第三章 英雄を殺せ
第157話 見透かされた甘え
「アルベルト・グライナー中佐、申し開きはあるかね?」
「…………」
俺は大きく深呼吸をした。
東部での戦功を鑑みれば、俺はしばらく後方で待機していても功績におつりが来るほどであった。しかしそんな予想とは反して、事態は坂を転がり落ちるように悪くなっていく。
帝国評議会特別査問委員会。長ったらしく、そしていかにも嫌みたらしいその組織は構成員からその印象のままである。全員がなんとか俺をこき下ろそうと頭を回している。委員会のそもそもの存在理由など遙か彼方にして。
その会の開催理由、その疑いはノルマンドとの戦いに遡る。
俺が意図的に彼等を逃がし、追い打ちをしなかったことによる責任の追及だ。しかしそれは建前だ。そもそも証拠が不十分な上に、ルイーゼの了解も得ている。
(これもあの将軍の差し金だと言うことか……)
抜け目ない動きに、俺は小さく舌打ちをする。
限りなく矮小で卑怯。それでいて強大且つ狡猾。将としての器は持たずとも、謀略の一点において他を抜きん出た存在。それが彼、アウレール将軍である。
俺は嫌がらせとも思われるその会に拘束された後、アウレール将軍に呼ばれて彼の元を尋ねることとなった。
「此度は非常に残念だね、グライナー中佐。将軍の死に、あまつさえこんな疑いをかけられてしまうなんて」
「将軍が亡くなられたことには胸の張り裂けそうな思いです。それだけに、私個人のことは気にしていません」
アウレール将軍にこやかに俺に話しかけてくる。端から見れば気さくな様子だが、そこには『残念』という気持ちなど微塵もないことが容易にうかがえた。
それもそのはずだ。彼にとっては最も邪魔であった存在、死闘将軍ベルンハルトがいなくなったのだから。
(俺を呼びつけたのも、嫌みを言うためか?それにしても俺を前にしてまだ敵意すら見せないとはな)
俺は努めて冷静に将軍を見る。こうして会うのは初めてであるが、できれば二度会いたいものではない。少なくともお互いに、殺意を持つには十分な間柄だ。
「君の話は聞いているよ。グライナー将軍の息子にして、先の戦いでも大活躍だったそうじゃないか」
「いえ、帝国将兵の精強さの賜です」
「けっこう。無論、そうだろうね」
少しばかり、将軍が本心を出してくる。牽制や誘いのつもりかもしれないが、俺は乗らない。
「ところで、将軍はもとより君を死闘将軍の後任にと推薦していたということだが、少し難しくなってしまっていてね」
「…………」
その話は初耳だ。だとすれば将軍は死期を悟っていたということか。
(それでノルマンドの戦いを引っ張り出してきたというのか。この男は)
普通ならこんなこと問題にもならない。そもそも証拠だって不十分だし、これまでの戦果に比べれば、問題にすら上がらないだろう。
それにそれを言うなら、アウレール指揮下のあの将官の方が問題だ。彼の場合明らかな背信行為をしている。俺が逆告発すれば、向こうの方が窮地に陥る。
しかしそんな俺の読みを見透かしたように、アウレール将軍は話を続ける。
「しかし最近は悲報ばかりが続いてくる。ベルンハルト将軍しかり、私の部下である中佐も一人亡くなってしまった。……君と戦場を供にした彼だよ」
「……………」
成る程。抜け目ない奴だ。俺の中で少しばかり時が止まる。
既にあの男を抹殺したというのか。『死人に口なし』ということで、追及の手を逃れるために。
(組織が正常に動いているのならば、告発は可能かもしれない。だが俺と将軍とでは権力のパワーバランスに差がありすぎる。それに当人が戦死しているとなれば、それを掘り起こすのはよそうという感情が諮問側に働いてしまう)
アウレールは深々と椅子に座って、こちらを見ている。内心ではさぞ楽しかろう。俺は彼の内なる笑い声が聞こえてくる気がした。
「そこでもう一つ、君に戦功があれば、私の方から将軍の後任に推薦できると思うのだが」
「…………」
『結構だ』とつっぱねることは今の俺にはできない。だが、そもそも前任が推薦しているというのに、何を今更彼に頼む必要があるのだ。そんな借りを作ることもおかしい上に、くだらない言いがかりでその人事が通らないことも異常である。
(将軍の地位が欲しいとは思わない。……だがこの状況は非常にまずいな)
ベルンハルト将軍の死、それは俺にとっては全く予想外のことであった。戦場においては悉くを予知してきたというのに、もっと大きな所に見落としがある。俺は自分の用意の悪さを自戒した。
「将軍のご厚意、痛み入ります。しかしまずは将軍の葬儀や、様々な引き継ぎが残っています。それに王国との戦いに終止符を打たなければなりません」
「そう、そこだよ」
俺の言葉に、アウレール将軍が答える。そしてそこで俺は彼の真意を知る。
その矮小で強大な悪意を。
「……すいません。もう一度お願いします」
俺はついその言葉を聞き返す。そう聞き返す俺に、アウレール将軍がどこかうれしそうに言い直した。
「『王国の英雄、クローディーヌ・ランベールを討ち取れ』。これが君の背信罪の免除に対する帝国評議会が出した条件だ」
アウレールは少しだけ口角を上げて、俺に告げる。背信罪とは軍隊における軍令違反、即ち銃殺刑と同義である。最早査問委員会等と言うものが合理的に機能していないことは明白であった。
(帝国の近代軍が誇る、鉄の規則が聞いて呆れるな。それでも戦場の兵士達はそれを守らされ、上層部ではこの体たらくとは)
俺は唇を噛む。だがこの事態を招いた責が、自分にもないわけではない。
あのデュッセ・ドルフ城塞の戦いで、クローディーヌ・ランベールをこの男に玉砕覚悟でぶつけなかったこと。それが大本の原因でもある。
(『お前は何がしたいのか』……か。死人の言葉を今に思い出すとはな)
俺はベルンハルト将軍の問いに、けりをつけなければならないと感じた。自分の甘さ、その精算をしなければならないのだ。
それに彼女を討ち取ることができるとすれば、俺は帝国臣民の絶大な支持を得ることができる。そうなれば俺はアウレール将軍と政争をやることができるだろう。民衆の支持は、俺が生き残る上で非常に大きな力となる。
その時、アウレール将軍が口を開く。
「だが、丁度良い機会ではないか」
「……と、いいますと?」
アウレールは鼻で笑って続ける。
「君の父親、そのリベンジマッチになる。君のお父上もお喜びになるだろう」
「…………」
アウレールは少しばかり楽しそうに俺に告げる。
クソ野郎め。俺は歯を食いしばる。
どの口でそれを言うというのか。俺は既にその状況がこの男によって作られたことを知っている。それだけにとことん腹が立った。この男に汚さにも、父の愚かさにも。そして何より、自分の甘さにも。
奴は既に見透かしているのだ。俺が彼女達を殺そうとしないことを。その甘さを。何故それを知っているかは分からない。だが確実にそう言えた。
もう退路はない。俺は甘えを捨てなければならない。俺が生き残り、馬鹿をみないために。
第七騎士団を討ち、この男を討たなければならないのだ。
「……失礼いたします」
俺は敬礼して、その場を後にする。将軍は既に俺の方を向いてはおらず、適当に手を振って挨拶していた。
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