第107話 重なる刃






「敵部隊、接近!その兵科構成から、『猛風』部隊であると思われます」

「よし、シュタイガー少尉に通信。今より敵と衝突する。衝突開始から砂時計を回し、時が来ると同時に突撃を仕掛けろと伝えろ」

「了解いたしました」


 フレドリックは指示を出した後に、再び自ら双眼鏡をとり前方の部隊を確認する。前衛の東和人達、そして後方の秘術部隊が何よりの証拠であった。


(しかし王国の兵士達っていうのは、どうしてこう堂々と攻めてくるかね)


 頭をかきながらフレドリックはその敵影を監察し続ける。此方としては作戦が立てやすいが、そもそも向こうからしてみればそんな小細工すら必要がないということだ。


 王国と帝国では既にその軍事力に大きな差が開いていた。多くの帝国軍人もそれを理解している。もっとも一部のお偉いさんは「根性が足りない」等とのたまい、まだ分かっていない様子ではあるが。


 しかしその理由を秘術その一点にあると考えている点は浅はかである。フレドリックはそう考えていた。戦いようによってはいくらでも戦術で対応できる部分はあるし、いつだって条件が同等とは限らないのだ。


(それに戦争はそんな戦術レベルの範囲で左右されるものでもない)


 戦争の本質は政治だ。少なくともフレドリックはそう信じている。その国の社会構造、兵力の供給体制、軍事への理解度、何より軍を効率的に動かすことのできる政治体制こそが戦争の結果を左右する。


 現在帝国の一番の問題は、秘術が使えないことではなく兵力を効率的に運用するだけの中央集権化が進んでいないことなのである。秘術の有無など、局所的な問題に過ぎないのだ。


(なんて言っても、誰も理解できないからねえ)


 人が今までの自分の価値観を疑うことは難しい。特に対外的にこれが正しいと言い続けてきた人間は。そうした人間は、今更になって王国に負ける理由が自分たちにあるなどと認めることはできない。政治家も軍の上層部も、その他いかなる重鎮達も。


 だからこそこうした『秘術』というどうにもならないところをその理由とするのだ。秘術が理由であれば、自分は悪くないと言い訳ができるのだから。


(あちらも馬鹿なら、此方も馬鹿か……。それで若い命が失われていくんだから、たまったもんじゃないな)


 フレドリックは双眼鏡を目から離し、遠くにかすかに見える王国軍を見る。遠くに小さく見える人影に、フレドリックはしばらく視線を向け続けていた。











「どけどけいっ!風に切り裂かれたくなければ道を空けよ!」


 一際大柄な男が優美な曲刀を振りながら帝国の陣営を切り裂いていく。帝国の兵士達も銃に剣にと対抗するが、その王国の軍勢はあっという間に帝国の第一陣を破っていった。


「だからむやみに攻撃を仕掛けるなと言ったのに……」


 フレドリックは苦い顔をしながらやられていく味方部隊を見る。フレドリックもそれなりの階級の将官であるが、自分の管轄ではない軍の指揮権はない。それを越えて口を出すことはまさしく越権行為なのである。


 だからせめてもの可能性として、その部隊長に意見を伝えてはいた。『敵の勢い苛烈、我が部隊に策ある故、此方まで下がられよ』と。


 しかし味方部隊から来た返答は『気遣い無用。我が軍は貴軍と違い勇猛果敢なり』である。兵士達の言葉では、その時ばかりはフレドリックも相当苦い顔をしていたそうである。


「将官のプライドで死ぬのは階級の低い兵士ばかりだ。いつだって無責任な人間は他者を犠牲にする」


 フレドリックはそう呟くと、すぐに頭を切り替えて次の指示を出す。


「敗残兵を受け容れる。援護射撃の準備を」

「敵軍、追撃せず!そのまま此方へと進軍してくる模様。進路を変えて近づいてきます」

「それはそれで好都合か……。分かった。此方も白兵戦の準備を整えろ」


 フレドリックがそう言うと、兵士達が重装甲の防具へと着替えていく。王国の騎士達ほど古めかしい鎧ではないが、敵の打撃や斬撃を防御するために作られた近代の鎧である。


 帝国軍の銃は必ずしも一発で敵兵の命を奪うほどに威力は高くない。それは火薬の改良が進んでいないことや、そもそも軍需産業が癒着しすぎて余った在庫を処分するために旧式の銃を使わされていることなど色々ある。


 だからこそ結局直接的な近距離戦闘も、最終的に必要になっているのである。特に前線は弾の消費が激しいことあり、銃弾よりも剣や銃剣で刺し殺した敵の方がずっと多いぐらいであった。


「重装戦闘兵は隊列を組め。これより敵部隊と正面から衝突する」

「「はっ」」


 フレドリックの言葉に兵士達が覚悟を決める。戦士達の士気は、これまで以上に高く保たれていた。


 それは彼等が十分に作戦を説明されたからということも大きいだろう。自らが捨て駒でなく、きちんと勝つために動かされていることを知っていれば兵士達は十分にその力を振るう。


 そして何より、その言葉を発する指揮官自らが、陣頭で指揮を執っているのだ。これは帝国軍人にとってはこの上ない誉れであった。


「私はこれより一歩も引かん。諸君らが負けるときは私も共に死ぬ。だから存分に命を燃やせ!」


 フレドリックは彼等にそう語りかけると同時に、砂時計を反転させる。この砂が全て落ちるとき勝敗は決まっている。


 勝つにせよ、負けるにせよ。


「帝国兵達よ!覚悟せよ!」

「ジーク・ウェイマーレ!」


 戦士達が衝突した。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る