第155話 まじることのない運命

 






 懐かしい顔だ。俺は目の前に並ぶ、かつての戦友達の顔を見る。


 東和の副官。かつてダドルジに仕え、現在はダヴァガルの部下達とともに戦っている男。その厳格な軍人的性格はこの場でも変わらないが、それでもどこか戸惑いのようなものが見えることをかつての上司として指摘しておく。


 ドロテ隊長。少しキツいのが玉に瑕だが、それでも美しくリーダーシップがある。秘術士達がついてくるのも、彼女の功績だ。だが実際に俺を目に前にして、思うところがあるのは明確であった。


 レリア。彼女は一番顕著だ。今にも泣きそうな顔をしている。彼女の生い立ちを詳しくは調べきれなかったが、少なくとも騎士団の中で最も現実主義な少女でもある。にもかかわらず、俺に向ける表情は敵意とはほど遠いものであった。


 そして……。


「どうやら、お前が一番やる気みたいだな」

「…………」


 脆く、はかないガラス細工のよう。しかしその鋭い敵意だけは本物だ。


 あまりに攻撃的で、あまりに脆い。異常な程に鋭い細身の刃を向けられているような感覚。それがクローディーヌ・ランベールから受け取った印象であった。


「こっちの総司令は既に逃げたぞ。ここにいる指揮官は俺ぐらいだ」

「そう……」


 クローディーヌは相も変わらず剣を構え続けている。一瞬でも気を抜けば、こちらの首などいとも容易く刎ねてしまうだろう。


「今現在、我が軍の部隊がお前達の後方を抑えに向かっている。これ以上深入りすれば、後退路さえなくなるぞ」

「………」


 俺は彼女達に見えるように指を指す。クローディーヌは一切此方から視線を逸らさなかったが、東和の一兵士が彼女の元までやってきてその情報が確かであることを伝える。


(やれやれ、まったくもって隙が無い)


 俺はかつての部隊は褒めざるを得なかった。


「第七騎士団各員に告げます!」


 クローディーヌが声をあげる。


「これより撤退にはいります。東和部隊を先頭に、秘術を惜しみなく使い突破してください。……私は殿を務めます」


 セザール・ランベールが数多の帝国軍を屠った聖剣。その切っ先を俺の方に向ける。殿と言いつつ、ただ逃げるつもりなど毛頭ない。これでもかという被害を与えて、俺の首を取って、王国へ凱旋する。そんな様子であった。


(やるしかないか……)


 俺は再び魔術を唱える。


『血はちか……』


 その瞬間、クローディーヌが動き出す。発動までの時間差も秘術と魔術では決定的なまでに差がある。こちらにのんびり詠唱させる余裕など当然与えてはくれなかった。


 俺は咄嗟にサーベルで受け止める。


「クソッ」

「行きなさい!早くっ!」


 クローディーヌの言葉よりも早く、第七騎士団は動いている。事前に作戦目標を総司令に定め、騎士団にも徹底してあったのだろう。入念な準備は判断を早め、判断速度は生存確率を上げる。騎士団は確実に組織として機能していた。


(随分と指揮官らしくなってるじゃねえか)


 俺は魔術を起動し、身体を更に加速させる。攻撃を加えながら、部下達に指示を出した。


「撃て、撃ちまくれ!騎士団ごとまとめて撃ちまくれ!」


 無数の銃声が響く。ドロテ隊が後方に防御秘術を張り、そのまま後退していく。しかしすぐにクローディーヌが割って入り、秘術を起動した。


紫の地平に抱かれてショーム・レム・ボンド


「貴方たちは移動を優先してください!」銃弾を防ぎながらそう指示を出す。攻撃だけでなく、こうした芸当までできるのだからたまったものではない。


(だがこれでまた一つ秘術を消費させた)


 彼女の秘術は戦術兵器そのものであるが、連続して何発も使えるものではないことはよく知っている。これで少なくとも、俺達に撃ち込む分の攻撃秘術は控えるだろう。何せこの後も撤退で秘術を使う必要があるかもしれないのだ。


 クローディーヌも俺の目論見に気付いたのだろう。だが気付いたとてどうこうできるものでもない。


 時間をおき、騎士団が射程圏外まで下がったのを見ると、クローディーヌはもう一度こっちに突っ込んできた。


(あくまで俺の首を取ろうってのか!?)


 俺はサーベルを構え、彼女の攻撃をいなしていく。『王国に咲く青き花フルール・ド・リス』を使わないまでも、その戦闘力は洒落にならない。

「中佐殿っ!」

「待て、撃つな!中佐も巻き込んでしまう」


 部下達が発砲をやめる。ここまで接近戦をやられては此方も数の利は使えない。俺はなんとかして耐えるしかなかった。


「まったく、なんて強さだ。道理で訓練でも勝てないわけだ」

「…………」


 俺は軽口を叩きながら、攻撃をいなしていく。理由は同様、そうでもしなければ呑まれてしまいそうだからだ。それだけ彼女からは圧を感じる。


 少しでも冷静さを欠き、焦りが生まれれば、その瞬間に命を落とすだろう。それだけは確信できていた。


 しかししょうがなく受けていた王国での彼女との模擬戦も、今にしてみれば無駄ではなかった。いくら魔術で強化していても、事前に攻撃をしっていなければとてもこの受けきれない。それに自分の接近戦の技術も、その訓練を通して確かに上がってはいたのだ。


 しかしそう考えていても、戦闘は彼女の方に分がある。少しずつ押され始めていた。


「どうして……」

「ん?」

「どうしてっ!」


 彼女が呟く。そして強く振るった剣で、俺のサーベルが破壊された。


(まずいっ!)

「どうして貴方はっ!」


 俺はすぐさま腰に隠し持っていたピストルを抜き、彼女に撃ち込んでいく。しかしその程度の攻撃が効く彼女ではない。いとも簡単に弾かれてしまった。


 カチッ、カチッ……


 弾切れ。俺はそのままピストルを捨て、まっすぐ彼女を見た。


「俺は、帝国の軍人だ」

「っ!?」

「それ以上でもそれ以下でもない」

「…………」


 一瞬の静寂。しかしそれはすぐにけたたましい発砲音によってかき消される。


「中佐と距離が離れた今がチャンスだ!撃ちまくれ!」


 取り囲んでいた兵士達が銃弾をこれでもかと撃ち込んでいく。彼女はそれを躱し、弾きながら素早く後退していく。


(助かった……か)


 彼女の剣は、間違いなく自分の方へ向いていた。元副長だからとか、そんなものを無視して、確かに。


 甘い考えは捨てなければならない。今だって少しでも指示を誤っていたら、間違いなく死んでいた。俺はそれを痛感させられた。


「…………」


 俺はただ黙って、彼女の背中を見送っていく。


 もう道を交えることはないのだろう。俺は遠くに離れていく彼女達をみながら、そう感じていた。



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