第92話 最強との邂逅

 




「あー、もうっ!また、アルベールは私に挨拶も無しに出撃してる!」


 マリーは怒りを露わにしながらタイプライターを叩いていく。そのタイプスピードは凄まじく、速度、正確性共にどの同僚よりも上であった。最近自分の記事が採用されないことも相まって、ますます怒りはたまっていた。


 新聞記者は軍部同様、かなり内向きな世界だ。それだけに、女性記者の肩身は狭い。生き残るには身体にムチを打ち男性並みに働くか、女の武器を利用して情報を得るかしかない。しかしそんな一時しのぎの方法では必ずいつか限界が来る。よって女性記者が長くこの業界でやっていくのは、はっきり言ってかなり難しかった。


「あいかわらず、あの女はすごいな」

「ああ。今や普通に記者として尊敬する若い連中も多いらしい」


 同僚達の言葉もマリーには聞こえない。早く記事を書き上げ、次の取材にいかなければならない。最近報道の方であまりアルベールに貢献できていないことが、ずっと頭から離れないのだ。


(あいつもあいつよ。ギュスターヴっていうスパイを既に捕まえているなら、さっさと教えてくれれば良かったのに。そしたら特ダネで上の連中を見返して、もっと記事を載せられたのに……。あの日勝手に日記を読まなかったら、今でも気付かずに情報を追ってたじゃない!)


 無論アルベールもわざと黙っていたわけではない。そもそもマリーと会う機会もそう多くはなかったし、それどころではない状況でもあったのだ。


 しかし結果としてマリーはいままでスパイの方に気を取られ、十分な情報や根回しができず、第九騎士団の報道はほとんどされずに終わってしまった。そしてそれが遠因となって、今アルベールはさらなる戦いへと向かっている。中々上手くいかないものである。


「ああ~、もうっ!早く帰ってきなさいよね」


 マリーはそう言いながら原稿を仕上げる。怒りをぶつけながらも完璧に仕事をこなす様は、またどこかでファンを増やしていく。それは今までのような女性としてではなく、一人の優秀な記者として。


「お先に失礼します!」

「「お疲れ様です」」


 マリーの挨拶に何人かの記者が答える。目的はさておき、懸命に仕事をこなす彼女は一定の敬意も集めている。しかし当の本人はそんなもの気付きもしなかった。


 いつも気にかけているのは、どこか抜けた様子にしては時折妙に頭の冴える、平々凡々な男なのだから。


「まったく、とりあえず今度会ったときにスパイの話で文句を……」


 新聞社から数歩出たところで、不意に足が止まる。王都の雑踏も、今はその音を失っている。


 情報を扱ってきた経験からか、マリーは独特な違和感を覚えていた。


(何か……変よ……)


 マリーは先日、クローディーヌが急に具合悪そうにしていたのを思い出す。結局体調は至って問題なかったことから、何か心配事があった様子であったが、今まさにそれが自分に降りかかっていた。


「ギュスターヴは……確か軍曹程度の階級だった。私が手に入れた情報だと……もっと階級の高い……。それに彼はアウレール将軍指揮下でベルンハルト将軍のではない……」


 空からぽつりと雫が落ちる。次第に降りは強くなり、突発的な大雨が降り出した。


「じゃあ……まだ……」


 雨が自分の頬をつたっていく。


 マリーは自分の頭の中で、どうしてもピースが足りないパズルを、ただひたすらに組み立てていた。














「はあ!せやっ!」

「……遅い」


 強烈な蹴りがクローディーヌの脇腹に入る。クローディーヌはそのまま吹き飛ばされるも、すぐに態勢を立て直し反撃を入れた。


「ナイフが……砕けたか」

「浅いっ!?」


 ベルンハルトがライフルを撃ち込む。弾丸はクローディーヌの肩に当たり、防具を粉砕した。


「防具が壊れても、身体には傷一つつかないか」

「駄目……攻撃が当たらない」


 クローディーヌは既に肩で息をしている。一方でベルンハルトは息一つ乱さず、じっとクローディーヌを睨んでいる。彼の周りには禍々しい気が充満しており、少し遠巻きで戦っている他の兵士達にも圧が及んでいた。


