第105話 知は力なり

 






「勝つったって、どうやるんだ?」

「さあ?だがもう従うしかないだろ。相手は中佐さんだ」


 帝国軍の兵士達はいそいそと物資を運んでいく。中身は重く、行軍も楽ではない。しかしそれでも帝国の兵士達の士気は低くはなかった。


「まあでも、あそこまで言われたらな」

「どっちにしろ死ぬんだ。ならあのお偉いさんの言うことを聞こうや」


 兵士達はフレドリックが言った言葉を思い出す。彼は自己紹介の後に、こう続けて話していた。


「誰だって死にたくはないだろう?私だってそうだ。だから私の指示に従って欲しい。私の指示に従う限りは、できるだけ君たちが生還できるようにしてみせよう」


 帝国軍の根底にある思想は組織中心主義だ。あくまで組織の事を優先し、個人の犠牲を肯定する。その結果、度々兵士は捨てられることになり、それが士気の低下を生み出していた。


(だがあの口ぶり、まるでそんなものは気にもしていないみたいじゃないか)


 兵士の一人が中佐の方を見る。彼は装甲車にも乗らず、兵士達と共に歩いて移動していた。












「よし、全員配置についたな」


 フレドリックは平野部に兵士達が布陣したことを確認する。彼等以外の幾つかの陣営から兵士達をもってきており、その総数は千を超えていた。


「かなり集めてきたみたいだな」

「ああ。だが、敵さんもそれぐらいはいるみたいだからな……」


 兵士の一人が呟く。王国の兵士は秘術が使える。少し前の決戦では、こちらの騎士団は五倍の兵力をもってしても負けてしまった。今まともに王国軍と善戦できる帝国軍戦士はベルンハルト大佐が指揮する黒騎士団だけである。それも、最近では数で押され始めている。


「中佐、質問よろしいでしょうか?」


 一人の男が平野を眺めているフレドリックの元にやってくる。その男は部隊の中でかの老指揮官の指示をうけ、実質的に部隊長を務めている男である。実際の周りの兵士達は息を呑んでその様子を見守った。


(中佐に話しかけに言ったぞ)

(階級差がありすぎる。下手したら即刻……)


