第158話 問われる想い






 必死で戦ってきた。


 王国のため、人々のため、仲間のため。


 自分に付いてきてくれた第七騎士団を始めとする王国軍は帝国に対して数々の勝利を挙げた。


 しかし王国に帰ってみると、待っていたのは批難と中傷ばかりであった。









 アルベルト・グライナーが査問会にかけられていたとき、奇しくも敵対国である王国でも同様のことが起きていた。


「クローディーヌ・ランベール。貴殿には帝国軍司令官、アルベルト・グライナー中佐との内通疑惑がかけられている。それは知っているな」

「はい。しかしそれは事実無根です。だからこそ第七騎士団と私に付いてきてくれる王国の将兵は、帝国と懸命に戦い戦果を挙げてきました」


 クローディーヌが堂々と説明する。しかしその言葉も、王国上層部の耳に入りはしなかった。


 将軍を始めとする貴族や、神官の上層部の人間は嘲笑うばかりでとても人の話を聞く耳など持ち合わせていない。ただお互いに近くに座る人間と、小さい声で好き勝手にいうばかりであった。


 しかしそれはある意味では当然とも言える。そもそもこの内通の疑いなど口実に過ぎないのだ。彼等からしてみれば英雄の娘であり、新しい英雄になろうとしているこの娘は、ただの邪魔者でしかないのだから。


「此度の戦いでも、アルベルト・グライナー中佐を討ち取ってはいない。これは何故かね?」


 将軍がクローディーヌに問いかける。クローディーヌは視線をまっすぐ合わせて答える。


「それは向こうが私たちを避けてきたが故のこと。現に第七騎士団が戦う戦場に彼は現れようともしませんでした」

「君が意図的に避けたのではないかね?」

「いいえ。そのような事実はありません。これは我が軍の侵攻ルートと作戦議事録を確認いただければわかることです」

「しかし最後には戦ったとあるが?」

「それは敵の本陣に奇襲を仕掛けたときです。それも第七騎士団の三百人の部隊でしかけた奇襲です。作戦目標はあくまで敵の総司令を討つことにあり、総司令の退却を確認したため此方も撤退したのです」


 それは客観的な事実であった。だがそんなもので納得させられるのであれば、もとより問題にはなっていない。貴族達は『そんなものは言い訳だろう』『やはり信用できんな』等と好き勝手にいっていた。


「言い分は分かった」


 将軍が言う。無論その様子はとても『分かった』などという聞こえの良いものではないことは誰の目にも明らかであった。


「貴軍は確かに戦果を挙げた。しかし内通者を出したことは国家への反逆だ。許すことはできない」

「内通などっ……」

「お待ちください!」


 クローディーヌが反論しようとしたところ、一人の男が手を挙げる。王国の司法長官である。


「なんだね?長官。軍の規律はあくまで軍の責任にあるが」

「はい。それは承知の上でございます」


 司法長官が続ける。


「しかし彼女達への処遇で、支持者達の暴動が起きています。現在それを鎮圧しておりますが、今しばらくかかるでしょう。それまで、彼等の暴動をさらに激化させるのをご容赦いただきたいのです」


 司法長官の言葉に、クローディーヌは少しばかり理解が遅れる。その発言が自分にとって良いものなのか悪いものなのか、今一つ判断しかねている。


 しかしことここに関して、将軍は思いのほか柔軟であった。無論そこには裏があるのだが、それを彼女達が知るよしはない。


「よろしい。ならば次の遠征まで猶予を与えよう。恩赦の条件は、アルベルト・グライナーの首だ。それ以外は認めない」


 そうとだけ言うと将軍は会を解散させる。


「……っ」


 談笑しながら会議場を去って行く貴族達とは対照的に、王国の英雄は拳を握りしめ、ただ地面を見つめていた。
















「ねえ、どうするつもりなの?」


 帝国軍総司令部、魔侯将軍室。魔侯将軍ルイーゼは、俺を呼び出し、開口一番そう尋ねてきた。


「どうもこうもない。第七騎士団とは是が非でもやらなきゃならんだろうな」


 俺はそう言って、その部屋を見渡す。


 カサンドラ将軍の頃からの備品だろうか。得体の知れない魔術道具や、媒介物が広い部屋にこれでもかと置かれている。それぞれの部屋に個性が出るのが、将軍室なのかもしれない。俺はそんな風に思った。


「貴方、それでいいの?」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」


 ルイーゼが食い気味に聞いてくる。彼女のいわんとしていることは、俺でも十分に理解できた。


「心配するな。勝つ算段はある」

「誤魔化さないで!」


 俺の言葉に、ルイーゼが語気を強める。


「勝てる、勝てないの問題じゃない。彼女に剣を向けることができるのか聞いているの!」

「……声が大きいぞ」


 俺の言葉に、ルイーゼは再び椅子に腰を下ろし、静かに続ける。


「大丈夫よ。周囲は信用できる人間で固めているし、この部屋は魔術で声が漏れないようにできている」

「盗聴は?」

「部屋に三機仕掛けられていたわ。魔術で声が入らないようにしているから、今は大丈夫」


 ルイーゼはそう言うと、再び話を戻す。


「……間違っているわ。こんなこと」

「何故そう思う?」

「私も貴方も帝国の軍人。それは変わらない。でも、だからといって、戦いを全肯定する必要があるとは思えないわ」

「甘いな」

「ええ、そう思う。でも、私に付いてきてくれている魔術師のためにも、無駄な戦いは避けなきゃならない」

「……やはり甘いな」


 俺はそう言ってルイーゼは見る。彼女の言い分は軍人としてはまったくもって話にならない。といより、そもそも彼女は軍人というよりは魔術師なのかもしれない。彼女は自分がもつ魔術師という姿に忠実なのであって、軍人であろうとすらしていないのだ。


(それはカサンドラという将軍に憧れたのではなく、カサンドラという魔術師に憧れたが故か……)


 ルイーゼが続ける。


「貴方があの騎士団に情をもつこと、それを私は否定しない。戦う必要がないのならば、それを避けるべきだわ」

「俺は否定する」

「何故!」

「簡単だ」


 俺が答える。


「俺は俺が生き残る道を選ぶからだ」

「っ?!」


 ルイーゼが目をそらす。俺はただだまって彼女を見つめた。


 自分の手で生かしたのだから、それを殺すなどナンセンスだと思うだろうか。いずれにせよ二つに一つだ。過去の選択を過ちと断じてケリをつけるか、それともその甘さに身を任せるか。


 俺は前者を選ぶ。彼女達との和平を求めたところで、俺は軍によって処分されるのだ。それは馬鹿の選択である。


 それに、それにだ。まず彼女達が手を取ることを求めているわけでもない。いや、その可能性があったとしても、そうでない可能性もあるのだ。


 馬鹿を見るわけにはいかない。答えは既に決まっていた。









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