第四章 報告:女騎士団長は馬鹿である

第91話 報告:できるものなら死線など潜りたくはない

 





「貴方が……お父様をっ!」

「団長!戦うな!」


 俺が懸命に呼びかける。しかし既に乱戦の中、二人は互いの世界に入っていた。


「クローディーヌ・ランベール……行きます」

「ベルンハルト、参る」


 次の瞬間、凄まじい衝撃波と共に両者が衝突した。











 第九騎士団の敗戦は俺達含む身内にはかなりの衝撃として伝わった。それもそうだ。普通部隊は全滅したりしない。軍の記録上の全滅や壊滅も、実際には生存者はいる。


 だが今回は違う。正真正銘、全滅だった。


(一人の生存者も出さずに壊滅させるなんてこと、ありえてたまるか)


 俺はそんなことを考えながら、その事実がいくらか信憑性を帯びていることを認識している。帝国における、いや、この大陸で最強の男ならば理解できる。


(死闘将軍ベルンハルト。かつてクローディーヌの父を殺し、大陸戦争を終わりへと導いた男)


 無論ベルンハルト将軍が一方的に勝利したわけではない。実際にはベルンハルトはその戦いで重傷を負っている。彼と戦ったセザール・ランベールはその時既に長くは持たない状態であることは、帝国・王国双方の記録に残っている。


 王国の英雄は、その前に別の将軍と一騎打ちをしており、そこでいくらかの傷を負った。そこに連戦という形でベルンハルトに挑んだのであると。


(とはいっても、死闘将軍指揮下の部隊はその時に壊滅。将軍自身も重傷を受けたんじゃ、どっちが勝ったかなんて分からないな)


 俺はクローディーヌの親父の強さを再認識する。やはり英雄は別格である。クローディーヌもいずれはその高みへと達するだろう。となるとここは媚びを売っておいて間違いはない。


 俺はそんな打算的な考えをしながら、のんびりと馬に揺られている。


 誠に遺憾ではあるが、既に戦場に帰ってきているのだ。


「もう帝国領に入っています。本日はあくまで味方拠点に進駐するだけですが、戦闘準備は怠らないでください」


 クローディーヌが全体へ指示を出す。俺はその言葉を聞いて、再び気分を切り替えた。まだどこか休暇気分な自分がいたことは正直否めなかった。


(まあ、これだけ早けりゃ無理ないか)


 第九騎士団の穴を埋めるためとはいえ、ここまで早く再出撃の辞令が出るものだろうか。俺は寝込んでいたこともあり、リフレッシュという意味での休暇はないに等しかった。


(前回の出撃が六日前。最初の一日に必死で報告書を仕上げて、そこから四日近く寝込んでたからな。最後の一日も準備に使っちまったし……実質休みなんてないな)


 それでも体調が回復してから出撃になったことは不幸中の幸いだったろう。ただでさえ化け物じみた相手が出てきた所に出撃するのだ。せめて自分の調子ぐらいは万全にして挑みたい。


(しかし第九騎士団があんな形で負けたっていうのに、送られてくる部隊がこれではな)


 俺は後方についてくる部隊をちらりと見る。それは第七騎士団ではない。今回は騎士団に加え、王国の兵士達が追加戦力として加えられている。もっともどこまで役に立つかは分からないが。


 彼等は皆どこか浮かれており、戦場に来るにしては緊張感に欠けている。それは今や王国の英雄と化したクローディーヌの元で戦えるという思いもあるのだろうが、それ以上に問題はあった。


