第87話 報告:一人だけの防衛戦
大地を踏みならし、二百余名の騎馬隊が駆けていく。既に疲労は蓄積しているが、それでも彼等は下を向くことなどなかった。希望がある限り、人は前を向くことができる。そしてその希望こそ、クローディーヌ・ランベールその人であった。
彼女がいる限り、第七騎士団は折れることはない。
「団長!我らが向かう先に敵が二カ所で陣を敷いているとのこと」
斥候の報告を聞きながら、クローディーヌが馬を走らせる。
「第一陣はフェルナン隊による攻撃で突破!第二陣はドロテ隊による秘術で撃破します。おそらく副長の部隊は王国軍の誘導を完了させているはず。その二カ所を突破した平原で合流します」
「「了解」」
クローディーヌの言葉に斥候隊が再び、離れていく。彼等はまた他の部隊に情報を届けに行くのだ。
「前方、敵です!」
「フェルナン隊長!」
クローディーヌの言葉にフェルナン隊が前に出る。
『
フェルナン隊が突撃していく。クローディーヌは注意深く敵の様子を観察した。
(慌てている?情報の共有ができていなかったのかしら。確かに私たちが進路を変えたのは少し前のことだけれど……)
慌てて放つ銃弾は、その密度に欠けている。それに火砲は準備が間に合わず、備え付きの機関銃程度しかなく、それも遠距離秘術によってすぐに無効化されていた。
「うおおおおおおお!!」
フェルナン隊が叫び声を上げ拠点突破していく。騎馬の攻撃力は恐ろしい。足さえ止まっていないのであれば、瞬く間に敵陣を蹂躙していく。
「このまま続きます!他の部隊は力を温存しつつ、全力で抜けてください」
クローディーヌは自らの剣に目を落とし、そう指示を出す。
『秘術は温存されたし』。彼は確かにそう言ったのだ。ならば自分は使うことはできない。
(今は、使わないことが正しい)
より多くの仲間を救うため、クローディーヌは目の前の危機を耐える必要があった。
「クローディーヌ隊は第一部隊を突破して、そのまま直進しているそうです」
「了解した。続く第二部隊も問題はないだろう。先に行って平野部で待機しよう」
俺は部下にそう告げながら、馬にまたがる。となりのレリアもほっとした様子で、胸をなで下ろしていた。
「危なかったですね。でもこれで堂々と王都に帰れます」
レリアはどこかうれしそうに話す。疲労もたまり、補給もままならない状態での救出作戦。下手をすれば全員が帰らぬ人になる可能性だってあった。
「敵は賢知将軍なんて言っているみたいですけど、悪知恵に関してはうちの副長ほどではありませんでしたね」
「……それは誉めてないだろ」
俺がそう言うと、レリアは「誉めてますよ」とうれしそうに笑う。その笑顔は俺の緊張をほぐし、周りの兵士達にもわずかばかりの笑顔が漏れていた。
あきらかに男所帯の俺の部隊に、レリアがついてくれているのはそう言う意味ではありがたかった。
(緊張ばかりしているようでは、どうしても視野が狭まるからな)
集中することは良いことではあるが、それは同時に他の物事を見えなくしてしまうことでもある。ノイズをキャンセルすることが、常に正しいわけでもないのだ。ノイズだと思っていたことが、実は大事な情報だったりもする。
(ボルダーで追い詰められたときも、冷静になれたお陰で敵の配置転換を読めたわけだからな。まあ今回はあんな風に頭から血を流すことも……)
かつて自ら頭を打ち付けて、冷静さを取り戻したときを思い出す。あのときも今回同様、疲労がたまってきていた頃だった。
そこまで考えて、不意に俺は馬を止めた。
「副長?」
レリアが不思議そうに聞いてくる。だがそんなものは耳に入らない。
(あのときの俺は、一体何を考えた?)
突然頭の中で何かが暴れ出す。それは自分の生きていく上で危険を知らせる本能のようなものだった。
『ボルダー防衛戦』、当時の記憶を俺は頭の中で引っ張りだす。後に自らで手を下すこととなった英雄、ダドルジとの初戦であった。
(俺はあのとき、何故勝てた?)
