第154話 そして俺達は再会する

 






「何っ!?グライナー中佐が負傷しただと!それは本当か」

「はい。間違いありません。かなり出血もしています。現在医者が中佐の治療にあたっています」

「む……そうであるか。ならば急いで治療を施すのだ!」


 こう目撃者が多くては、流石に総司令も嘘と断じることもできない。俺のある種のせこい目論見はほとんどの部分で成功していた。


(程よく結果も出したし、退く大義名分もできた。あとは帝国の精鋭様に頑張っていただくとしよう)


 俺はそんな風に考えながら、医者に手当てをしてもらう。今頃慌てた伝令が東部方面軍総司令官に報告に行っているだろう。それに俺の姿をみた兵士は何人もいる。十分に信憑性が出ている。


(馬鹿みたいに痛いが、死ぬよりかは遙かにマシだろう)


 もとより帝国に忠誠があるわけではない。あろうはずもない。


 忠義など馬鹿の考えだ。従うに値する君主を上司をもつことなどそうあることではない。それを誤魔化すために忠誠という美徳があるのだ。馬鹿はそれを知らず、体よく操られている事に気付かない。


 生きることが優先だ。その考えは王国にいようと帝国にいようと関係はなかった。


「しかし流石はかの将軍の息子様ですな。こんな傷なら、本来なら死んでもおかしくないですぞ」

「ああ、興奮で気づかなかったよ。帰ったら激痛が走ったさ」


 まあ嘘である。この些か歳を召した従軍医は少し腕が衰えてきているのだろう。傷はさっき作ったものだし、傷口も魔術で加工した。よく見れば銃創では無いことぐらい分かりそうだ。


(しかもよくよく考えれば、王国の銃兵なんてあまりいないのに……。しかしよくこんなでまかせを通そうと思ったもんだ)


 その場しのぎの嘘も大概に下手である。俺は内心でそんな自分に呆れつつも、それでもこれが最善の策であり、間違っていないという確信があった。とにかくこの場を離れる必要がある。そう感じていた。


「報告!北東部にて王国軍第七騎士団が出現!我が方に被害甚大!」

「何と!……悔しいかな。グライナー中佐が万全ならば、返り討ちにできたというのに」


 急に伝令がくる。また読み通りだ。いや、もはや読みすら越えた直感の域にまで達している。


 あのまま駐屯していれば、彼女達とぶつかることになった。適当な言い訳でも、戻ってきたのは正解である。


(ただまあ、無計画で逃げているわけでもない。)


 俺は王国と帝国の戦いが始まってからの経緯を思い出す。兵站の管理は、これまでもっとも注意深くやってきたことだ。おそらく……、王国軍は補給がもたなくなる。


(そもそも東和との戦いでかなり消耗したんだ。そこに突発的な帝国との戦争。物資は減り、補給路を確保したとしても、大本で枯渇するだろう)


 しかし帝国も息切れをおこしていることは事実だ。第七騎士団に対して、連戦連敗。兵力弾薬も多少残りがあるとはいえ、王国に再侵攻する体力は無い。それに、西側のノルマンドも睨みをきかせている。


(両者痛み分けのドローゲーム。おそらく無難なところはそこだろう)


 つまり俺はそこまで生き延びればいい。無論これからアウレール将軍に刺客を送られたりするかもしれないが、こちらにも後ろに最強の死闘将軍がいる。それを証拠に、反撃することも可能だ。


(いずれにせよ、俺に戦う理由はない。後は両者が程よく消耗するのを待つとしよう)


 俺の胸の内にそうした算段をたてる。しかしこれはあくまで希望的な考えであり、自分の直感的な予測はこれとは反対の未来を描いていた。


 そしてやはり当たっていたのは嫌な直感の方である。


「報告!王国軍の部隊が、本隊に向かって奇襲を仕掛けにきているとのこと。現在哨戒中の部隊がやられました」

「敵の位置、それと数は?」

「本隊より東、数はおよそ300ほどです」

「……成る程ね」


 異常な速さだが、第七騎士団だけとなれば納得だ。それにここには潤沢な兵士と物資がある。その意味ではまだやりようがあった。


 兵士の報告を受けて、俺は手早く服を着て銃剣を肩にかける。医者の老人は「無茶だ」と言っていたが、俺は無視して医療室を飛び出た。部屋を出た後に魔術で出血を止め、後ろを歩く部下に伝える。


「我が部隊に通達。全員戦闘準備を整えた後、陣営より東側に分散した形で待機。敵の秘術は建物ごと吹き飛ばす。決して大勢で固まるな」

「了解」

「総司令はどうしている?」

「現在後退の準備にはいっているとのこと。装甲車が何台か出て行くのを見ました」

「……随分と早いご判断で」


 こういう所は王国も帝国も変わらないのだろう。しかし今はそれも好都合ではあった。どうせ戦わなければ彼女達に追いつかれる。それに自由に戦うには上司がいないほうがいい。


「他の部隊に伝令してくれ。『敵部隊は我が部隊で止める。敵の後退路を阻む準備を求む』と。言うことを聞いてくれそうな部隊だけでいい」

「はっ」


 部下が離れていく。そして俺は陣営の外に出て、待機している部隊の前に歩み出た。


「東から来る部隊を半包囲するため、広い半円を描く形で兵を配置する。あくまで目的は耐久であり防衛だ。決して固まらず、敵の追撃には出ないように」

「「はっ!」」


 兵士達が素早く動き出す。300人の高機動部隊に重火砲は無意味だろう。そもそも、彼女がいれば全て防がれてしまうのだ。


「っ!?」


 そしてその時、激しい音と共に目に見える位置で土煙が上がった。音に遅れて、衝撃波もやってくる。いくらか既視感がある。


 そして目に見える位置にそれがあるということは、ものの一瞬でこちらまで来るということだ。彼女の足は馬や装甲車などと比較にならない。秘術とはそれだけ馬鹿げた力であり、恐ろしい力なのだ。


『血は力なり……』


 俺は魔術を起動し、銃剣を構える。


 最初から全力だ。一瞬でも油断すれば、明日を見ることも叶わないだろう。


 ガキンッ


 俺の銃剣と彼女の聖剣がぶつかりあう。血でコーティングした刃でさえ、すでに彼女の一撃で壊れかけていた。


 パンッ、パンッ、パンッ


 俺は彼女を押し返し、銃弾を撃ち込んでいく。当たりもしないし、傷も負わないのは承知の上だ。案の定剣で弾かれる。


「まったく、これじゃ腹切り損だ」


 俺は冗談めかして、呟く。そうでも言っておかなければ、一瞬のうちにのまれてしまいそうであった。


 敵にして初めてその恐ろしさを理解できることがある。俺はそれを今になって嫌なほどに痛感させられていた。


 気がつくと他の団員も彼女の後方まで追いついている。俺はそれを見て横目で自分の部隊が取り囲む形で銃を構えていることを確認する。両者とも譲る気配はなかった。


 俺は刃の欠けた銃剣を捨て、腰に差しているサーベルを抜く。そしてわずかに指先を切り、血を垂らしてコーティングをした。刃を構え、まっすぐ彼女達を見る。見知った顔がそこにいた。


「東部方面軍第17大隊、アルベルト・グライナー中佐。はじめまして。第七騎士団の皆様」

「王国軍第七騎士団、団長。クローディーヌ・ランベール。久しぶりね。アルベール」


 その答える彼女は、相も変わらず美しかった。







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