第162話 馬鹿をみるネズミ

 








 とある地域にこんな寓話がある。ある家に住むネズミたちの話だ。


 その家には食事がたくさんあり、ネズミたちは楽しく暮らしていた。ネズミたちの数は増え、繁栄の一途を辿る。しかしそんなある日、家主が猫を飼いだした。


 ネズミたちは今までの生活から一転、日々猫に怯え、食べられる危険と隣り合わせで生きることになった。猫は静かに忍び寄り、とてつもない速さで此方に襲いかかってくる。気付いた時には、もう逃げられない。


 徐々に数も減り、このままではいつか全員が食べられてしまう。ネズミたちはそう考え、来る日も来る日も対策を話し合った。しかし良いアイデアはなかなか出なかった。


 そんなとき、一匹のネズミがある名案を思いつく。


「猫に鈴をつければいい。そうしたら居場所がすぐに分かる!」


 他のネズミたちは「それは素晴らしい」とそのネズミの意見を褒めた。実際にそれは効果があることは明白だった。


 だが結局、ネズミ達は全て猫に食べられてしまった。それは何故か?


 それは成功しなかったからではない。成功する可能性は十分にあった。全員が一丸となれば、多少の犠牲は払えど、必ず成功したともいえるほどに。しかし何故か?


 簡単な話である。


 終ぞ誰も猫に鈴を付けになどいかなかったのだ。











 帝国軍の野営地、そこにルイーゼはいた。部隊を休ませ、これからの動きについて考えていると、部下から報告が入ってくる。


「王国軍、第七騎士団は既にライン川を渡りさらに西へと進行中とのこと。他の王国軍も、それに追随するように渡河しています」


 ルイーゼは部下の方に向き直り、答える。


「随分と早いわね。川の東側にいた部隊は?」

「はっ。東部方面軍の一個大隊がすくなくとも駐屯していたはずですが……」

「……やられたか、逃げたか。おそらくはその両方ね」


 ルイーゼは軽く唇を噛む。兵士達を責める気にはなれない。今の彼等は策もなく戦わされる半ば生け贄のようなものだ。


 無策に兵を突撃させても、敵の疲労ぐらいは誘える。そしてかの英雄も補給無しでは戦い続けることなどできはしない。故にその戦い方は決して無意味とは言えない。


 だがそれは組織や上層部の論理であって、兵士個人の論理ではない。彼等は自ら犬死にするとわかっていて、わざわざ命をかけて戦ったりなどしない。既に上層への信頼は失墜している。今や士気があるのは、四将軍直属の部隊ぐらいだろう。


(川を利用して戦うつもりだったけれど……。もう過ぎたことはしょうがないわね)


 ルイーゼの予想では今頃味方部隊が川を挟んで戦っているはずであった。それはかつての大戦でも王国軍を破った作戦であり、今でも十分に有効な手段だった。


 しかしまさか川を渡った上に、更に後退しているとは思っていなかった。ルイーゼにとってこれは一つ大きな誤算である。


 川を渡れば帝都までは平野が続く。亡者兵を忍ばせ強襲するエリアもほとんどない。実質的に正面からのぶつかり合いになり、そしてそれは王国軍が最も得意とする決戦主義に他ならなかった。


(とはいえ、これ以上戦線を下げれば主要都市が戦場になる。そうなれば、市民達も戦禍に巻き込まれることに……)


 ルイーゼはその手を取ることはできなかった。軍人として、何より魔術師の誇りとして、その考えを採用することはない。それは彼女の弱さであり、一方で魔術師部隊としての強さでもあった。


 帝国軍の士気は現在一気に下がっている。いずれ英雄も限界をむかえるだろうが、一般の兵にはそんなものは関係ない。今目の前にいるのは、連戦連勝でこちらに向かってくる死神以外の何ものでもないのだ。


(ここで下がれば、ましてや魔術師としての誇りさえも捨てるようなことがあれば、もうそれは戦いにすらならなくなる。敵に向かうこともできないでしょうね)


 ルイーゼは兵士達に向き直り、指示を出す。


「これより王国軍第七騎士団をこの平野部で迎え撃ちます。南北に広く展開、横陣にて敵に臨みます。自分たちより距離を置いて、前方に亡者兵を用意してください」

「「了解!」」


 ルイーゼの言葉に兵士達が動き出す。彼女の作戦は、広く展開した亡者兵と魔術部隊で、その火力を第七騎士団に集中させることであった。


 第七騎士団の、英雄の特性を鑑みれば、固まっていれば此方の部隊などあっという間に壊滅させられてしまう。持久戦に持ち込もうにも、地形が悪すぎる。長く戦おうにも、相手の補給が尽きるよりも前に此方が全滅させられてしまうだろう。


(だから、此方の狙いはあくまで短期決戦)


 一気に前進させ、敵部隊を半包囲するように攻めればこちらの戦闘力を余すことなく使用することができる。王国の英雄でも、至る方向から来る亡者兵を対処できないことは前の戦いで知っている。


(でも勿論、この陣形に弱点はある。横陣は陣が薄くなり、突破されやすい。敵が一点突破を決め込んで突撃してくれば、あっという間に穴が空く。一時的で良い。いかに敵の突撃を止められるか、それが勝負)


 少しでも彼女達の足を止められるのであれば、数で勝る此方が取り囲んで袋だたきにできる。しかし突破されれば、反転されて陣を二度、三度と食い破られることとなる。


 お互い最初の一撃で、勝負が決まるといっても過言ではなかった。


(せめて王国軍がもう少しだけでも消耗していれば……。川を挟んで戦えていたのなら……)


 ルイーゼの頭の中で、そんな考えがよぎる。


「いけない」。ルイーゼはそう考えて、頭を振った。今更起こらなかった過去を嘆いても、意味は無いのだ。自分達にできることは、明日を生きる算段を考えることである。


 そうは言っても、魔術師の皆も心の中で思っている部分はあるだろう。ひょっとすると、何故自分たちがこのような貧乏くじを引かなければならないのか。そんな考えもよぎっているかもしれない。


 しかし魔術師達はそんな気持ちを少したりとも見せたりはしない。口にも、ましてや表情にも出したりはしない。きっと死ぬその瞬間さえも、堂々と誇りを胸に死ぬだろう。


(本当に、素晴らしい部隊ね)


 馬鹿だと思うだろうか?高みの見物を決め込むものは、きっと笑って見ているに違いない。だが、そんなことは許さない。誰であっても彼等を笑わせたりはしない。絶対に勝利し、生き延びてみせる。ルイーゼは覚悟を決めていた。


 魔術部隊は布陣する。


 今、英雄に鈴を付けるために。







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