それについてはすぐに思い出せた。確か王都に帰還して、マリーと話をしたはずだ。
『自分がやられて嫌なことを考えた』と。だからそれが読めたんだと話したはずだ。
(……何を馬鹿な事を!敵部隊は二カ所ではない!)
俺はそこまで考えすぐに馬を下り、地図をもらいに行く。丁度団員の一人が広げてみていたので、俺はそれを奪い取った。
「副長っ!?何を……」
「ここだ!ここにいるはずだ!」
俺はそうとだけ言うと、地図を返し、指笛を鳴らし馬を呼んだ。そしてすぐさま馬に乗って駆けだした。
「レリア、作戦通りの地点で集合だ!俺は少し寄り道をしていく」
「えっ、ちょっと、副長!?一人でなんて……」
「今から部隊を連れていっても間に合わない!いいから先に行ってろ」
俺はそうとだけ言うと馬を駆け先へと進む。
(大丈夫だ。クローディーヌが俺の考えように動けば、必ず助けられる)
俺はどこか根拠のない確信をもちながら、これからの動きを念入りにシミュレートした。
「第二部隊も突破。このまま平原部に到達します」
「了解しました。ドロテ隊の皆様も、ご苦労……」
「どうしました、団長?」
クローディーヌはそれだけ言って言葉を失う。視力の良いクローディーヌにはさらに奥にもう一部隊構えているのが見えていた。
(まさか!?)
クローディーヌは慌てて振り返る。距離は離れているが、敵が勢いを止めることなく此方に向かってきていた。
(明らかに先程まではいなかった。となると伏兵?いずれにせよ三部隊目の用意はしていない。突破はできるかもしれないが、その間に間違いなく追いつかれる)
クローディーヌの頬を汗がつたう。こんな時彼がいないことが歯がゆかった。
(彼ならこんな時どうする……?)
クローディーヌは考えるも妙案は浮かばない。「ここまで条件が不利にならないようにする」。それが彼に教えてもらった事だった。
(向こうにしてやられた。どうすれば……)
クローディーヌがそう考えている時だった。
「私が足止めしますから、クローディーヌ団長が突破してください」
ドロテが馬を近づけ、クローディーヌに伝える。クローディーヌは一瞬驚くもすぐに首を振る。
「ごめんなさい。それはできないわ」
「っ!?どうして!」
「副長に言われているの。力を温存しろと」
「そう言っている場合じゃないです。貴方が生き残らなければ、何もならないじゃないですか!」
怒りを露わにしながらドロテが言う。いつもはクールな彼女が、汗で髪がくっつくことも気にせず、こちらを見ている。
そんな緊迫した状況で、クローディーヌにはつい笑みがこぼれていた。
「何を笑っているんです?」
「いえ、すいません。なんかうれしくって。昔は私が前に出ても、そんな風に言う人は誰もいませんでしたから」
「それは……。昔の話です!今はいいから逃げましょう」
ドロテがそう言って後方の部隊に向かおうとする。しかしクローディーヌがそれを止めた。
「いえ、その必要はありません」
クローディーヌが言う。
「彼等は明らかに『英雄・クローディーヌ』を狙っています。被害すら度外視して。私が後方に攻撃すれば、前方の部隊も無理せず道をあけてくれるでしょう」
「しかしそれでは私たちが突破しても包囲されるだけ。やはり私が……」
「団長命令です。ここは任せてください。……それに」
クローディーヌが続ける。
「副長が助けてくれますから」
クローディーヌはそう言うと、馬を反転させて走らせる。
自分でもよく分からない。けれどきっと、いや必ず、彼がなんとかしてくれる確信があった。
(力は温存し、できるだけ耐えます。だから、お願いします)
クローディーヌはそう方針を決めながら、場所を選ぶ。右は沼地、左は河川。丁度良い隘路がそこにあった。
(『一対多数では地形を利用……』そうだったわね)
クローディーヌはアルベールから習ったことを思い出す。
一人だけの防衛戦が始まった。
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