第106話 猛き風を消し飛ばせ

 






「カサンドラ大佐、お久しぶりです。いやあ、お会いできて光栄です」

「私は会いたくはなかったがな。グライナーの倅よ」


 フレドリックはにこやかに挨拶をしながらカサンドラに握手をする。カサンドラの方が階級は一つ上ではあったが、それを理由に彼を咎めるようなことはしなかった。


「聞いてますよ大佐、なんでも王国軍の進軍を食い止めているとか。流石は魔術部隊といったことろですね」

「ふんっ。つい先日一般の兵士だけを集めて、王国軍に完勝したのはどこのどいつだか。私たち魔術師の功績が一気に霞んでしまったわ」


 そう言うカサンドラの言葉に、フレドリックはにこやかに笑いながら応対していく。カサンドラは五十を過ぎて尚前線に赴いており、今でも現場の兵士達から畏怖される将官であった。


「大佐とあそこまで面と向かって話せるなんて……一体どこの御方なのだ?」

「見たところ随分と若いが……」


 遠目にその様子を見ていた兵士が呟く。するとそこに彼等の上官がやってきた。


「何をサボっている」

「すっ、すいません!」

「ただ、隊長。あれを見てください」


 兵士がフレドリック達の方を指さす。すると隊長はそれを見て目を丸くした。


「フレドリック・グライナーだ」

「え?」

「『天才』フレドリック・グライナー。俺達よりもかなり先輩だが、軍事学校での模擬戦で、一度も負けずに卒業した御方だ」

「えっと……それってすごいのですか?」

「馬鹿、すごいに決まっているだろう」

「でも俺達一般兵の多くは軍事学校に通ってはいないし……」


 帝国軍の兵士は主に二種類いる。一種類目は訓練場で訓練されていく一般兵。これには基本的に座学はない。二種類目は軍事学校上がりのエリート達である。


「普通一度か二度勝つとハンデを付けたり条件を変えたりする。だがどうしても彼が指揮するとそのチームが勝ってしまったらしい。俺も詳しくは知らないが」

「筆記の成績も良かったのですか?」

「いや、それは平凡だったらしい。実戦に長けていたのだろうな」


 隊長はそう説明した後に、次の言葉をすんでのところで飲み込んだ。


『教官達も彼の理論を理解し得なかった』。その当時、噂されていた話であった。











「あれがカサンドラ大佐も苦戦する、通称『猛風』部隊か」


 フレドリックは遠くに見える王国軍部隊を双眼鏡で観察する。平野部では帝国の兵士と猛風部隊とが戦っていたが、開始からわずかばかりの時間で、勝敗がおよそ決していた。


「中佐殿、部隊の準備が整いました」

「中佐殿は堅苦しいよ、シュタイガー軍曹。……あれ?前回の戦いで少尉に昇格したんだっけ?」

「そこまで把握なされているとは、此方としては光栄の極み」

「だから口調が堅いよ、シュタイガー少尉」


 フレドリックはそう言って『早く要件を言え』とばかりに手を振るジェスチャーをする。シュタイガーは敬礼して話を始めた。


「『猛風』部隊の情報を集めて参りました。かなり断片ですが、私なりにまとめてあります」

「素晴らしい。ありがとう、少尉」


 フレドリックはそう言って彼の報告書を受け取る。


「ふーん。東和人と王国軍の混合部隊?とんでもないものを作ってくれたな。しかもきちんと運用ができていると聞く」

「はっ!先陣を切る東和人の隊長、そしてそれを後方から支援する秘術部隊の隊長。その双方の連携がこちらに攻撃する隙さえ与えてはくれません」


 フレドリックは少尉の話を聞きながら、どんどんと報告書をめくっていく。それは恐ろしいほどに速く、それでいて集中していた。


「シュタイガー少尉」

「はっ!」

「この秘術部隊の隊長は王国人か?」

「そのはずですが……」

「では……そうだな。女性だったりするか?」

「はっ?あ、はい。その通りであります」


 シュタイガー少尉はイマイチ要領を得ず、首をかしげつつフレドリックを見つめる。しかしフレドリックは既にいつものどこか間の抜けた顔に戻っていた。


「もう十分だ。一度作戦を立案しよう」

「はっ」

「ところでシュタイガー少尉」

「?何でしょうか?」


 フレドリックは少尉の肩に手を置きながらにっこりと笑って答える。


「君たちの部隊で突撃してもらいたいんだ。やってくれるかい?」

「っ!?」


 シュタイガー少尉は一瞬息が止まる様な感覚を覚える。下手をすれば呼吸が止まっていたかもしれない。自分たちの部隊はせいぜい数百人。それに対して向こうは後方の部隊だけでその数倍はいる。普通の指揮官であったなら、それは死刑宣告に近い。


(だが、この人に関して言えばそうはならない)


 大きく息を吐き、もう一度フレドリックの目を見た。まだ一度しか彼の指揮下では戦っていない。だが、その一度で、シュタイガーは彼に命を使うことを決めていた。


 彼の作戦に無駄な犠牲が出るとは到底思えなかった。


「やりましょう」


 シュタイガー少尉の言葉にフレドリックは小さく笑う。それは何か企みを思いついた少年のようであり、それでいて敵に対して一切の躊躇がない悪魔の微笑みでもあった。


「君も大概、馬鹿なのだな」

「それは承知しております」

「気に入った。……少尉、君の部隊を集めてくれ。とびきり足が速くて、野蛮かつ命知らずな兵士三百人ほどだ」

「了解しました」

「そしてブリーフィングも行う。他の部隊長も集めてくれ。作戦目的の共有は軍隊での最重要事項だ。馬鹿でも分かるように、頭の底まで叩き込んでおく」


 フレドリックの指示で、少尉は駆け足で去っていく。フレドリックはその背中を見送ってから、再び敵がいる方角へと視線を向けた。


「さて、やるとしますか」


 風が後ろから吹いてくる。


 フレドリックは振り返り陣の方へと足を向ける。早く戻らなければ少尉が待ちくたびれてしまうだろう。フレドリックは早足で歩き始めた。


 風を切り、ただまっすぐ。





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