第62話 報告:奇襲の真髄は、
「一〇八攻撃砲台、用意」
指揮官の命令で砲台が狙いを定める。数は五門であり制圧には不十分であるが、突破口を作るには十分であった。
定められた時間に潜入部隊が先行して敵の司令部に攻撃をかけている。おそらく大半は死ぬであろうが、それでも敵の指揮系統は一時的に麻痺するはずだ。元々捨て駒であり、気にする必要はない。
「全軍、砲撃の後に突入し王都内を制圧。敵の司令部までは行かなくていい。こちらとすれば、西側の門が開いた状態を維持できればよいからな。王都西側だけを占拠して防御を固める」
「「了解!」」
「大砲……、撃てえ!」
指揮官の合図と共に門へと大砲を撃ち込む。そして兵士達は声を張り上げながら走り出した。
「「うおおおおおおおおおお!!」」
しかし、兵士達の叫びは次第に止んでいく。目の前の幻想的な様子に目を奪われたからだ。
「見ろ、紫の花だ」
「光っている」
「おい、待て!砲弾が全て打ち消されているぞ!?」
『
否、もとより秘術というものは理解が及ばないからこそ信仰をその力としているのだ。
帝国軍兵士達は門の手前で立ち止まる。むりもない。こんなものは想定などしていないのだから。
しかしそのだだっ広い街道に立つ彼等はまさしく的そのものであった。
「秘術隊、構え!」
可愛らしい声と共に、女性中心の部隊が外壁の上に現れる。気付いた時には既におそかった。
『
その炎は無慈悲に兵士達を葬った。
「フェルナン隊が出る!全員敵の攻撃よりも速く駆けろ!」
門が開き、フェルナン隊が騎馬に乗って敵の砲台へと一直線に駆けていく。
「なんだあの騎馬隊!?火の中を突っ切ってくるぞ!?」
「狼狽えるな!大砲をやつらに向けろ!」
「ダメです、間に合いません!!」
秘術によって強化された騎馬は火の中すらも走り抜ける。もっともこれは偶然見つけた産物である。そもそもつい最近に赴任した気怠そうにしている副長が「馬に秘術をかければ良くない?」と前の戦争で試すまで誰も馬に強化などしてこなかった。
「秘術により強化されたこの無敵の騎馬隊、その威力をとくと味わえ!」
もっとも貴族の三男坊はそんなものは気にしないとばかりに誇っていた。既にその戦術は彼等のものであり、実際うまくいっているのだ。ならば自分のものにした方がいい。
フェルナンが敵に迫っているとき、俺はクローディーヌと合流した。
「戦況は?」
クローディーヌに尋ねる。クローディーヌは涼しい顔をしながら返答する。
「敵の砲撃は私の秘術で防いでいます。敵の突撃隊は秘術と、フェルナン隊の攻撃により戦闘継続不能。フェルナン隊はそのまま砲撃隊へと向かっています」
「まずいな、秘術の強化があるとはいえ、重火器をもってきていたら格好の的だ。団長、もう防御は解いても構いません。その代わりフェルナン隊の援護を」
「わかりました」
そう言うやいなや、クローディーヌは門から飛び降り、そのまま駆けだしていく。秘術の強化がある彼女は、一時的には馬なんかとは比べものにならない程速かった。
(あれだけの秘術を使って、まだこんだけ元気とは……。一昔前は碌に勝ったこともなかったなんて言っても、誰も信じないだろうな)
俺は頼もしすぎる団長の背中を見送りながら、顎をさすった。
すると後ろから誰か近づいてくるのが分かった。
「アルベール隊、集合しました」
「……なんか、恥ずかしいな。その名前」
俺は振り返ってかつてダドルジの副官であった男を見る。下には他の団員達も集っていた。
ダヴァガルとダドルジ、その両雄の部下であった者達だ。百戦錬磨の強者であり、正直俺程度の指揮などなくても戦術レベルでならうまくやってくれる。
だが彼等はまっすぐこちらをみつめ、俺の指示を待っていた。
「これより王都西側は戦場になる。まず第一に王都の西側地区にいる住民達を避難させろ。だが慌てさせるな。第七騎士団が守っていることを強調しろ」
「「御意!」」
まあ分かっていたのだろう。彼等は素早く各々動き出す。
だが彼等は分かっていても勝手な行動はしない。必ず上の確認を取り、互いの認識を一致させる。互いに認識の違いがあったとき、それが戦場では死につながることをよく分かっているからだ。
(まあその逆に、王国軍の指令は『誇りを見せろ』とか『敵に一矢報いる』とか曖昧な指示ばかりだがな)
俺はそう考えながら、敵の様子を見る。おそらくまだ後方に部隊がいる。戦闘はすぐには終わらないだろう。
しかしあくまでここは王国領内だ。戦力を用意するのも簡単ではない。だから来るとしても時間がかかる。
(とはいえ奴らもいくつかの失態を犯している)
俺は遠くで戦っている帝国軍部隊を見据えながら考える。
そもそも敵には驕りがあった。まさか失敗しないだろうと。少なくとも潜入部隊は一騒動起こすだろうと。結果として、潜入部隊は王国軍の上層部にその存在を知られる前に捕まった。
まあ押収した物資には爆弾とかあったからこちらが精鋭でなければ爆破の一つぐらいやられていたかもしれないが。
他にもある。王都に残っている部隊を正確に確認しなかったことだ。まあ他の部隊なら問題なかったかもしれないが、結果としてはクローディーヌの存在で虎の子の大砲さえ無効化された。これでは王都に入ることすらできない。
「そして何より……」
奇襲の真髄を理解していないことだ。奇襲の真髄とは敵の読みの裏をかくことにある。この点においてかの南部戦線で戦った東和人の将軍、アナダンはよく分かっていた。
(だが……本当にそうか?ただ敵が馬鹿だっただけか?)
俺は先程敵の潜入部隊から剥がしたワッペンを取り出す。その紋章は恐れ多き帝国の将軍、ベルンハルトのものである。
恐れを抱かせるためか、はたまたその戦績を誇示するためか、帝国軍は奇襲作戦でも軍服を着ていた。
そしてだからこそ胡散臭かった。
(条約破りの奇襲攻撃に、わざわざ自分の部隊のワッペンをつける奴らがどこにいる)
俺はワッペンをしまい、門の上からその戦場全体を俯瞰していく。一時は重火器を用意され、フェルナン隊は窮地に陥りそうであったが、クローディーヌの到着であっという間にケリがついた。ひとまずこの序戦は勝利と言えるだろう。
(だが、これで終わりじゃない)
少し離れたところから、部隊が近づいてくるのが見える。振り下ろした拳は、そうそうには下がらない。この局地戦も、そしてこれからくる大きな戦いも。
日が昇るところに、必ず影はできる。そして人が集まれば、必ずそこに闇も生まれる。組織は一枚岩であることは少ない。巨大であればあるほど、国家でならば尚更、利害の一致しない集団がいるのだ。
「はてさて、誰が敵やら」
遠くで発砲音がする。クローディーヌ達と後続の帝国軍がぶつかり始めたようだ。
俺は一度大きく深呼吸をする。
戦いはまだ始まったばかりだった。
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