「王国では第九騎士団の敗北については、ほとんど報道されませんでしたからね」

「……よく俺の考えが分かったな。レリア」


 俺は話しかけてきたレリアの方を向く。最近はもっぱら通信のためドロテ隊よりもこちらにいることの方が多い。


 俺の言葉に、レリアは笑いながら「分かりますよ」と答える。


「副長はお休みであまり気付かなかったかもしれませんが、王都では団長を称える報道が連日なされていましたから」

「そうなのか?」

「ええ。第九騎士団のことなんてほとんど触れられていませんでした。もっと言えば、第七騎士団のことも団長以外は触れられていませんでしたけど」

「俺らの存在にももう少し触れてくれてもいいんだがね。まったく、どうしてこうなるのか」


 俺はレリアにそう聞いて、頭をかく。マリーなら上手くやれるかと思ったが、流石に厳しいらしい。もっともそれが難しいことは十分に理解できた。


(所詮報道も商売だ。いくらマリーが正しい主張をしても、ネガティブな情報が流れれば反戦派が勢いづかねない。戦争時は飛ぶように新聞が売れることを考えれば……)


「第九騎士団の敗北、ひいては戦争に関するマイナスなイメージがつく記事は書けない。ですか?」

「……お前俺の心でも読んでるのか?」


 再び「にこっ」と笑うレリアに俺はもう諦めるしかなかった。それに、俺はもうこの時気付いていた。


 もうそんな話をしている余裕はないと。


「レリア。通信術式だ」

「……はい!」


 レリアも気付いたのだろう。あくまで勘のようなものだが、これまで多数戦ってきた第七騎士団はそれなりに注意深くなっていた。


『団長、聞こえますか?』

『っ!?……はい!』

『先頭にいますね?拠点は見えますか?』

『はい。おそらくもうじきにつくかと……今味方の旗があがりました』


 俺の方からも味方拠点で旗があがるのが見える。しかしそれが俺に確信をもたらした。


『旗をあげるタイミングが遅すぎます』

『え?そうですか?少し遅い気はしますけど……。きちんと確認していただけでは?敵を引き入れないように……』

『他の部隊ならありえます。ですがうちだけは別です。英雄を迎えるとき、普通兵士達はつい舞い上がって旗をさっさと振ります。少なくとも、遅れ気味にあげることはないです。あるとしたら……』


 そこまで言って、レリアが理解する。


「敵がこちらを引きつけている時……」

『っ!?』

『……その通り』


 クローディーヌが即座に判断し、通信を切る。俺は後方の味方部隊に伝令を飛ばした。


「後方部隊に伝令。繰り返せ!『目標味方拠点は既に陥落せり。これより戦闘態勢に入る』と」

「繰り返します!『目標味方拠点は陥落せり。これより戦闘態勢に入る』」

「よし、行け」


 東和人の伝令が後方の部隊へと伝達に行く。彼等は偵察伝令に関してはプロフェッショナルだ。まちがいなくその役割を果たすだろう。


 だが敵の行動も速かった。


『兵は神速を尊ぶ』


 味方拠点から帝国軍がこちらへと急襲してくる。もう既に陥落していたのだろう。つい二日前には連絡があったことから、一日と少しで陥落したことになる。……恐ろしい手際だ。


 帝国軍の先頭には禍々しい何かを纏った男が、右手にナイフを、左手にライフルを構えている。その独特な口上は魔術の類いだろう。一人だけ桁違いな速度で接近していた。


「ちっ!速すぎるだろ!」


 俺は担いでいたライフルでその化け物に牽制する。しかし男は弾丸を避けながらまっすぐ先頭にいるクローディーヌへと向かっていた。


「王国軍各部隊に告げる!全員迎撃態勢へと移行。偵察の結果から左右後方からの敵はない。正面の敵のみに専念せよ。君たちの目的は敵部隊への牽制と、退却路の確保だ。……レリア、ついてこい。団長が危ない」

「はい!」


 既に前方では第七騎士団が戦い始めている。向こうの奇襲の形で始まった戦いだが、こちらが早く気付いたことで奇襲のアドバンテージはないに等しかった。


(拠点に火砲を運び入れていたとしても、ここはおそらく射程圏外。となれば純粋な力勝負だが……まったくついてなさ過ぎる)


 俺は馬を走らせ、戦いの中へと向かう。心が引けばその瞬間に死ぬ。第九騎士団はそうして一方的に負けたのだろう。あの化け物の姿を見れば気持ちも分かる。


 生きる道は、既に前にしか存在しなかった。





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