第161話 魔術師の叫び

 






 それは静かな夜だった。帝国の澄んだ空は輝く星達を存分に眺めることができる。クローディーヌはそんな星々をぼんやりと眺めていた。


「すー、すー」


 クローディーヌがふと脇を見ると、レリアが寝息を立てていた。現在の彼女は見張り役だというのに、とても起きる様子はなかった。


「…………」


 クローディーヌは羽織っていた薄手のローブを彼女にかける。そしてよりかかるレリアをそのままに、再び空に輝く星々を見た。


「……綺麗ね」


 クローディーヌが静かに呟く。今頃団員達は泥のように眠ってしまっているだろう。そこで最低限の見張りとして、東和部隊の一部と団長自らが見張り役を担っている。


 秘術の使用は肉体的にも精神的にも大きな負担をかける。これまでの戦いでここまで無茶をすれば、ドロテ隊の面々も誰一人起き上がれないだろう。実際隊長であるドロテは、陣地に帰ってくるやいなや、気を失うように眠ってしまった。


 無論、クローディーヌもそれを責めるつもりはない。これまでの戦いでの功績を鑑みれば、それは当然の疲労でもあったのだ。


 そんな中でも見張りを買って出たレリアはやはり類い希なる才覚を持っているのだろう。今こうして寝息こそ立てているが、有事には起きるだけの余力はある。他の先輩団員達が泥のように寝ているのを考えれば、若干16歳の少女のできるものではない。


(………北の方角。距離はあるわね)


 クローディーヌが見据えるはるか先で、わずかだが銃声が聞こえた。クローディーヌが集中して耳を傾けると、そこでは確かに戦いの声が響いている。


 少しして、北の方角から馬の影が此方へと近づいてきた。


「報告です。団長」


 哨戒に出ていた東和兵がやってくる。


「北の方角で王国軍の部隊が帝国部隊と衝突。おそらくは押されているかと」

「はい。聞こえていました」

「聞こえ?……いえ、貴方なら不思議ではありません」

「買いかぶりすぎよ。それに今日は静かだったから。偶々よ」

「謙遜なさる。……いずれにせよ、朝方には少し後退した方が良いでしょう。あまり長居すると後方を襲われる可能性があります」


 そう言って部下が去っていく。


 彼の装備は既にボロボロだ。衣服も至るところで破れている。装備の替えさえも碌に用意できていないこの現状で、ここまで戦えているのはある意味で第七騎士団の実力を物語っていた。


「…………」


 クローディーヌは再び夜空を見上げる。彼もこの空を見ているのだろうか。きっと彼なら、『さっさと下がりましょう』と呆れたように言うのだろう。


 しかし自分にはもう下がる道さえも残っていなかった。


「もう少し、もう少しだけ……」


 クローディーヌは腰に携えた剣に手を添える。


 聖剣はわずかばかり光り、そしてすぐにまた光を失った。















(アイツは一体、どんな道を選ぼうというの?)


 ルイーゼは赤紫色のローブを羽織り、いつものように杖を点検する。杖は自分にとっての唯一の武器であり、そして自分を守る鎧でもあった。


 新しいローブは亡きカサンドラ将軍が愛用していたものに似せて作らせた。防寒性に優れ、かなり軽い。何よりカサンドラ将軍と同様のものを着ていることが勇気を与えてくれた。


 普段ならルイーゼもこんな理由でローブを作らせたりはしない。別に既存のもので十分であり、何よりその資源を他のことに回す方がいい気がするからだ。


 しかし、今回はそうも言っていられなかった。


「ルイーゼ将軍、全ての部隊が準備を整えたとのこと」

「分かったわ。すぐに行く」


 ルイーゼは杖を持ち、ゆっくりと歩を進める。


 彼の男、アルベルト・グライナーが何を考えているのかはルイーゼには分からなかった。しかし彼に迷いがあることには確信を持っていた。彼がどれだけ正論を吐こうと、その言葉に想いがのっていない。それは寧ろ合理的でない魔術師達に囲まれてきたからこそ余計にそう感じたのだ。


(そんな状態で戦いに向かえば、犬死には必須。よくても相討ちがせいぜい。少なくとも絶対に生きて帰ってこない)


 情報では第七騎士団は是が非でもアルベルトの命が必要とのことだ。それは謀か、はたまた民衆の愚かさか。ひょっとすると両方かもしれないが、いずれにせよ彼女達が彼の命を死ぬ気で狙ってくることに違いは無かった。


(なら、私が……)


 ルイーゼは部隊の前に出て、そしてそのまま壇上へと上っていく。ルイーゼの指揮下の兵員はそう多いものではないが、それでも歴戦の魔術師達である。ルイーゼはその勇者達にゆっくりと語りかけた。


「皆さん、私たちはこれから第七騎士団との戦いに向かいます。魔侯将軍として命じます。命を捨ててください」


 そしてルイーゼは続ける。


「しかし、私個人としては貴方たちに死んでは欲しくありません。出兵を拒否しても、私は咎めません。しかし、一度出陣すれば逃亡兵は極刑に処します。……やめるなら今です」


 ルイーゼの言葉に、魔術師達は何を今さらとばかりに、口角を上げる。ルイーゼは少し俯き気味に、小さく「ありがとう」とだけ呟いた。


 誰かがあの第七騎士団を討たなければならない。いずれは力尽きるとも、それまでに帝国の多くの兵士が命を散らしてしまう。賢知将軍はそれを良しとしているのかもしれないが、ルイーゼにそんな気はさらさら無かった。


 ルイーゼ率いる魔術部隊が第七騎士団を討ち、英雄クローディーヌ・ランベールを殺す。そうすれば帝国は勝利し、アルベルトは戦死することはない。


 彼は少なからず、心に傷を負うかもしれない。だがそれは戦争の常だ。乗り越えていく障害であり、これからの世を作る礎ともなる。いずれにせよ、彼を死なせようとは思わなかった。


(私が勝てば、全てが上手くいく。英雄討伐の功績によって軍部での発言力を高めれば、彼の処遇もなんとかできる。それに魔術師達の栄誉だって、取り戻すことができる)


 カサンドラの敵討ちをしようとは思わない。ただ、英雄を討つことでそれすらも達成できるのは事実だ。現在の閉塞した状況を、なんとかする一手が『英雄殺し』なのである。


(私は、妥協などしない。常に最善の道を模索する)


 ルイーゼは静かに意志を固める。覚悟は決まっていた。


「魔侯将軍より、全部隊へ。これより王国の英雄を討伐し、この戦いに終止符を打ちます。帝国のために、そして魔術師の誇りのために!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


 魔術師の叫びがこだまする。一体何人が生き残るだろうか。


 一つ、また一つと、その叫びは消えていくこととなった。








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