第163話 一瞬の嵐

 






 両軍が布陣する。広く開けた大地には、互いを遮るものはない。相手の闘志が、ひりひりと自分たちにも伝わってきた。


「王国軍第七騎士団に告げます。勝負は一撃で決まると心得、余力を残さず全ての力を最初の攻撃に打ち込んでください」

「「了解!」」


 第七騎士団はそれぞれに秘術をかけ、強化をかける。互いの射程圏ギリギリに布陣した部隊は、どちらかが一歩進むだけで戦いが始まるだろう。


「誇りある帝国軍魔術部隊に告げます。この戦いがこの戦争における最後の戦いだと思ってください。……全ての英霊は、この戦いのため死んでいったと心得てください」

「「了解!」」


 魔術部隊は亡者兵に魔力を注入する。やや前方に布陣した亡者兵は、「ガガガ」と立ち上がった。


「第七騎士団……」

「第一亡者部隊……」


「「突撃!!」」


 戦いが始まった。










「亡者兵部隊が第七騎士団とぶつかります!」

「分かったわ。亡者兵を手筈通りに動かして!」


 予想通り、第七騎士団の300名程度が此方に突撃してきた。彼女達が此方に損害を与え、後続の部隊で損害を拡大させる気だろう。だがその目論見をくじくことができれば、動揺した王国軍をまとめで叩くことができる。


「ガガガ……」


 秘術で強化された部隊に、亡者兵が吹き飛ばされていく。しかし、それも想定の内であった。亡者兵は中央突破を許したかに見えたが、既に第二陣の亡者兵がすぐそこまで迫っていた。


(四層に重ねた亡者兵。本来ならもう少し陣の枚数を増やしたかったけれど)


 第一陣で第七騎士団を減速させ、第二陣は第七騎士団が突破した場所へと数を集める。亡者兵を集中させることで、陣に厚みが出る。そうなれば流石に相手も何かしらの対処をせざるを得ない。


王国に咲く青き花フルール・ド・リス


 第二陣の亡者兵が、クローディーヌの秘術によって破壊される。だとしても、早くも彼女に一撃目を使用させた。


(これまでの彼女の戦い方から、おそらく一日で使うことのできる秘術は3,4回。でも、補給も休息もままならない今の状況で、それだけの力は出せないはず。せいぜい2回、多くても3回)


 再出撃して以降の第七騎士団は主に最初の一撃と、離脱の一撃にクローディーヌの秘術を使用していた。だとすれば次の一撃はかなり躊躇うはずだ。


(その迷いこそ私の狙い……)


 ルイーゼは次の指示を出す。


「手筈通り、第三陣を!」

「「はい!」」


 第三陣の亡者兵が第七騎士団へと向かっていく。第一陣と異なり、第二、第三は第七騎士団が突破した中央部へ固めている。そして第七騎士団は先程よりもさらに減速している。この状況で密集した部隊を突破するのは、第七騎士団といえども簡単ではない。


(そのままでも突破自体は難しくない。でも、間違いなく部隊は大幅に減速する。そして減速すれば、第一陣の両翼の亡者兵が後方から追いついてくる。そうなれば彼女達は包囲され、殲滅される……)


 ルイーゼは亡者兵の強みを良く理解していた。それは第一に命令を正確に実行すること、そして第二に恐怖を覚えないことである。


 ある意味でこの作戦は最初の一陣は捨て駒だ。陣を薄く広げ、どこを攻撃されても立ち向かい時間を稼がなければならない。それは生きている人間に行わせるのは非常に難しい。


(どこか一部でも士気が崩れれば、こういった作戦はとれない。しかし、亡者兵を使うとなれば話は違う。再現性が高く、算段が立つ)


 カサンドラは亡者兵の数としての強みは理解していた。しかし、それ以上のものが見いだせなかったのは、偏に彼が将ではなく魔術師だったことが大きい。そのことを踏まえてみれば、ルイーゼの方が将としての器は備わっていた。


鉄槌の赤フラム・ルージュ


 亡者兵が炎に飲み込まれていく。命を持たない兵士といえど、燃やされれば動けなくもなる。第七騎士団はそれを踏み越え、近くまで迫ってきていた。


(かかった……)


 ルイーゼは最後の指示を出し、自分たちの背後に隠していた最後の亡者兵を出撃させる。第一陣の残りが後方から、第四陣が前方から、第七騎士団は半ば挟み撃ちになる形になっている。


 兵数だけ見れば、後方に抜けるのは簡単だろう。別に第一陣の残りで、第七騎士団をどうこうしようというわけではないのだ。


 だが後退すれば、彼女達は今後再攻撃することが難しくなる。兵士の心は、一度戦う度に大きな負荷がかかる。ここで翻せば、次の攻撃に中々気持ちをもっていけなくなる。


 逆に帝国軍は士気が高くなるはずだ。損害は亡者兵のみで、敵部隊も退けられることになる。その事実で帝国兵の戦意は一気に高揚し、追撃も再攻撃も行いやすくなるだろう。


(だから彼女は引くことはない。既に選択肢は絞られた)


 敵の択が絞れれば、こちらの用意は容易い。敵の次なる行動も見えてくる。


王国に咲く青き花フルール・ド・リス


 第四陣の亡者兵が吹き飛ばされる。そしてその一撃は此方の陣にまで届きうるため、魔術の障壁によって防御した。


(ここよ!)


