第160話 おさめられぬ剣

 







 戦場は日に日に苛烈さを増していく。帝国と王国、双方はただひたすらにお互いの命を食らいあっていた。


「敵軍第五波、来ます!」

「秘術隊を前に!炎で足止めして、砦に下がります」


 王国軍の先頭、その旗印となっているのはクローディーヌ・ランベールである。兵を引き連れ、時には単独で攻撃し、そしてあるときには味方に先頭を任せる。緩急をつけた戦いは帝国を翻弄し、確実にその戦力を奪っていった。


「くそっ!我が軍は何をしているのだ!さっさと突撃して王国軍の背中を撃たんかっ!」

「駄目です、総司令!炎は大きく、とても人が越えることのできるものではありません!」

「なら爆弾でも何でも使って一部を吹き飛ばせ!そしてその隙間を狙って突き進むのだ!」

「そんな無茶な……」

「いいからやれ!それでも帝国の軍人か!」

 

 数は圧倒的に王国が不利である。しかしそれが功を奏した部分もあった。組織の肥大化は上層部へ権力を集め、時に合理性さえも失わせていく。少人数では冷静に判断できるのに、人数が増えると一見にしてまともではない選択をするのだ。


「敵軍、炎の隙間から進軍してきます」

「構いません。後退を続けてください」



 部隊を後退させながら、クローディーヌは剣を構える。敵が集まってくれるのであれば、一人で十分であった。


「行け!敵の大将た!アイツを討ち取れば……」


 そう言いかけた瞬間、光の中に帝国軍兵士達は消えていく。


 『王国に咲く青き花フルール・ド・リス』。ただ一人の騎士によって生み出されたその一撃で、帝国の兵士達は儚くも消えた。


 炎を渡っていった勇気ある帝国兵はあっけなく散り、それを任せる臆病者だけが生き残る。彼女を討つこと、それは猫に鈴を付けようとするネズミと同義であった。


 王国の英雄は悠然と後退する。帝国の将兵は、ただそれを呆然と見送っていた。













(状況を整理しよう)


 俺は自らの部屋で机に座り、資料を広げ、ペンを取る。これから起きること、そして自分が取り得る手段を整理していった。


(まずは、これからの戦争の動きだ)


 この戦いはそれぞれ決定打に欠けている。というのも王国には侵攻を続けるだけの物資が、帝国には王国を跳ね返すだけの兵力が足りていないのである。


 現在王国は帝国領土の東側、その一部分を占領している。しかしこれを維持するコストもかかるだろう。いつかは撤退の判断を下すか、押し返されて取り戻される。戦争は痛み分けのドローか、第三者の介入による両者敗北で終わるはずだ。


(ならば考えるべきは、俺個人の状況か)


 俺は思考を帝国内部へと向けていく。


 賢知将軍アウレールは、まず俺を排除しようとするだろう。俺に銃弾を撃たれたこと、そしてそれ以上に俺がフレドリック・グライナーの息子であることで敵視しているようだ。


 ではどうするか。とるべき手段はいくつか考えられる。


 第一には逃走だ。帝国を逃げ、亡命し、身を隠せば生き残れるかもしれない。


 逃げるというのは、悪い選択ではないかもしれない。しかし帝国の軍人でなくなれば、彼は大手を振って暗殺者を俺に送り込むことができる。一度や二度防げても、四六時中狙撃者に狙われて、生きていけるだろうか。


 それにどこへ逃げる。帝国内部なら簡単に見つかる。亡命するにしても、身分の証明一つまともにできない。それに王国には顔が割れているし、ノルマンドに行くには船が要る。逃げるのは最後の選択肢だろう。


 それに軍人という身分はかなり便利だ。戦果を挙げれば手っ取り早く出世が望める。ハイリスクだが、同時にハイリターンでもある。


 さらには軍人の暗殺に失敗し、そこで依頼元がバレれば、一発で軍法会議ものだ。流石に暗殺失敗を揉み消すのは、将軍といえども苦労する。軍人という身分は、直接的な暗殺を多少は抑制してくれる。


(となれば、できれば軍人であり続けることが望ましいな)


 第二の選択肢は服従。だがこれは論外だ。


 彼は俺を許したりしない。仮に許す可能性があったとしても、それを願うことは楽観的かつ自分本位が過ぎる。自分の望むように世の物事が動くと信じるのは人の悪癖だ。


 服従し、俺の暗殺未遂までしたのに、あの将校は消された。一応記録では戦死となっているが、誤魔化し方としては些か荒い。


(となれば……)


 では反攻、これはどうだろうか。逃げることと服従することが難しいのならば、いずれにせよアウレール将軍は排除する必要はある。


 しかし方法は多い。政治的に彼を排除するか、もしくは武力によって排除するか。誰と組むか、誰を敵とするかだ。


(だが俺の勘……いや、俺の未来予知とも言える予想が、それぞれの結末を示している)


 政治力とはこれまでの根回し、即ち時間がものを言う。長年そればかり追い求めてきた将軍と、今しがた帝国に戻ってきたばかりの俺では、そもそもの地力が違う。


 暗殺は更にハイリスクだ。もしかしたら暗殺自体は成功するかもしれないが、その後の軍法会議で間違いなく裁かれる。証拠も消して、彼を排除することはかなり難しい。警備が厳重であれば尚のことだ。


(となると、選択肢は見えてくる)


 それでも彼に反攻する手がないわけではない。例えば王国の力を利用する。それも一手だ。以前考えたように、クローディーヌを利用、またはこれと共闘し、アウレールを討つのである。


 だが先の戦いで共闘の目は薄いことが分かった。あのとき彼女は、確かに俺に刃を向けた。となれば利用するしかない。


 しかしアウレールを排除することに利用することは難しい。それは今の戦局、そして彼女の動きを考えれば、非常に分かりやすく見えてくる。


(王国の士気も限界だ。そもそも東和との戦いの傷も癒えていない。国力は疲弊しきっている)


 物資も底をつき、無茶な指令を通達される。防衛側は圧倒的に有利だ。補給もしやすく、占領という行程を省くことができる。地の利があり、優位な位置をとれることも多い。クローディーヌ・ランベールが如何に英雄であっても、それは変わらない事実である。


(俺も彼女も、一度だって奇跡は起こしていない。勝つべくして勝っているだけだ。それはこれからも変わらない)


 となれば彼女はどうするのか。彼女はいずれ死ぬ。力尽きて死ぬ。それも、アウレール将軍にたどり着く前に。


(ならば俺のやることは一つだ)


 彼女を討ち取る。勝つべくして勝ち、その命を奪う。そしてその功績を持って、権力を手に入れる。


 フレドリック・グライナーの息子が、英雄の娘と戦い勝利する。なんともドラマチックではないか。民衆が好みそうな筋書きだ。


(アウレール将軍も手は打つだろう。俺より先にクローディーヌ・ランベールを討ち取れば俺を処分する大義名分は立つからな。だが、それは上手くはいかない。俺には分かる。彼女はまちがいなく、アウレール将軍の部下達には殺されない)


 丁度そのとき、またあの光景が頭をよぎる。彼女が笑っている姿だ。


(まただ。また笑っている)


 そしてすぐにその夢は消える。


 一体何を示しているのか。それは俺には分からない。だが、もう甘さは捨てなければならない。いずれにせよもう道は別ったのだ。


 俺はゆっくりとペンを置く。ここは静かだ。彼女達も今も戦い続けているのだろうか。


 遠く離れた戦場にいる彼女達の喧騒が、ここまで聞こえてくるような気がしていた。




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