第81話 報告:その青き瞳で何を見る

 






 最近、色々と変わったことがある。


 まず、自分の実力の変化だ。これまではどんなに訓練しても、自分の実力になっている気がしなかった。やればやるほど深みへと沈んでいく。まるで底なし沼でもがいているようであった。


 しかし、今はそうではない。努力すればするほど、間違いなく自分の力になっていると言い切ることができる。それは実績としても表れているが、なにより自分自身でその効果を感じていた。


 次に挙げられるのは、周りの変化だ。最近、少しずつだけれど周りの人達がどんな人達なのかわかり始めた。


『周りに声をかけるのも団長の仕事です』。そう彼に言われてから、自分でもできるだけ団員達に声をかけるようにしている。はじめはうまくはいかなかったが、それでも少しずつ見えてくるものがあった。


「ねえ、団長!新しく王都におしゃれなカフェができたみたいですよ!皆で行きませんか?」

「レリア。無理を言わない。団長が行ったりなんかしたら、お店周りが大騒ぎになるわよ」

「そんなあ。なんで何も悪くない団長が損しなきゃならないんですか」


 ドロテに窘められて、レリアが不満ありげに文句を言っている。


「私には気にしないで、皆さんで……」

「いえ、団長。お気になさらず。そこのお店、事前に予約すれば閉店後に特別に店を開けてくれるので。ただ人数が必要ですのでもう何人か声をかけなければなりませんが」


 ドロテがそう言って小さく微笑む。それを聞いてレリアもうれしそうにしていた。


「副長も行きますよね?」

「え?」


 ドロテが彼に声をかけたことに、つい驚きの声を漏らしてしまう。少し離れたところを歩いていていた彼が、ゆっくりと此方に振り向く。


 最後にもう一つだけ変化がある。それは彼を見るとき不思議と自分が自分でないかのように感じてしまうのだ。


 いつもの自分ではいられないように、どこか胸が苦しく、気持ちが焦ってしまう。こんな風になったのは初めてのことだ。


「いや、俺は別に……。皆さんでどうぞ?」

「行きますよね?」

「……行かせていただきます」


 ドロテの低い声に、彼はすぐさま白旗をあげる。そんなアルベール・グラニエの姿を、私は視界から外すことができなかった。














「せっかくカフェに行くはずだったのに……」


 馬に揺られながらため息交じりでレリアが言う。正直俺は別に行きたいとは思っていなかったのでどうでも良かったが、レリアにとっては一大事だったらしい。


「しょうがないでしょ。任務が入ったんだから」


 ドロテが言う。


「でも隊長~」

「文句を言わない。それにもう任務に入ったんだから、あまり気を抜かない。前線から遠いとはいえ、戦争をしているのを忘れないで」

「っ!?……はい」


 ドロテの言葉に、レリアが姿勢を正す。ドロテはそれを見て優しく微笑んだ。


(なんか様子が変わったな)


 俺はそんな風に考えながら二人を観察する。レリアも注意されているとはいえ、ドロテの言葉をしっかりと受け止めて素早く態度を改めている。ドロテはドロテで状況を踏まえて適切な注意や規範作りを行えている。両者とも責任感があって初めてできることだ。そう言う意味では良い空気感で戦場に向かえている。


(とはいえどんなに軍の状態が良くても、別の要員で負けることはあるからな)


 今回はあくまで哨戒任務である。現段階では敵の主力部隊は報告されておらず、いたとしても少数の部隊だろう。今回は王国には珍しく撤退許可も出ているし、無理をする必要はない。その意味で軍の雰囲気もダレそうであったが、彼女達はうまく制御していた。


(しっかしグスタフの件はそれなりに堪えたと思うんだが……。まるでそんな素振りはない。やはり女の考えは分からんな)


 もっとも、かつて一度だって女性の気持ちが分かったことはない。分かるならこれまで苦労はしてこなかった。正直、何故王都の他の男達にそれができるのかわからない。……分からないったら、分からない。


(分からないと言えばもう一人……)


 俺はクローディーヌの方を見る。クローディーヌは俺と一瞬目が合うと、慌てて顔を背けてしまった。


(なんか疑われているのか?)


 俺は謎が解けないまま、ただただ首をかしげるしかなかった。


「チッ……」


 かすかに舌打ちが聞こえる。女性陣の考えていることはさっぱりだが、その逆は手に取るように分かった。


 フェルナンがどこか苛立った様子で、手綱を握りながら少し下を見つめている。勿論表面上はそんな苛立った風には見えないが、男として彼が何を思うのかは非常に良く分かった。


(おそらく、前回の戦いでの功績だろうな)


 先日一人酒場に入っていく姿を見つけたのは偶然だった。彼は基本的に誰かを連れていることが多く(だいたいは女性だが)一人でいるところを見ることはあまりない。


 普段なら気にすることもなかったが、先の戦いのこともあり少し気にかかったのが幸いした。あのまま放置していれば、いままで積み重ねてきた第七騎士団への信頼を吹き飛ばすところであった。


(以前なら別の戦闘で武勲を稼がせてなんとかしていたが……)


 俺はその案がもう使えないことはなんとなく察していた。もうフェルナンは小規模の戦闘での勲功など見えていないだろう。それほどまでにこの第七騎士団は勝ちすぎた。普通の戦闘での勝利が、霞んで見えてしまうほどに。


 勝利は一時的に欲を満たしてくれるが、それは新たに欲を呼び込んでいく。名声がさらなる名声への欲をもたらし、そのものを次なる戦場へと誘うのだ。


 そしていつしか、その欲に足下を掬われる。


 歴史上数多の英雄が不敗で終わらなかった理由がここにある。彼等はさらなる戦いに身を投じ、必ず足下を掬われてきたのだ。ある意味では英雄を殺したのは人の欲であったといえるかもしれない。もっとも俺にとってはそんな詩人めいたことはどうでもいいのだが。


(何にせよこのまま問題が起きなければいいが……)


 そう考えているとき、前方を走っていた偵察隊の一人がものすごいスピードで馬を走らせてきていた。


「報告!右前方に帝国軍。大軍です!」

「全員、進軍やめ。先制攻撃を加えた後、急いで後退します!」


 クローディーヌが素早く指示を出す。彼女が一瞬不安げに此方を見たので、俺は「問題ない」と頷いておく。すると彼女はほっとしたようにまた前を向いた。


(しかし本当にうちの諜報部は使えないな)


 当時の俺は、俺は呑気にそんなことを考えていた。


 自らの眼が曇っているとも知らずに。





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