第零部 英雄達の記録

第104話 帝国の英雄

 





 第一次大陸戦争、それはマルセイユ王国とウェイマーレ帝国がその地の覇権を争った戦争である。


 両国はそれほど仲が良いわけではなかったが、これまではさして大きな戦争を起こしてはこなかった。というのもそれぞれ領地内に不穏分子を抱え、国の中央集権化もままならなかったためである。


 しかし王国は秘術という力によって、神官や上流貴族が力をもちはじめる。王国の中央部である中央貴族や神官達はその力をもって領主達を服従させた。強まる中央の軍事力によって、ある種自然的に王国の集権化は進んだのだ。


 一方で帝国は各地で軍閥が勢力を伸ばしており、国家としてのまとまりは弱かった。そしてそれを好機とみて、王国軍は帝国に宣戦布告する。


 名目は誰も覚えていない。特に必要ではなかったのだ。


 誰だって勝ち馬には乗りたがるのだから。












「ダメです、既に北部戦線は崩壊しています。敵はもう目の前まで来ているとのこと」

「南部では魔術部隊が、中央平原では黒騎士団が奮闘していますが、時間の問題かと……」

「ええい!何を弱気なっ!それでも帝国軍人か!」


 そう言う老将の声が、ただ静かに兵営で響く。既に前線は突破され、王国軍が目と鼻の先にまで迫ってきている。帝国軍の主力部隊をあっという間に打ち破った王国軍が、だ。


「そんなんだから、お前達は……うっ!」

「司令官殿!……衛生兵!早く来てくれ!昼間にやられた傷が開いている!」


 老将は兵士達に運ばれ、テントの中へと消えていく。兵士達はそれをただ呆然と眺めていた。


「俺達、どうなっちまうのかな?」

「分かるだろ?皆死ぬんだよ」


 兵士達の言葉は重く、皆既に口を閉じていた。


 王国が占領した村は悉く踏みにじられていた。男は殺され、女は犯された。食糧は根こそぎ奪われ、刃向かった者は兵士でなくても殺していた。その恐ろしくもあまりに強い王国兵に、帝国軍の士気は一気に下がっていた。


「あの秘術って技、あんなもんどうやって勝てって言うんだ」

「クソッ!死にたくねえ……死にたくねえ!!」


 兵士達は苛立ちを隠さず話していく。だがどうすることもできはしない。敵は強く、既に指揮する者もいないのだ。


 ただ一人を除いては。


「そういえば、新しい指揮官が派遣されてくるんじゃなかったのか?」

「確かに、電報ではそうあったな」


 兵士達はそんな話をしているところに、一台の装甲車がやってくる。開発部の自信作だが、王国軍の秘術の前にはただの動く鉄くず同然でもあった。


「よしっ、と」


 一人の男が装甲車より出てきて、地に足をつける。見た目はどこか幼く、色も白い。年齢も30にも満たないといったところだろうか。その風貌も相まって、どこか弱々しく見える。


「あれが司令官か?」

「……まさか。ありえんよ。見るからに若すぎる」


 兵士達はまた気にくわない後方の指示係でも来たのかと彼を睨み付ける。すると彼はその視線に気がついたのか、にこやかに笑いながら手を振った。


「……ペッ」

「………」

 

 兵士の一人が地面につばを吐き捨てる。いつだって内地勤務の人間は現場に嫌われる。特に後ろから偉そうに指示を出す相手は歓迎などされようがない。


 男は「あはは」と苦笑いをしながら、キョロキョロと周りを見渡す。


「何だ、あいつ?」

「おい、誰かしめてやれよ」


 兵士達が不穏な話をはじめる。どうせ自分たちは長くない。ならばせめて憂さ晴らしの一つとして、内地でぬくぬくとやっている男を殴るのも悪くない。


 そんなときだった。


「大変だ!司令官殿の息が荒くなってる!傷が思ったより深かったんだ」


 兵士達は慌てて治療用のテントへと駆け寄っていく。遠くからではあるが今にも死にそうな老将が見えた。


「う、うう……」


 兵士達は項垂れるように指揮官をみつめる。彼の姿がまるで自分たちの未来を暗示しているようであった。


 しかしそんな兵士達をかきわけ、一人の男が前に出る。先程の青白い男だった。


「すいません、失礼しますよ」


 兵士達の視線などお構いなしに、男は指揮官のもとまで歩み寄る。そして耳に顔を近づけ、聞こえるように話しかけた。


「カルツ大尉殿、私の声が聞こえますか」

「う、うう……」


 指揮官が声に反応して頷く。「衛生兵は話しかけないでください」と彼を下げようとした。


「よせ。……よいのだ」


 しかしそれを老いた指揮官が止める。そして懸命に目を開けてその男を見た。


「来てくださるとは、本当にありがたい」

「いえいえ。私こそ大尉に会えて光栄です」


 突然のことに、兵士達も呆気にとられる。一体彼は何者なのだろうか。いつもは鬼のように部下を叱責する指揮官が、いつも以上に優しい目をしている。


 いや、優しいというよりかは、頼りにしている目だろうか。憧れさえみてとれる。いずれにせよ、ここまで穏やかな指揮官を兵士達は見たことがなかった。


 男はそのまま話を続ける。


「ご苦労様です。ここからは私が引き受けます」

「いやはや、ありがたい」


 指揮官はそう言うとそのまま目を閉じる。その様子に、兵士達にざわめきが起こった。


「……大丈夫です。眠ってしまわれただけです」


 衛生兵が説明すると、兵士達の動揺も収まる。そして同時に、皆の関心が一人の男に集まっていた。


「あんた……一体何者なんだい?」


 兵の一人が尋ねる。その男は小さく笑ってから答える。


「フレドリック・グライナー。これより君たちの上官だ。どうぞよろしく」


 フレドリックはそう言って兵士達の様子を観察していく。血気盛んで、無礼者。率いるにはもってこいの連中だった。


 英雄が今、戦場に降り立った。









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