第85話 報告:死者は何を語るのか
『
「火だ!焼き殺されるぞ!」
「今だ!敵陣を突き破れ!」
馬ごと秘術で強化された騎兵達が敵の兵士達を薙ぎ倒していく。特にその先頭を務めるフェルナンは鬼気迫る表情で戦っていた。
「無理です!銃で怯みもしません!」
「狼狽えるな!あんな秘術の使い方をしていれば、すぐに奴らもガス欠になる」
「きっ、来ます!」
「柵を利用しつつ少しでも耐えろ!奴らを疲弊させるんだ。全員伏せろ!」
帝国兵達は伏せながら敵を待ち構える。逃げることは不可能だが、いきなり死ぬという可能性は減らせる。
「こうすれば足を止めない限り、俺達は殺せんぞ」
帝国兵の軍曹が言う。確かに馬では、装甲車のように人を轢きながら進むことはできない。
しかし騎馬隊は彼等にかまうことなく、その上を猛スピードで飛び越えていった。
「何!?」
兵士達は呆気にとられ、反撃を忘れる。慌てて銃を構えた頃には、既に遠くまで走り去っていた。
「何て足の速い。秘術の強化で装甲車よりも速く走るなんて……。って、軍曹まずいです!あちらには本隊が……」
「……もう間に合わんよ」
軍曹と呼ばれている男はスキットルを開けて酒を入れる。
本隊のいる方角で青い光が煌めいた。
「既に四部隊を撃破。戦果はもう十分だろう」
俺はそんな皮算用をしながら、団員達を見る。勝ち続けているだけあって士気は高いが、どう見ても疲労していた。
(既に補給部隊に伝令は出している。一旦戻って休息をはさもう)
俺がそう考えていると伝令が帰ってくる。
「報告。味方補給部隊、なんらかのトラブルで大きく遅れているとのこと」
「そうか。じゃあこれ以上は無理だ。撤退する」
「……副長、もう一つ」
俺は伝令にもらった指示書をあらためる。『味方補給部隊合流まで、引き続き任務を続行されたし』。そう書かれてあった。
「補給の首尾は?」
「……すくなくとも二日は来ないでしょう」
「三日戦えってのか?補給無しで?食糧でさえあと二日分だ」
「……そうなります」
東和人は寡黙な男が多い。この伝令役の男もそうであった。必要以上に言葉を発しないことは軍人としては理想的だ。
しかしその彼でも、その指示に思うところはあるのだろう。彼は強く手を握りしめ、憤りを隠し切れていなかった。
(どうみたって馬鹿げた指示だ。俺達を殺そうとでもいうのか?)
俺はそんな風に考えてしまうほどに、上層部からの指示書をみつめた。何かの間違いではないか。そう願ってしまうのもある意味では仕方なかった。
「アルベール」
後ろから声をかけられる。伝令の男はクローディーヌを見ると、俺に敬礼だけして去っていった。
「指示書は、もう読んだわね」
「はい。ここは戦う振りだけしてうまく……」
「いえ」
俺の言葉を遮るように、クローディーヌが続ける。
「戦いを継続します」
「……正気ですか?」
俺はつい聞いてしまう。それもしょうがない。俺達は四部隊を倒したが、それは同時に四回分の疲労を蓄積させているということだ。秘術が撃てなくなれば、こちらはただの三百の雑兵に成り下がる。そのことは彼女も学んでいるはずだ。
「北部にまだ取り残された部隊がいます」
「……成る程」
俺はすぐに理解して、頭をかく。彼女はその部隊だけは助けたいと思っているのだ。いや、思うというよりは、もう決めているというべきか。
「再考の余地は?」
「ありません」
クローディーヌはきっぱりと言う。俺は口をつぐんだ。
「これは判断ではなく、私の信念ですから」
「…………」
ここまではっきりと団長が決めてしまえば、副長の自分に言うことなどない。軍隊においての規律は、遵守されるべきだ。
「それに……」
「それに?」
クローディーヌの言葉に俺は聞き返す。
「何かあっても、貴方さえ生きていればこの団は生きていけるわ」
「……そこはまだ『守ってくれ』と言っていただいた方が、マシな気はしますね」
俺はそう言って肩をすくめる。クローディーヌがやられる?冗談じゃない。どうせ彼女がやられるときは、この団の人間もやられることになるのだ。むしろ生きるためには、彼女も死なせるわけにはいかない。
だが今の言葉にもわかるように、クローディーヌは文字通り命を賭けている。その信念に嘘はないだろう。
しかし死を前にしたときはまた別の話だ。追い込まれたときに、死を目前にしたときに、人間の真価が試される。彼女の信念もまた、その時にこそ試されるのだ。
(英雄だって人間だ。その化けの皮が剥がれたとしても、俺は責める気にはならない)
歴史上の英雄は美化されているものだ。美化されているからこそ英雄と呼ばれるのかもしれない。その逆もしかりだ。例え英雄であっても、語られなければ英雄とは呼ばれない。
物語は脚色され、事実は歪められる。死んだものは事実を語る口をもたぬのだから。
そんなことを考えているときだった。
『ですが副長、クローディーヌ団長だけは、守ってあげてくれませんか』
「っ!?」
「ん?どうしたの?」
突然頭を抑えた俺を、クローディーヌは不思議そうに見ている。俺は「なんでもない」とだけ答えてすぐに表情を作り直した。
(まさか、ダヴァガル隊長を思い出すとはな)
俺はあの大きい背中を思い出し、目頭を押さえる。彼はきっと名もなき戦士として、この歴史から葬り去られるだろう。それでも彼が英雄であることに疑いはなかった。
(死してなお俺に語りかけるか……)
俺は彼の最後の表情を思い出す。あのときのダヴァガルは、俺が来たことに気付いてか、随分と満足げに死んでいた。
「英雄は死して尚、その信念を世界に残す、か」
「え?」
「なんでもないです」
俺はそう言ってクローディーヌにおどけてみせる。ほんの戯れ言だ。気にする必要すらない。
だが生きる準備はしておこう。死人に口がないことは変わらないし、それに自分は英雄でもないのだ。
(どんな謀略かは知らないが、この程度なら乗ってやろう)
覚悟は既に決まっていた。
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