第二章 英雄として
第145話 英雄の責任
時は少し遡り、王都にて。
クローディーヌ・ランベールが第七騎士団の元に現れたのは、デュッセ・ドルフ城塞での戦いから帰還して五日後の事であった。もっとも第七騎士団の生存兵は帰還した翌日から毎日兵営に集まっており、クローディーヌが来るのだけを待っていたのだが。
「あっ!団長!大丈夫ですか?」
クローディーヌが兵営に顔出すと、いち早く寄ってきたのはレリアだった。そしてレリアの声をきっかけに団員達がそれぞれ整列を始める。
訓練された部隊のその統率は乱れることはない。怪我をしている者も多かったが、すぐさま整列を終えて団長を迎える準備をした。
「団長、みんな待ってましたよ。さあ、あいさつだけでもしてください」
「え、ええ」
クローディーヌはゆっくりとした足取りで整列した団員の前に歩み出る。いや、それは重い足取りといった方がよかっただろうか。いつぞや自分が負け続けていたときに、部隊を指揮していたあの頃を思い出させる足の重さだ。
300人あまりいた精鋭も、半数程度になっている。いないのはフェルナン隊と重傷者や戦死者、そして副長であるアルベール・グラニエである。
「あ、えっと……」
上手く言葉が出ない。それもそうだ。自分自身何を言って良いのか分からない。
数多の戦場で傷つき、それでも自分に付いてきた皆に、そして彼についてきた皆に、なんと言えば良いのか。自分自身、彼のことをどう評価すれば良いのか。クローディーヌ自身、何一つ整理がついていなかった。
しかしそこで声をあげる者がいた。
「負傷者も含め、今集まれる人員は全員揃っています。団長」
ドロテが歩み寄り、クローディーヌに伝える。クローディーヌは何も言うことなく、ただ辛そうな顔をして俯いた。
「団長、次の指示を出してください」
「…………」
「団長」
「…………」
しばらくの沈黙が続く。しかしその沈黙は、赤毛の隊長によって破られる。
「指示を出しなさい!クローディーヌ・ランベール!!」
ドロテがクローディーヌにつかみかかる。
「皆が貴方の指示を待っているのです。体制を立て直し、装備を整え、帝国に反撃せよと。そう命じろと!」
「ドロテ隊長、やめてください!」
つかみかかるドロテに、レリアが抑えにかかる。しかしドロテの力は強く、レリアでは剥がせない。
「レリア、黙ってて」
「ドロテ隊長、それは……」
「いいから!」
ドロテはそう怒鳴ると、再びクローディーヌを睨み付ける。クローディーヌはその瞳に、ただ視線を逸らすことしかできなかった。
「貴方は今まで屋敷に閉じこもっていたから知らないでしょうけどね。今私たちは裏切りの疑いまでかけられているのよ」
「っ!?」
「散々な言われようだわ。これまであげてきた戦果も、貢献もまるでなかったかのような報道。それに合わせるかのように、人々も手のひらを翻し始めた。それはそうよね。私たちに好意的な人達は、裏切り者だと言われて次々と投獄されていくのだから」
「…………」
「今のままじゃ私たちの家族や親族、友人、それどころか馴染みのお店まで憲兵に捕まっていくわ。そして殺されるの。王国の上層部は今にも見せしめに処刑しようとしている。……何もかもあの男のせいで!」
ドロテはそうとだけ言うと、クローディーヌを突き放す。クローディーヌはよろよろとよろめきながら、肩を落としながら立っていた。
「クローディーヌ団長。私たちはもう戦うしかないんです。帝国と戦い、勝利を挙げ、証明するしかないんです。上層部が腐りきっていることを、私たちは今更になって気付きました。もしかしたら彼はそれを知っていたかもしれません。今考えれば、敵の配置や、援軍が来ないことなど色々気がつくべき所はあった。でも、もう手遅れなんです」
ドロテが息を荒げながら言う。
「第七騎士団に裏切り者が出たことを、上層部はこれでもかと利用しています。第七騎士団の称号が剥奪されるのも、解体されるのも時間の問題です。無責任な報道は無責任な人々を煽ります。そしていつかは、私たちを含め、団長の貴方も処分されるでしょう。処分というのは、つまりは処刑されるということです」
「…………」
「それだけは避けなくてはなりません。私の部隊でも、既に何人も死にました。怪我人も大勢います。ダヴァガル隊長のことだって……。彼等の栄誉を、失わせるわけにはいきません。何より、生きている仲間達も、死なせるわけにはいきません」
ドロテはクローディーヌを強く睨み付けて言い放つ。
「貴方はこの団の団長であり、この国の英雄です。だからこその責任がある。貴方にしかとれない、貴方だけの責任が。だから命令しなさい。準備を整え、出撃し、帝国と戦い、そして……アルベール・グラニエを討ち取れと!」
「っ!?」
その言葉にクローディーヌが後ずさりする。そしてそのまま、逃げるように走り去ってしまった。
「待ちなさ……」
「私が追います!ドロテ隊長はここにいてください!」
レリアが両手を広げ、ドロテの行く手を阻む。その強くまっすぐな眼差しは、ドロテの足を止めるのに十分であった。
ドロテが追う意志をなくすのを確認して、レリアは手を下ろす。そして振り返り、背中越しにドロテに言う。
「副長以上に、嘘が下手ですよ。ドロテ隊長」
レリアはそう言うとクローディーヌを追って走り出す。ドロテはただ静かに、その小さい背中を目で追い続けた。
ドロテは唇を噛む。肩がわずかばかり震えていた。
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