第146話 ずるいよ
「はあ、はあ、はあ……。団長、どこ行ったんだろう?」
クローディーヌを追い、レリアが走っていく。
冷静に考えるのだ。こんな時、人が行くところは決して多くはない。自分が安心できる場所、そんな場所を求めて移動するはずだ。
(軍務を放棄している以上、多分その責任感から自分の屋敷には帰れない。となれば行く場所は限られるはず……)
クローディーヌがいても珍しくない場所、例えば人があまりに賑わっている場所。そこであれば彼女といえど目立たないだろう。もしくはその逆で、あまり人がいない場所だ。だが一人になろうという人間が、喧騒の中に身を置くことはあり得ない。
レリアは一番近くにある、王都第三広場にやってくる。日中の広場には人だかりができており、見つけるのは一苦労だった。
(でも、ここにいないのは分かる)
普通ならば人の賑わうこの広場はクローディーヌが目指す場所ではないだろう。しかし、彼女がこの王都についてあまり詳しくないことも知っている。
彼女が行ったことのある場所は、兵営や王城、自分の屋敷。そして……
(副長と一緒に回った、この王都の大通りだけ)
レリアは大通り沿いに走って行く。この通り沿いの、どこかの横道にいるはずだ。レリアは懸命に首を振り、その姿を探していく。
(団長、どこに……え?)
レリアはそこに思いがけない姿を見つける。そして同時に、彼女と話している相手こそがクローディーヌであった。
「どうして第七騎士団の団長が、こんな場所にいるの?」
「…………」
マリー自身、大通りを歩いていたのはたまたまだ。デスクに座っていれば、きっとまた涙をこぼしてしまう。だからそれがバレないように、取材と称して外を歩くようにしていた。
町の様子は異様そのものだった。第七騎士団は一躍悪者と化し、王国の犠牲の責任を負わされかけている。民衆の支持は根強いが、弾圧と情報統制によって少しずつ変化をみせていく。それは報道に身を置く自分が一番よく感じていた。
そしてそんなときに彼女を見つけた。
「どうしたの?何か変よ?」
クローディーヌは何も話さない。その理由は嫌という程分かっていた。
「アルベール・グラニエ」
「っ!?」
その言葉を口にすると、彼女の表情が一瞬にして強張る。今彼女が一番聞きたくない言葉だったかもしれない。
しかしそんな彼女の様子に、一層腹立たしく感じた。
「ねえ、何か言いなさいよ」
「……………」
クローディーヌが視線を逸らして俯いている。どこか儚げで、とても弱々しく見えた。
もう限界だった。
「なんとか言いなさいよ!」
強い声と共に彼女の肩を押す。英雄と呼ぶにはあまりに軽く、クローディーヌはそのまま後ろの壁にぶつかった。
「今貴方がどんな状況にあるのか分かってるの?軍は今、少しでもあんたの粗を探して失脚させようとしている。貴方を支持する人達も、ここぞとばかりに捕まっているのよ」
「…………」
「デュッセ・ドルフ城塞で逃げようとして亡くなった馬鹿な王国兵も、あんたの責任になってる。例えそれが嘘でも、その親族は貴方に恨みを抱く。そしてその恨みが、新たな噂を拡散させる」
「…………」
「それなのに、あんたはこんなところで何をしているって言うの!」
クローディーヌは黙ったまま俯いている。
打てども全く響かない。その様子がどこまでも神経を逆撫でた。
そしてその言葉を発してしまった。
「貴方がもっとちゃんとしていれば、アルベールは……」
「っ!?」
クローディーヌの顔が一層絶望に歪んでいく。それは今までの彼女からは見ることのできない表情だった。
「やめてください!」
その時、レリアが両手を広げて立ち塞がる。割って入ったその少女は、強い眼差しで此方を睨み付けていた。
「……何の用?」
「私は第七騎士団の所属で、団長を呼びに来ました。民間の方はお引き取りください」
「民間?今この場所にいる時点で関係ないでしょ。それとも彼女は、軍務でこの場所にいるとでも?」
「貴方には関係ありません。これ以上反抗するようであれば反逆罪を適用します」
「やってみなさい、レリー。貴方は……」
「それに!」
レリアが言葉を遮る。そして少し間を置いてから、静かに告げる。
「副長のことを、アルベール副長のことを言うのは、ずるいよ。……お姉ちゃん」
「っ!?」
レリアがきっぱりと言う。その言葉で勝負はついていた。
これまでの騒ぎで周りの人間がこっちに注意を向けだしている。これ以上は続けるべきではない。そう判断せざるを得なかった。
「分かったわ。……お時間をいただきありがとうございました」
そう言って彼女達に礼をする。レリアは「さあ、行きましょう」とクローディーヌを連れていく。
そして歩き去る刹那、一瞬だけ此方を向いた。少しだけ寂しそうなその顔が印象的だった。
まるで孤児院に預ける時、最後に別れを告げたあのときの表情だった。
彼女は泣かなかった。いつだってそうだ。両親を戦争で亡くし、家が燃え、親戚の家に預けられた時も。親戚の家で散々にこき使われて、いびられても、絶対に泣かなかった。どんなに酷い仕打ちを受けていても、決して泣かなかった。
それはもしかすると、それ以上に酷い労働と暴力を受けていた私を見ていたからかもしれない。それとも、戦禍の中でもっと酷いものを見たからかもしれない。人が人を殺し合うさまを、嫌と言うほど見たからかも。どれも理由たり得たのだ。
親戚に自分たちが売られようとしていると分かったとき、二人でその屋敷から逃げ出した。自分は労働の合間に読み書きを学び取っていたから、なんとか生きる手立てはあった。だが妹は難しかった。自分も二人分を養う余裕などはなかった。
しかし幸運なことに、妹には秘術の才能があった。私にもあるのかもしれないが、それを確かめる時間はない。彼女が秘術の力を見せたのも、本当に偶々であったのだから。
結果として妹は神官達が運営する孤児院に入ることができた。将来の秘術士として。戦争の道具としての価値を認められたからだ。
彼女と面と向かったのは、それが最後だ。
「本当……ずるい女……」
壁にもたれかかり、そのまま腰を地面へと下ろしていく。
彼女の所為ではない。それは自分でもよく分かっている。だけどどうしようもない気持ちが、行き場を失って暴れているのだ。
「こんな顔、アルベールには見せられないや」
不意にお腹が鳴る。もう何日も食べていない気がする。いつもの安食堂は開いているだろうか。もしかするといつも通り、彼があそこにいて、いつもの安メニューを美味しそうに頬張っているかもしれない。
そんなあるはずのない希望にさえ縋りはじめていた。
「馬鹿ね。あるわけないのに」
マリーはそう呟くと、膝を抱え、声を漏らさないように泣いた。
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