第64話 絡み合う思惑

 





 その部屋は異質な空気で満ちていた。四人が卓を囲み、それぞれの後ろには従者達が控えている。その従者達でさえも、幾度とない戦場を戦い抜いてきた歴戦の猛者達である。しかしその四人と比べれば霞んで見えた。


 そこは帝国領作戦指令本部。帝国が誇る四将軍の会合部屋であった。


「ところでベルンハルト将軍。この始末、どうつけてくれるのだね?」


 話の口火を切ったのは将軍アウレールであった。


 『賢知将軍』、アウレール。つり目と黒縁の眼鏡が特徴的な帝国の将軍である。


 彼は帝国軍における補給、諜報、政治交渉の最高責任者である。戦術レベルではなく、さらに広い外交交渉まで視野に入れた活動をすることを義務づけられた将官であり、必要とする知識には限りがない。故にもっとも広い見識と多角的な戦略思考が求められる。


「どういうことだ?ベルンハルト将軍が何かしたというのか?」


 『勇猛将軍』、マルクス。帝国軍の最も中立的将軍であり帝国軍のバランサーでもある。三十代半ばで家族思いで知られ、軍の内外に味方が多い。


 マルクスは帝国軍の半数近い兵の指揮権をもち、様々な戦場での小規模戦闘の管理を行う。しかし規模が大きいだけに、多くの指揮官を下に抱えてもおり、実際の戦闘指揮を行うことは少ない。


「やっかみは妙な仲違いを起こすだけだ。慎みたまえよ、アウレール将軍」


『魔侯将軍』、カサンドラ。顔に皺が目立つも、目つきにまるで衰えを見せていない。帝国軍の将官では最年長であり、その正確な年齢は誰も知らない。しかし先の王国との戦争時から今と同等の地位にいたことは確認されている。


 彼は帝国が誇る魔術部隊を指揮する将軍で自身も高名な魔術師である。近年の社会情勢の変化により、魔術が科学技術にとってかわられることも多くなってきたが、それでも彼等の軍事的有用性は確かであった。


「時代遅れのジジイは黙っていろ」

「……ほざくなよ?小童」


 アウレールの言葉にカサンドラが低い声で返す。


 そこでマルクスが割って入った。


「まあまあ落ち着きましょうよ二人とも」


 マルクスが二人をなだめる。将軍である以上、彼等本人にも戦闘力はある。それに後ろに控えている従者達も使って戦いだしたら、それは本格的な内戦に変わってしまう。


 マルクスが仲裁し、二人は一端の落ち着きを見せる。そしてベルンハルトの方へと視線を向けた。


「それにしても一体何のことです?ひょっとして先の王国領で起きた事変に、何か関わっているとでも」

「そのまさかだ」


 マルクス将軍の言葉に、アウレールは報告書を机の上に放り投げる。丸めて結わえられた報告書が机の上をコロコロと転がっていった。


「…………」


 ベルンハルトは何も言わず、ただ黙って目を閉じている。左目は先の戦いで英雄セザール・ランベールに潰されている。しかし開いている右目をゆっくりと開くとそれだけで部屋の空気が凍り付くようであった。


「将軍、こちらに」


 後方から従者が歩み出て、ベルンハルトにその報告書を広げてみせる。ベルンハルトは広げられたその文書を一瞥すると、すぐに視線をアウレールの方に戻した。


「これが、何か?」


 低い声で話す。そのベルンハルトの声に部屋の空気が一段と重くなる。


「な、何かではない。貴様の軍が勝手に先行して敵の司令部を攻撃したとあるではないか」

「何!?それは事実か!」


 アウレールの言葉に、マルクスが反応する。カサンドラも疑いの目でベルンハルトを見ていた。


 しかしその程度の疑惑など気にするまでもなかった。


「それが、何か?」


 あいも変わらないその返事にアウレールが怒りを露わにしている。


「戦争が終わってまだ回復が終わっていないというのに、何をしでかしているというのだ!それにこれは確実に先の大戦後の条約無視だ。戦争の始め方さえも理解していないのか!」

「…………」


 ベルンハルトは興味がないとばかりに目を閉じる。そしてゆっくりと大きく息をはいていった。


「くっ、何とか言ったら……」

「もう一度だけ聞く。これが何だと言うのかね、アウレール将軍」


 ベルンハルトは睨みをきかせながら質問する。その迫力に、従者達はおろか三将軍さえもひるんでしまう。


「この情報は信用性に欠ける。俺はそんな奇襲はしていない」

「しらばっくれるな。帝国兵の軍服に死闘将軍指揮下のワッペンがしてあったと報告にあるぞ。これが証拠ではないか」

「だからその報告が嘘だと言っているのだ」

「侮辱するつもりか。四将軍の一人がもってきた情報を!」


 アウレールは苛立ちを隠さず、ベルンハルトに言う。しかしベルンハルトは鼻で笑うだけであった。


「何が四将軍だ。こんなもの前大戦において劣勢な中で苦し紛れに戦意高揚するために作った箔付けではないか」

「なっ」

「他にも若いエース級に異名を付けるのが流行っていたな。『鷹の目』とか『疾風』とか。その類いに騙されるほど皆馬鹿ではない」


 ベルンハルトが続ける。


「少なくとも俺や俺の部下なら自分の素性が悟られるようなヘマはしない。よってその部隊は偽物だ。そいつらが何者かは知らないし、そもそも帝国軍であるのかただのレジスタンスなのかも分からない。いらぬ疑惑を向ける前にもう少し時間をおいて調査すべきだろう」

「貴様、そんな証拠もない反論で」

「証拠など必要ない。そもそも潔白の完全証明など不可能だ。だからこそ疑わしきは罰せずが帝国の原則。俺は疑いに対する証言を崩せばいい」


 ベルンハルトはそう言うと、「少し互いに頭を冷やそう」と言ってその場を後にする。


「待て、どこへいくつもりだ」

「まあまあアウレール将軍、落ち着きましょう」


 ベルンハルトはそのまま部屋を出て行く。どうせまた時間をおいて招集がかかるであろう。しかしその時は責任の追及ではない。


 大陸戦争への戦略会議である。


「さて、どう出るかな」


 『死闘将軍』、ベルンハルト。軍服にナイフ、そして重火器を一つ。それだけを持って戦場を暴れ回るその姿は帝国軍の戦い方を根本的に無視した単独戦力である。魔術であろうと銃火器であろうと使えるものは何でも使う。個人としての戦闘力は間違いなく彼が帝国一であった。


 『英雄を殺した男』、先の大戦でその恐怖を王国に植え付けたが彼はその功績を取り上げることを好まなかった。


「自分ではない」。不遜かつ不敵な男は、唯一英雄殺しの功績を称えられる度に、静かにそう言うのだ。これは何度も繰り返されている。それだけ敵の英雄を打ち破った功績というものは人々の記憶に残るのでもあるのだ。


 だからこそ……、だからこそだ。それでは次の『英雄』はどうであろうか。四将軍の狙いがある意味では一致し始めていた。


 クローディーヌ・ランベール、彼女は既に英雄と呼ぶに十分な知名度と能力を持っていた。


「さあ、どうでるかな」


 ベルンハルトは再びそう呟いて、それ以上何も言うことはなかった。






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