 ルイーゼは防御を部下達に任せ、呪文を唱える。


『地は力なり……』


 魔術により、満を持して岩の巨人を生みだしていく。火に強く、高火力の兵器でしか破壊できない。しかし機動力を持たせる必要のある先鋭の第七騎士団には火砲など存在しない。以前の戦いでは英雄の秘術によって破壊されたが、今回は既に二度使用させている。


 ルイーゼは巨人を動かし、第七騎士団へ向かわせる。第七騎士団は止まる気配はなかった。


(無理矢理押し通れるとでも?舐めないで!)



 岩の巨人がその腕を振り上げる。するとそれに合わせて、英雄の剣が光り出した。


王国に咲く青き花フルール・ド・リス


 クローディーヌの攻撃に、巨人が破壊される。だが既に三度目だ。今の一撃も、初撃や二撃目と比べて威力が低い。ルイーゼは魔術部隊に指示を出す。


「各員、ありったけの魔力で敵部隊へ集中攻撃!」


 魔術師達が呪文を唱え、第七騎士団に攻撃を浴びせていく。火、雷、岩、多種多様な魔術を撃ち込んだが、周りを固める秘術隊がそれを防御した。


(でも、秘術隊を防御に回せばこちらに攻撃できない。それに4発目があったとしても、先程程度の攻撃なら残している防御要員の防御魔術で防ぎきれる。……読み切った!)


 ルイーゼはこのとき9割9分勝利を手にしていただろう。実際、ここから魔術部隊を撃破する方法は第七騎士団に残されてはいなかった。


 しかしルイーゼは忘れていた。作戦の目的は何も敵部隊の撃破や、拠点の占拠だけにあるわけではないことを。指揮官だけを狙い、指令体系を破壊することも、十分に目標たり得るのだ。


 そしてアルベール・グラニエが残した『電撃戦』の目的、それは敵の頭脳ただ一点を狙うことであった。手段を混合的に使い、突破口を作り拡大。そして敵の司令部を叩く。そしてそれは始めから忠実に実行されていた。


 クローディーヌは秘術を使い、さらに加速する。ただ単独で、ルイーゼに突っ込んできていた。


(速いっ!?)


 ルイーゼは杖を構える。確かに速いが、まだ少しだけ距離はある。あらかじめ用意しておいた魔術で牽制すれば、後は部下達の集中攻撃を受けるだろう。ルイーゼに必要なのはわずかな時間ばかり牽制し、英雄に秘術を撃つ暇を与えないことだ。


「これならっ!」


 ルイーゼが炎の魔術を撃つ。するとその魔術は、そのままクローディーヌへ直撃した。思いもよらないクリーンヒットには、ルイーゼ自身も驚いている。


 そして初めて油断した。


「えっ?」


 クローディーヌは勿論その隙を逃したりはしない。彼女は火の中から横に飛び出し、ルイーゼの右斜め前方へと姿を見せる。何よりルイーゼを驚かせたのは、手にしていた得物が聖剣ではなく、短銃であったことだ。


 パンッ!パンッ!


 クローディーヌは二発の銃弾をルイーゼに撃ち込んだ。練習もしていたのだろう。二発とも命中した。


 一発は大腿部へ、もう一発は腹部へ。二連射式であったことは幸運だった。もしこれが帝国最新式の六連式であれば、ルイーゼの身体にもう四つ弾丸が撃ち込まれていたのだから。


「将軍!将軍っ!」


 魔術師達の動揺に乗じて、第七騎士団は風のように撤退していく。その引き際は見事であり、魔術師部隊が追撃する隙を与えなかった。


(後ろに控えている王国軍の部隊は、そもそもダミーだったって言うの……?私の魔術をあえて食らうことで、私の視界から消えると同時に、私への油断を誘う……。どこまで考えているのかすら分からない。こんなのまるで……)


 不意にあの男が思い出される。自分よりも少なく、弱い部隊で彼女の部隊を退けたあの男。天才と呼ぶには十分すぎる、アルベルト・グライナーその人を。


 ルイーゼは徐々に意識を手放していく。


 激しい電撃の後に、戦場にはただ静けさだけが残っていた。



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