第63話 報告:傷つくからこそ美しく

 







「気がついた?」


 ギュスターヴは目を覚ますと、一室のベッドに寝かされていた。どの程度の時間が経っただろうか。腹をさするに、傷はほとんど癒えている。


「君が……やったのか?」

「……そうよ」


 ギュスターヴの脇に座り彼を看病するその女性は、綺麗なドレスに赤い髪がよく似合っていた。


 おそらくは王都でも高級な部類に入るドレスだろう。軍人のギュスターヴにすら分かる程度には綺麗であった。しかしその綺麗なドレスには既にかなりの血が付着していた。それが自分の血であることは、ギュスターヴにはすぐに分かった。


 今日、彼女は何も知らされていなかったのだろう。だからきっとあの店にもいったはずだ。そして王都の異変を察して、ここまで来た。


 そして何の因果か、治療を施させられた。


 彼女がどんな思いでやったのかは分からない。『情報を聞き出すため』とか『上からの命令』と割り切れたのだろうか。帝国軍の軍服をみた自分をどんな思いで治療したかなど分かるはずもない。


 しかし彼女の顔に見える疲労と、自分が撃たれたときの銃創を思い出せば、それが軽いものではないことは分かった。


「随分な技術なのだな。秘術というものは。確かに銃弾で腹を撃ち抜かれていたはずなのに。あれは間違いなく致命傷だった」

「そうね。でも多少なりとも息があれば、一人ぐらいなら難しくはないわ」


 ドロテはただ静かにそう返す。そんな横顔を、ギュスターヴはただじっと見つめていた。


「殺さないのか?」


 ギュスターヴが尋ねる。ギュスターヴ自身、軍人である以上殺される覚悟はできている。


 しかしドロテは首を振った。


「別に、私の感情で貴方に手をかけるべきではないわ。それに……」


 ドロテが続ける。


「騙された私が馬鹿だったのよ。この髪を、私自身を、認めて選んでくれる人間がそう都合良く現れるはずがない。その程度のこと分かっていたはずなのに……」


 ギュスターヴは何も言わない。言ったところで意味をなさないことは十分によく分かっている。


 顔をそらしたその女性の横顔に、涙が流れているのが見える。それは自分への情けなさか、相手への憤りか。


 おそらくは前者だろう。彼女は他人の所為にしないだけの矜持があった。それに比べて自分はどうなのだろか。ギュスターヴは自問した。女を騙し、奇襲をかけ、その女に助けられた。


 少なくともギュスターヴ自身、その涙を拭う資格が自分にあるなどとは思わなかった。











「全軍、後退!アルベールが門で防御を固めているわ。そこまで下がります!」


 敵の大砲を五門とも破壊すると、クローディーヌが団員達に指示を出す。フェルナン隊はその指示に反転し、王都内部へと向かっていった。


「団長、貴方は?」

「私は殿を務めます。早く中へ」


 団員に質問されると、クローディーヌは退却するよう促す。団員もすぐにその判断を尊重して、まっすぐ王都内へと入っていった。


 クローディーヌが振り返る。後続の部隊として先程の3倍程度の帝国軍が迫ってきている。王国領内だというのに、どれほど兵を忍ばせていたのか。


(でも、ここでは無意味ね)


 クローディーヌがその聖剣に力を込める。秘術の力が込められたその聖剣は光り輝き、その秘術を打ち出さんとしていた。


『フルール・ド……リス!!』


 クローディーヌは素早くその剣を振り下ろす。その秘術によって振り払われた方向には青白い光りと共に衝撃波が走った。


 そして遅れるように、帝国軍の兵士達は吹き飛んでいく。


「なんだアレは!?化けものだぞ!」

「帝国のどんな砲台よりも上だ。あれを一人の人間が放っているというのか」

「狼狽えるな!人間である以上、銃弾をおみまいすればそれまでだ。ついてこい、突撃だ!」


 銃剣をもった一部の帝国兵士達がクローディーヌへと突撃してくる。しかしそれは逆効果だ。


「クローディーヌ・ランベール。参ります」


 クローディーヌは地面を力強く蹴ると、突撃してくる兵士達に飛び込んでいく。そして一瞬の間に、悉くを切り伏せた。


「ひるむな!進め!」


 人間というものは時に集団でいるときの方が愚かになることがある。人数が多くなるに従い、今までやってきたことをそのまま続けてしまいがちになるのだ。


 帝国の戦術は非常に高度なレベルにまで研究されている。砲兵、狙撃兵、偵察兵、強襲兵……。こうした研究の成果は帝国の軍事力の源であり、彼等の誇りでもあった。


 しかし誇りは時に正常な判断さえも奪う。変化や状況の違いを認識せず、同様に当てはめようとするのだ。合理的な戦い方が、いついかなる時やいかなる場所でも合理的なわけではない。


「戦闘は基本的に数が多い方が有利だが、この部分ではそうではないな」


 俺は外壁の上からクローディーヌの勇姿をみつつ、言葉を漏らす。ある程度の予測がつく場合ならいざ知らず、状況の不確実性が大きい奇襲戦などにおいては人数が必ずしもそのまま力になるわけではない。


(クローディーヌが頃合いとみて引き始めている……いい判断だ。こっちは俯瞰だから分かるが、実際に戦っている当人がその判断をできるのは率直に素晴らしい)


 先の戦いで、彼女は確実に英雄への一歩を踏み出した。人は傷つくことなくして成長することはない。少なくともあの一連の戦いで、彼女は心に傷を負ってもいたはずだ。なのに今彼女は堂々とその剣を振るっている。


 迷いが無いというわけではないだろう。後悔がないわけでも。ただそれでも、前に進もうとしているのだ。


「流石は英雄と言ったところですかねえ」


 俺は壁上に待機させてあるドロテ隊に合図を送る。現在ドロテ隊はドロテが不在なのでレリアが指揮を執っている。俺自身彼女がリーダー代行と聞かされたときは少し驚いたが、元から何かあったときの代理はレリアが務めることになっていたらしい。ドロテ隊の年上の女性達も、レリアには素直にしたがっていた。


「全員、団長の撤退を援護します。牽制で十分ですので、できるだけ多くの秘術を!」


 レリアに合わせて、ドロテ隊は帝国軍に秘術を撃ち込んでいく。その攻撃に敵の追撃は自然と止まっていた。


「よし、十分だろう」


 俺はそう言うと、自らの部隊に手を振って合図を送る。いざ突破されたときのことを考えて待機はさせていたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。ならばこれからに備えた方がいいだろう。


(奇襲に失敗したとなれば、孤立を恐れて襲撃部隊は撤退するはず。追撃は……やめておくか)


 無理する必要はない。戦いはきっと長くなる。俺はそう確信していた。






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