報告を聞きながら、状況を整理していく。兵員は増え、既に百人近く人員が増えていた。それに際して物資を調達してくれた連中もおり、確実に資源は増えている。
(だが俺達がここにいると周りに示す以上、ここからはゲリラ戦を行うことはできない。耐えるためには徹底的に防御する必要がある。……まだまだ不足だらけだ)
「グライナー中佐!」
俺がそんな考え事をしていると、兵の一人が慌てた様子で向かってくる。その表情から良い知らせでないことはすぐに理解できた。
「敵か?」
「はい。今し方五千近い兵が先鋒隊として出発したとのことです」
俺は情報を詳細に確認する。大隊三つに、その他予備の部隊。敵の装備等まで詳しく知ることができた。
「随分と細かい内訳まで分かったな。どうやって調べたんだ?」
俺がその兵士に尋ねる。俺より一回り年上であろうその兵士は、頭をかきながら少し答えにくそうに話した。
「実は……その部隊はかつて自分が所属していた部隊だったもので」
「かつて?異動したのか?」
「異動というよりは、左遷。更に言うのならば体のいい処分みたいなものです」
彼はそう言って、なんとも言えないような表情を浮かべる。王国に長くいて少し忘れていたが、普通は戦場に出るということは必ずしも望んでいくものではない。むしろ王国がレアケースなのだ。秘術という超常の技術があり、生存率が高いからこそ、前線にさえ貴族が参加する。
だが帝国兵はその限りではない。限りなく均質化され、平準化された近代式軍隊は、個々を輝かせるなどということはしない。だからエース級の兵士に異名を付けたり、四将軍なんて地位を用意したりしたのだ。
そうでもしなければ、誰だって前線には行きたがらない。
「すいません。中佐殿」
「ん?なんだ?」
「自分は……かつて部隊長として上司の無茶な命令を無視しました。おかげで部隊は生存しましたが、自分は前線に飛ばされてきた口です。ここにいる多くの連中もそんな感じです。もう命なんてもう半分捨てたようなもんで、覚悟もできています。……しかし」
彼が続ける。
「まだあそこには、女房・子供や恋人を残している兵士達もたくさんいます。若い奴らも、これからがある奴らも。……せっかく生き延びたんです。できれば彼等を撃ちたくはありません。その気持ちがあるのは事実です」
「………」
俺は彼の言葉を聞きながらその場にいる他の兵を見渡す。彼等も覚悟こそ決めてはいたが、味方を撃つことには抵抗があるようであった。
(まあ当然か。かつての俺なら、甘いと捨てただろうが……)
自分も変わったものだ。俺はそんな風に自分を振り返る。
かつてボルダーでそう決めたように、この状況でそんな感傷など捨ててしまうことが正しい。誰彼構わず吹き飛ばす方が、威嚇として最大の効果を発揮することはよく分かっている。
(……だが、それではいけない)
対象を選んで戦うなど愚の骨頂。ましてや、相手をなるべく殺さずに戦うなど馬鹿以外の何ものでもない。だが俺の頭はそのプランを必死に組み立てていた。
「城塞内にいる各部隊に伝達」
俺は兵士達の顔を一通り見てから続ける。
「撃ちたくない者は撃たなくていい。戦いたくない者は戦わなくてもいい。俺はそれを咎めない。むしろ中途半端な気持ちで引き金を引くな」
「「……………」」
「軍としてはあるまじき指示であり、あってはならない指示だ。だが今自分達が目指しているのはただこの局地戦に勝つことではない。新しい世界を作り出すことだ。そのためには、殺す相手は最小限であることが望ましい」
兵士達が黙ってこちらを見ている。きっと彼等は俺が「撃て」と命じれば撃つだろう。プロの軍人であればこそ、彼等は俺の指示に従う。
だがそれではいけない。それでは意味が無い。殺すべき相手は、アウレールとそれに与する者だけだ。そしてその姿勢を示すことが、俺達が勝つ唯一の道でもある。
(こんなの賭け以外の何ものでもない。だが真の意味で勝利するにはこれ以外に道はない)
「アルベール、敵が視認できる位置まで来たわ」
そこに偵察に出ていたクローディーヌが帰ってくる。周りにいた兵士達が、クローディーヌに敬礼する。
「出番だ。クローディーヌ」
「わかったわ」
俺の言葉に、クローディーヌは返事だけする。そしてそのまま回れ右して走り去っていった。
(既に意図の共有はできている。ならば後は任せよう)
俺は兵士達に向き直る。
「他の兵は城塞内で待機。狙撃兵は威嚇射撃の準備だけしていてくれ。砲兵隊も敵の前に砲弾を撃ち込む用意を」
「いいのですか?中佐」
「何がだ?」
「あ、いえ。あのクローディーヌ様の援護をなさらなくても……」
その言葉に、俺はつい拍子抜けをしてしまう。
(そうか。普通に考えればそうなるか)
俺はつい笑みをこぼしながら、その兵士の肩をポンポンと叩く。
いつぞやことを思い出す。かつて「夜道は危ないから」とエスコートを申し出たあの時だ。
「心配要らないさ」
俺は彼に向かって続ける。
「彼女がエスコートを必要とするのは夜道と……あと王都の祭りぐらいかな」
「へっ?」
「いずれにせよ。戦場じゃ必要はないってことだ」
俺はそうとだけ言うとほかの部隊長達に指示を出していく。彼女は大丈夫でも、他にやることなどいくらでもあるのだ。
「砲弾は彼女でも防げるが、それでも限りがある。だから敵を射程圏内にいれさせるな。近づく敵には目前に大砲を撃ち込んでやれ。できるだけ派手に、惜しみなくだ」
今は少しでも時間を稼ごう。物資も兵も何もかもが足りない。しかしこの先もそうなるとは限らない。
(援軍が来なければ此方の負け。援軍が不十分でも俺達の負け。それに敵が玉砕覚悟で攻めてきても厳しい……。まいったね、こりゃ)
俺は頭をかきながら、城壁を上っていく。遠くには金色の髪をたなびかせて走っていくクローディーヌが見えた。
これからは地獄だ。俺は覚悟を決めながら、その背中を見つめていた。
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