第82話 報告:慌てる乞食は貰いが少ない

 





「敵軍、来ます!」

「ドロテ隊、攻撃用意!」

「「はい!」」


 烈火のごとき秘術が帝国軍を襲う。しかし帝国軍はその攻撃にひるむことなく突撃してくる。


「突っ込め!」

「敵は少数だ!このまま押し切れ!」


 王国軍第七騎士団の先制攻撃は確かに成功した。敵に気付かれることなく一方的に撃ち込んだ秘術は先制攻撃のお手本とも言える。


 しかし奇襲にひるむどころか突撃を仕掛けてくる帝国軍には第七騎士団も想定外であった。


王国に咲く青き花フルール・ド・リス


 クローディーヌが素早く反応し、その秘術を放つ。押し寄せる帝国軍は一気に蹴散らされ、後続の足も止まった。


「左方から敵兵。右前方からも敵です!」

「そんなっ……」


 クローディーヌは思いもよらない敵の攻勢につい頭が回らなくなってしまう。なんとか指示を出さなければと思うほどに、焦りが自分を支配していた。


 しかしそれでも、第七騎士団が敗走することはない。真にその騎士団を指揮する参謀が控えているのだから。


「全軍、敵左方の部隊に攻撃を集中。包囲に穴が開いているのは罠だ。強行突破にて脱出を図る。クローディーヌ団長を先頭にフェルナン隊が前衛を。中衛にドロテ隊、殿を俺の部隊が務める」


 アルベールの指示に、素早くレリアが秘術で伝令を送る。


 騎士団は一斉に動き出した。











「なんとか無事に突破できたみたいだな」


 俺は呼吸を整えながら部隊の状態を確認する。


 クローディーヌが先頭に立ってくれていることはかなり助かった。お陰で突破の際の被害も少なく、損害をほとんど出さないで離脱することができた。


(しかし、いくらなんでも敵が多すぎる。いくら王国の諜報部が間抜けだとしても、これほどの大軍を見逃すということがあるのか?)


 俺は額をかきながら考える。一時的に離脱できたとはいえ、帝国軍もじきに追ってくる。早いうちに撤退経路を導き出さなければならない。


「アルベール……」

「分かってる。だがどのルートにもリスクがある」


 幾つか選択肢はあった。平野部を進むか、いくらかの高低差がある道を進むか。それとも林を抜けていくか。


(一番早く逃げるには平野を通るのがいい。だがそれは同時に見つかりやすくもある。なら他を通るか?だがそれは待ち伏せを警戒しなければならない)


 いずれにせよ危険性はある。ならばどのリスクをとるかだけだ。


「よし」


 俺はそう言って息をはく。考えは既に決まっていた。











「クソッ!逃がしたか!」


 帝国軍の兵営。アウレール将軍に派遣された師団長は手からこぼれた戦果につい椅子を蹴飛ばす。


 今帝国で最も成果となるのは、王国軍のいかなる司令官や将軍を倒すことでもない。英雄セザール・ランベールの娘、クローディーヌを倒すことである。帝国の人々は未だに彼女の父親の恐ろしさを覚えている。それだけにその再来の芽を潰すことができれば、少なくとも二階級特進できること間違いなしであった。


「報告!第七騎士団、平野部を進軍中。位置にして第29地点です」

「何?おもったよりも撤退が遅れている。さては負傷兵に足を合わせているな」


 師団長はこれを好機と判断した。このままでは彼等を追わせている追撃部隊は振り切られるだろう。しかし自分たちのいる本隊は最短距離で向かえば敵の側面を突くことができる。


「よし!追撃部隊にはそのまま追うように伝えろ。そして我が部隊はまっすぐ南下し、敵に強襲する」


 師団長はそう言って襟を正す。将軍とはいかないまでも、軍団長のポストが見えてきた。そう思い笑いをこらえながら、ゆっくりと装甲車に乗り込んだ。












「このままじゃ追いつかれる」


 横を走るフェルナンが叫ぶ。俺は少し後方から銃弾を撃ち込んでくる帝国軍に目を向けた。


「落ち着け、フェルナン隊長。平野とはいえ、ならされていない道を走る装甲車のスピードは馬とどっこいだ。それに装甲車の数は多くない」

「落ちついている場合か。今すぐ攻撃命令を出せ!俺なら装甲車だろうと破壊してこれる」


 フェルナンの言葉に俺は首を振る。俺のそんな様子にフェルナンは更に苛立っていた。


「何故だ?このまま味方がやられるのを待つのか?後方の団員は射程に捉えられるぞ」

「捉えられたとて秘術を使えるんだ。死にはしない。秘術の使えない東和上がりの連中は俺達よりずっと速く前を先導してくれている。ただ黙って彼等についていけばいい」

「東外人に命を預けるのか!?」

「今は俺の部下だ」


 フェルナンが舌打ちをする。俺は静かに彼の様子を観察した。


 彼は決して東和人を見下しているわけでも、俺の作戦に反対しているわけでもない。ただ戦果が欲しいのだ。このまま帰ることをよしとできず、それで攻撃命令を要求しているのである。


(付き合いきれないな)


 俺はこれ以上は意味がないと思い、後方を指さしフェルナンに合図を出す。フェルナンは待ってましたとばかりに反転していった。


「いいんですか、副長」

「いいんだよ。それにそろそろ頃合いだ」


 聞いてくるレリアに俺はそう答える。そして伝令の秘術を使うように頼んだ。


『団長、そろそろ来ます。本当はフェルナン隊に任せるつもりでしたが、隊長自身で行ってください』


 俺はそうとだけ指示を出すと、のんびりと空を見上げる。勝利は既に確定していた。


「敵軍右前方より出現!こちらの側面を攻撃するつもりです」

「よし、全軍、クローディーヌに続き敵部隊へ突撃!おそらくは敵の本隊だ。徹底的に踏みにじれ」


 後方ではフェルナンがいい感じに敵を防いでくれているだろう。兵力分散は好ましくないが、クローディーヌ・ランベールに関しては別だ。彼女がいるのなら周りは後ろからついて行くぐらいが丁度いい。


 少し先で秘術が光る。今頃敵の指揮官は震え上がっているだろう。ひょっとしたら既に秘術によって吹き飛ばされているかもしれない。いずれにせよ、生かしたまま返したりはしない。


(それにしたって始めの攻撃といい、今のといい、帝国の使い古された戦術だ。わざと包囲に穴を開け、敵を追い込み強襲する。彼もいままでそれが上手くいった口なのだろうか。そうやって出世し、今回も上手くいくと思ったのだろう)


 俺はなんとも言えない気持ちになりながら戦場をみつめる。後方では既に大して戦果にもならない敵兵とフェルナンが交戦している。秘術込みとはいえ、近代式の武装をしている敵には苦戦するだろう。もっともクローディーヌはそんなものを無視して敵軍を撃破しているが。


「だが生きなきゃ話にならない。そのためにはその程度の屈辱、我慢してもらうぞ」


 俺はそう呟きながら、馬を走らせる。


 欲をかけば、人は死ぬ。なんとしても生き残らなければならない。死んだものに、何を与えることもできないのだから。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る