第86話 報告:両知相見える






「各員に伝達。補給が得られない以上、長期戦は不可能であることに変わりはない。しかし休憩は適宜取るように心がける。だから力配分などせず、目の前の敵に全力で当たれ」


 俺はレリアの秘術を通して、団員達へと通信する。通信の先では、「何をあたりまえのことを」と笑っている姿が想像できた。


(はからずもクローディーヌの馬鹿真面目な振る舞いが、この団の規範を作り出している。普通補給が滞れば、脱走する兵も出るものだが)


 一応十二騎士団はエリート部隊である。加えて、これまでの勝利から第七騎士団の名は今まで以上に売れた。そうした名誉から自分を律している部分も多分にあるだろう。しかしそれでも、懸命に戦うことは容易ではない。


 一人逃げれば士気は下がる。二人目が逃げれば連鎖が起きる。一割逃げ出す頃には、最早部隊としては役に立たないだろう。


(だが名誉や誇りで腹が満たせるわけではない)


 俺は手を上げる。そして攻撃の号令と共に振り下ろした。


「突撃!」

「「うおおおおおおお!!!」」


 勇ましい叫び声と共に第七騎士団が攻撃を開始した。


「東和人部隊は無理をするな。乱戦の中を秘術無しで戦うのはリスクが高い。代わりに味方部隊の誘導をしてくれ」

「「御意」」

「フェルナン隊は攻撃を継続。しかし百を数えるうちに撤退だ。次の攻撃に備える」

「……了解」

「クローディーヌとドロテ隊はその場で待機。フェルナン隊の退却に合わせて、ありったけの攻撃で牽制してくれ」

「「はい」」


 俺はそれぞれ指示を出しつつ、戦況を見守る。アウレール将軍は軍の規律や練度に関してそこまで関心も能力もあるわけではないみたいだ。部隊自体の練度や装備は、この戦場に適していない。


(せいぜいここで勝ちを拾わせてもらうぞ)


 俺はいつ終わるかも分からない戦いの中、先のことを案じる暇すらなかった。


 あの将軍が出張るまでは。











「何をやっているんだお前達は!あの女の生き死には問わないと言ったではないか!」


 帝国軍の野営、そこでは少しばかり高い怒鳴り声が響いていた。


「アウレール将軍だ。なんでこんなとこに」

「戦場にはめったに来ないって噂なのに」


 下級兵士達は将軍に叱責される上官を見ながら、その様子を遠巻きに観察している。いつもは鼻持ちならない上官だが、現場を更に知らない将軍に怒鳴られる様は同情の余地が十分あった。


「……しかし随分と怒鳴りつけるな。そんなに問題があるのか?」

「多分私情だろ。あの上官だって、元々現場のたたき上げでそこそこ出世の目処も立ってたんだ。それがアウレール将軍になってから、五年近くずっと出世無しだ」

「そうなのか?」

「ああ。有名な話だ」


 無論これは今怒鳴られている帝国兵だけではない。アウレールは賢知将軍の座に着くにあたり、前任に重用された人材は悉く左遷した。彼もその多くの一人に過ぎない。


「もういい。貴様はクビだ」


 アウレールはそう言って指揮官を下がらせる。そして部下に命じて、参集のラッパを鳴らした。


「聞け。兵士共!これからは私自らが指揮を執る。一時間後に出立だ。支度しろ」


 アウレールはそれだけ言うと、その場を後にする。残されたのはどうしていいか分からずざわついている兵士達だけであった。


「……どうするんだ?」

「どうもこうも、やるしかないだろ」


 兵士達が呟く。厳しくも最低限の配慮がある上官と、淡々と死地へと兵を送り込む将軍。勝敗は別にして、彼等にとってどちらがいいのかは考えるまでもなかった。













「……相手の動きが変わった」

「えっ?」


 俺の呟きに、脇にいるレリアが聞き返す。しかし俺はそんなことを気にすることもなく、ただ敵軍の動きを見続けていた。敵は一気にこちらを囲い込み、殲滅しようと動いている。


 確かに有効的な動きだ。だが広範囲に攻撃できるこちらからすれば、包囲されるより、波状攻撃される方が堪えるのだが。


「……理路整然とこちらを追い詰める動き。……だがこれでは勝ったとしても相手も……。犠牲が多くても勝ちに出る策?いやそもそも犠牲など気にもしていない……」

「あの、副長?」


 レリアの言葉は耳に入らない。既に十分な手がかりは出揃っていた。不可解な味方の動きも俺はもう答えをはじき出していた。


「……賢知将軍、アウレールか」

「ちょっと、ふく……」

「レリア。通信を繋いでくれ」

「え?」

「早く!」


 俺は敵指揮官が代わったと判断すると、各員に通信を行う。


「勝ち筋が見えた。各員は持てる力を全て出し切り、今この戦場を脱出しろ」


 俺は指示を続ける。


「目標は東南方向にある平野部だ。なるべく見渡しのいいところが良い。途中に敵部隊はいるが、秘術をフルに使って突破する」


 俺の指示を受けてか、団員達が動きだす。俺はレリアにもう一つ通信をお願いする。


「レリア。最後にクローディーヌにだけ繋いでくれ」

「え?団長にですか?」

「ああ。彼女だけにだ」

「わかりました」


 レリアが通信術式を起動させると、クローディーヌの声が聞こえる。


「こちらクローディーヌ・ランベール……『ガキン!』戦闘中です」

「返さなくていい。一つだけ聞いてくれ」


 俺はクローディーヌに指示を出す。


「撤退時にできるだけ火力の高い技を使いたい。秘術は温存されたし。繰り返す。『秘術は温存されたし』」

「え?でも、今使った方が……、下手に温存するより効果的に使えるのでは……」


 クローディーヌの疑問ももっともだろう。だが今は説明している暇はなかった。


 俺は低く、落ち着いた声で彼女に伝える。


「俺を信じろ。できるだけ使わないでくれ」

「っ!?……わかりました!」


 それだけ聞いて通信を切断する。彼女が一度分かったと言ったのだ。ならば約束は守るだろう。これ以上の念押しは無用だ。


「ん?なんだ?レリア」

「あっ!?いえ、何でも……。なんか、ちょっとかっこ良かったような……」


 レリアがどこか気恥ずかしそうに何やらブツブツと話している。そんな変なことを言ったつもりはないが、いずれにせよ分からないものは分からない。それ以上気にするだけ無駄であった。


(救出対象だった味方部隊はもう離脱しただろう。というより、既に敵はもう此方しか見えていないな。作戦目的自体は達成しているが、此方の生存可能性は一気に減っている)


 俺は軽く舌打ちをしながら、敵部隊を睨む。彼等は俺達に、別の目的を見出しているようであった。


 『政治的目的』を。


(まだその時ではない……だが)


 現場を知らない指揮官に、ましてや戦場に野心を持ち込むような相手に、負けるようではいけない。それではこれまで戦ってきた英雄達に失礼にあたる。俺にもそれぐらいの感覚はあった。


(少し、毒されてきているな)


 俺は息をはき、自分に言い聞かせる。


 まずは生きなければならない。生きた人間にのみ、死者を奉ることができるのだだと。








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