第153話 天才VS英雄
「中佐、此度のノルマンドとの戦い、素晴らしい戦果であったようだな」
「はっ、将軍。光栄です」
帝国軍総司令部、賢知将軍室。件の将官は賢知将軍アウレールに呼ばれていた。
「ところで、私が依頼していた件だが……」
「申し訳ございません。ノルマンドの捕虜を利用して暗殺を狙ったのですが、ノルマンド人が全滅しました」
「ほう」
「しかし、次こそはうまく仕留めて見せます」
将官は背筋を伸ばし、直立しながら言う。アウレールは窓の外を見ながら、椅子に深く腰掛けていた。
「まあ、そう気負うことはない。それに君には戦果を立ててもらうべく、次の戦場を用意した。そこで手柄をあげて、大佐の階級まで昇ると良い」
「はっ。ありがたき幸せ」
将官は敬礼し、その場を後にする。そしてドアを閉めて少しして、アウレールは部下を手招きした。
「彼には東部戦線で昇進してもらう。……その戦死をもって、な」
「了解しました。手配いたします」
部下は返事をしてその場を去っていく。豪華な部屋にアウレールだけが残っていた。
「……良い茶だ」
アウレールがカップを傾けながら呟く。
いずれにせよ早く手は打った方が良い。あの忌まわしき天才の息子、そして英雄の娘。どちらも両親に、恥をかかされた。グライナーの息子に関して言えば、銃撃の借りもある。
(ゆっくりと、溺死させるように。じわじわと追い詰めた上で殺す)
邪魔者を排除することに、手を抜いたりはしない。アウレールは眼鏡を拭きながら、しっかりとその計画を描いていた。
「帝国軍の反撃苛烈!我が軍が撃退されました!」
「駄目です!第七騎士団の攻勢が凄まじく、抑えきれません!」
帝国軍と王国軍。いや、正確には第七騎士団とアルベルト・グライナー率いる第十七大隊であろうか。両者の戦いは対照的であったが、敵に強大な恐怖を与えたという点では同じであった。
クローディーヌ率いる第七騎士団は戦場を縦横無尽に駆け回り、帝国軍のことごとくを打ち破る。秘術を存分に使ったその凄まじい機動力と突破力で、帝国軍はほとんど一方的にやられていた。
しかし一方で第七騎士団が不在の戦場には、必ずと言って良いほどアルベルト・グライナーがいた。第七騎士団の戦果に勢いづき、各部隊が侵攻しようとすると、必ずその出鼻をくじかれる。そしてその敗戦を受けて、第七騎士団も位置を少し下げることになる。
こうした不思議な形での一進一退が繰り広げられ、戦線は依然として大きな変化を見せることはなかった。
(とはいえ、この戦い方にもそろそろ限界が来るな)
アルベルトは何度目かも既に分からない王国軍の撃退を終えて、兵営で地図を開く。
これまで予想が全て的中してきた。第七騎士団の動き方、そしてそれに乗じた王国軍の動き。その全てが。それ故に第七騎士団を有しない王国の部隊は、少ない部隊でも十分に対処が可能であった。
(だが第七騎士団と戦わずにいることを、上は良しとしないだろう)
上層部の人間や、他の指揮官の連中が考えることは単純だ。『楽して、活躍したい』。これに尽きる。
つまり第七騎士団とは戦いたくないが、戦果を譲りたくもないのだ。それだけに現在の自分の戦いに他の指揮官連中が良い思いをしないことは考えるまでもなかった。
(だから何としても俺を第七騎士団にぶつけようとするだろう。まあ今はたかだか千人程度の部隊にそれを命令しないだろうが、いつまでそのちっぽけなプライドが持つか分からない。……まったく、誰が敵か分かったもんじゃないな)
だがアルベルトとしてもそれは御免である。かつて自分がいた部隊だ。あの部隊が、そしてあの英雄がどれほど強いのかを理解している。
秘術を一つ使われただけで、こちらの部隊など吹き飛んでしまうのだ。もはや戦術もへったくれもない反則級の力だ。
(まあだからこそ、今までもあんな無茶な戦場で生き残れたんだけどな)
しかし今はそうも言っていられない。なるべくあれとぶつからず、それでいて侵攻を止める方法はないものだろうか。第七騎士団がこれほどまでに早く立ち直り、そして戦意をも取り戻しているのは予想外であった。
(しかし何故だ。分かるはずもないそれを、俺はなんとなく理解している)
おそらく、王国内で戦わざるを得ない事情が出たのだろう。自分という裏切り者を出したが故に、戦果を挙げるか、この首をとるかしなくてはならない。そんなところだろうか。
(助けた相手に殺されそうになるとはな。笑えない冗談だ)
俺はそんな風に考え、息を漏らす。もっとも裏切っていたのは自分であり、彼女達を生かす判断をしたのも自分だ。自らの甘さと、判断の誤り、それが自分を苦しめているだけだ。自分の不始末を人の所為にはできない。
すると外から伝令の声が聞こえてくる。
「報告!東部方面軍総司令官より入電!グライナー中佐率いる第十七大隊はこれより、王国第七騎士団を撃退すべしとのこと」
「……やれやれ。とうとうプライドも捨てて命令したか」
俺は即座にナイフで腹を刺し、出血させる。そして手早く包帯をまきつつ、血で包帯を赤く染めて外に出た。
「報告を返せ!『我、流れ弾により腹部に損傷あり。治療のため一時後退する』と。おっと、待った。複数人で直接報告に行ってくれ。電報ではなく、伝令で」
俺は傷が見えるように歩み出て、兵士に伝える。その様子を見て、伝令役も相当に慌て、「衛生兵!早く!」と叫び、敬礼をして飛び出していった。
(やれやれ。こんなことに魔術を使うはめになろうとはな。……しかし痛いな、これ)
『仮病』ならぬ、『仮傷』といったところだろうか。魔術により大げさにまで染められた包帯は、事の深刻さを伝えるには十分だ。戦場の興奮から冷めてようやく自らが負傷していることに気付くことは決して無いわけではない。
どんなにみっともないやり方でも、第七騎士団との戦いを回避できるならやるべきだ。それにこれだけ出血していたら、流石に上層部も信じざるを得まい。俺は堂々と後退できるし、別に傷はあとで塞げる。傷口ももう少し魔術で加工しておこう。
しかし何故だろうか。ここまでして後退をしても、何故か彼女達との戦いを避けることは不可能な気がしていた。
それはまるで当然かのように、自分の頭には彼等と相対する未来が想像できる。もはやそれは確信の域にまできていた。
そして俺の願いとは反対に、やはりそれは現実のものとなった。
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