 彼は信任厚いリーダーではあったが、それでも階級はそれほど高くはなかった。少なくとも、帝国軍の縦社会では声のかけていいような階級差ではなかった。


 しかしフレドリックは何事もないかのように返答する。


「ああ。なんだい、シュタイガー軍曹」

「っ!?名前をっ?………」

「ん?何か質問があったんじゃなかったのか?」


 不思議そうな顔をするフレドリックに、軍曹は一呼吸おく。突然のことに、一瞬質問さえ忘れかけていた。


 そして改めて質問をしなおす。


「僭越ながら、今作戦の意図を教えていただけないでしょうか?」


 彼の言葉に、周りで見守る兵士達にも緊張が伝播する。作戦への口出しは、例え質問であってもリスクが高い。それを分かっているからだ。


 だが当の軍曹は既にそんなリスクなど考えてもいなかった。


「ああ。いいよ。どうせ全員に話すつもりだったし」


 そう言ってフレドリックは顎で「くいっ」と指し示す。するとその方向には他の部隊の部隊長級が集められていた。


「それじゃあ、今回の作戦目的、並びに行動予定を説明しよう」















「見ろ、王国軍だ」


 双眼鏡をもった兵士が部隊の仲間に合図する。周りを見る限り、他の部隊も見つけたようだ。勿論、敵である王国軍も。


「王国軍、隊列を組んで此方へ進軍してきます」

「まだだ!まだ銃兵隊は撃つな」

「敵、此方へ向かってきております。シュタイガー軍曹!発砲許可を!」

「ダメだ!まだ引きつけろ!」


 兵士達は軍曹の語気に、ただ黙って相手を待つ。びくともしない敵の騎士団がゆっくりと近づいてきていた。


 平原による白兵戦は王国軍のもっとも得意とする戦い方である。それは帝国軍の末端にも周知の事実であり、この平野での戦いはそれだけで不利に思えた。


 だがそれでも、帝国軍兵士に逃げる者はいなかった。


「進めえ!!」

「「おおおおお!!」」


 王国軍が走り出す。先頭の第一陣が突撃を開始したのだ。


『王国軍は基本的に横三列の三層構造で陣を組む。そして第一陣がある程度まで近づくと突撃を開始する。そしてしばらく戦ってから、第二陣が突撃、そして第三陣でとどめと来る。まあ騎士同士の戦い方としてはそれほど間違っているとはいえんな』


「軍曹!」

「まだだ!」


 敵の突撃を確認し、両翼の砲撃部隊が砲撃を開始する。その攻撃の先は第二・第三陣であった。


『秘術というのはすごいものでな。大砲も直撃しなければ人一人すら殺しきれないそうだ。……だが少なくとも衝撃によって足は止まるみたいだけどな』


 激しい砲撃音と土煙。よく見えはしないが、王国軍の後列は足が止まり、第一陣と離れたようであった。


『まあ、敵が此方の布陣を見て攻撃方向を変えるかもしれないけど、右翼は高地だし左翼は草地だからそんなに上手くいかないでしょ?それにこっちの部隊はどこからでも撃てる範囲に陣をおいているからね』


「撃てえ!」


 軍曹の指示と共に兵士達が銃を撃つ。両翼も同時に撃ち、王国軍第一陣は集中砲火を浴びていた。


『でも多分だけど、王国軍は中央部隊を狙ってくると思うよ。彼等の騎士道精神とやらを考えればね。そしたら三方向から蜂の巣にすれば良い。秘術で強化っていっても三方向からの銃弾に耐えられるほど万能じゃないみたいだしね』


「王国軍第一陣、壊滅。第二陣が突撃してきます!」

「撃て、撃ちまくれ!第二陣で弾を撃ち尽くして構わん!」


 軍曹の指示でさらに銃撃を浴びせていく。第二陣もこちらに到達することなく、壊滅した。


「第三陣、来ます。こちらの銃弾はほとんどありません」

「いや、もう必要ない」


 軍曹がそう言いながらもっている銃を捨てる。そして事前に用意していた剣を抜いた。


『帝国軍騎士団が五倍いたからって、その五倍の兵士が同時に戦ったわけじゃない。彼等は正面衝突して、順番にやられていったんだ。それに半分がやられた頃には、既に戦意は喪失していたみたいだしね』


「全軍突撃!三方向からの攻撃で殲滅する。王国の連中がやってきた所業のツケを払わせてやれ!」

「「うおおおおおおおお!!」」


 帝国軍兵士達が雄叫びをあげながら突撃する。秘術などにひるみはしない。彼等は今まさしく戦士であった。


『大切なのは同時にどれだけの兵士が戦いに参加しているかだ。見かけの戦力は重要じゃない。だから包囲ってのは強いんだ。こっちは火力をフルで使えるからね』


(俺達みたいな下級兵士でもわかるような、あんな丁寧な説明を受けたのははじめてだ。それも、俺達でも納得できるような理屈で)


 そこに精神主義などはない。あるのは合理的な説明と、事実に対する確認だけであった。だからこそ兵士達が信じることができた。



「くたばれ!王国の野郎共が!」

「よくも俺達の村を!許さねえ!」

「皆の仇っ!一人として生かして帰すなっ!」


 帝国軍兵士達は狂ったように襲いかかる。それはこれまでの恨みが、一気に吹き出しているようであった。


「知は力なり……」


 フレドリックはその地獄絵図を見ながら呟く。今回の戦いでの兵力はほぼ同数であった。しかしその一方で双方の被害の差は十倍以上あるようであった。


 名もなき遭遇戦。この戦いに名前が付けられたのは、戦後のことだ。


 しかしこれは第一次大陸戦争において帝国が王国軍に初めて完勝した戦いであった。






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