「団長!戦うな!」


 アルベールの声が聞こえる。クローディーヌはその言葉を聞きながらも、不思議と退く気にはなれなかった。


(ここを一歩でも下がれば、此方の部隊は壊滅する。それに、一度でも退いたらお父様に……)


 クローディーヌは相手が自分の父を殺めた相手であることは重々承知していた。もっとも父は彼だけに殺されたわけではなく、戦いの果てに力尽きたとクローディーヌは思っている。そのため彼を仇とみなしてはいないが、それでも思うところが無いわけではなかった。


「クローディーヌ・ランベール……行きます」

「ベルンハルト、参る」


 二人が動き出したその瞬間、凄まじい衝撃波が周囲の兵士を押し倒した。


 それぞれは戦いをやめ、二人の戦いに見入ってしまっている。勝った方がこの全体の戦いでも勝利をおさめるだろう。それが分かってしまうが故に、兵士達は戦いを中断していた。


「強い……が、あくまで一対多数の強さのようだな」

「何を!」


 クローディーヌが素早い攻撃を繰り出す。その聖剣によって振るわれる一撃はそれだけが秘術の力を纏い、凄まじい重さと鋭さを持っていた。


 不用意に受ければそれごと切られてしまうだろう。ベルンハルトはその攻撃を全ていなすか躱していた。


「私のスピードについてきている……!?」

「そうかな?」


 ベルンハルトが銃を投げつける。その思いもよらない行動に、クローディーヌは剣で防御する。しかしその異常な程の重量に、一瞬だけ足が止まった。


「そこだ」

「……っ!?」


必殺の証明ティガー・スパーク


 そう唱えられた魔術はベルンハルトを加速させる。最早誰にも捉えられぬほどに。そして魔力の込められた右手がクローディーヌのすぐ前にまで迫っていた。


「……っ!?」

「むっ」


 クローディーヌが攻撃を躱す。というより、ベルンハルトが攻撃を外していた。


 すんでの所で撃ち込まれた、血の弾丸によって。


「『仕組まれた血の宿命フルーフ・デス・ブルート』。……これで十分だろ。此処は下がれ」

「あ……」

「……味方ごと撃ったか」


 ベルンハルトはそのまま距離を取り、背を向ける。そして堂々と退却した。


 帝国兵達も一切の攻撃をやめ退却していく。リーダーにより統率されたその動きは、まさに軍隊と呼ぶに相応しかった。


「なんだか分からんが、此方も撤退だ。それと、急いでレリアとドロテを呼んできてくれ。咄嗟に撃ったからクローディーヌの肩に弾丸がかすってる」


 見るとクローディーヌの肩から血が流れ出している。『危うく英雄殺しになるところだった』。アルべールはそんな風に言いながらクローディーヌに止血処置を施した。


「アルベール……私……」

「ああ」


 アルベールがはっきりと伝える。次に判断を誤らないように。


「今の戦い……あのままやっていれば死んでいたぞ」


 クローディーヌは力なく俯き、何も話さない。最後にベルンハルトが見せたあの術はクローディーヌもよく知っている。


必殺の証明ティガー・スパーク』。 手のひらに集められた魔力をゼロ距離で撃ち込む、対象を貫く一撃必殺。頑強さを極めたセザール・ランベールの、心臓を穿った技であった。


 死闘将軍ベルンハルト、彼は戦いに勝つことにおいてありとあらゆるものを使う。銃も魔術も使えるならなんでもである。


 カサンドラは魔術の改良や研究において帝国のトップであったが、その運用に関してはベルンハルトが勝るとも言われていた。


「私……、私……」


 クローディーヌが呟く。


 世界は広く、そして自らの知る世界は狭い。若き英雄は今、そのことを強く思い知らされた。




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