第60話 報告:撃鉄は起こされた
作戦の決行日が決まった。決行は明後日、王都に潜入した部隊による先制の奇襲攻撃を行う。作戦目標は王国軍の総本山。司令部ただ一点だ。
いくらか時間がたったとはいえ、王都は戦勝の酔いから抜けていない。王都の防備にも所々綻びがうかがえる。この攻撃で機先を制すことができれば、本格的に戦う前に勝利できる。
結局騎士団の女性の心をつかむことはできなかった。自分がもっとうまく口説けていたら、情報が手に入っていたかもしれない。そうすればこんな野蛮な手に出ることも回避できたというのに。
「今更言ってもしょうがないことか」
そう呟きながら、相棒に最後の手入れを行う。手入れを怠れば、その精度は大幅に劣化する。しかしそれだけ手を込めてやれば必ず自分に応えてくれる。
「もうすぐ彼女と会う時間だな」
銃を再び箱へとしまい、床下にしまう。最早彼女と会う意味はないが、それでも会わないでいる理由もなかった。
情報収集のため、といえばいささか言い訳がましいだろうか。軍人としてはあるまじき思想ではあるが、それを律するにはあまりにも若かった。
(最後の別れをしてこよう。もう二度と会うこともないのだろうから)
そういって男は扉を開ける。
眩しい日差しが彼を出迎えた。
「明後日?」
「そう、明後日」
ギュスターヴの言葉にドロテは首をかしげる。今日は午前中に軍務の仕事があるだけで、午後は休養日であった。
二人はそうした合間の時間を使って、逢瀬を続けていた。クローディーヌのように四六時中訓練をしているわけでないのならば、騎士団といえど時間をつくることぐらいはできる。
「会ったばかりなのに、もう次の心配?」
「あ、いや」
「冗談よ。明後日は夕方まで軍の演習がある。……けど夜は空いているわ」
ドロテが少し含みをもたせたように笑う。
「やれやれ、参ったな」
ギュスターヴはすこし照れ笑いをしながら、頭をかいている。ドロテはそんな彼をただ黙って見つめていた。
「少し町外れだけど、いい店をみつけたんだ。君の口に合うといいんだけど」
「へえ、意外。町外れには言い方は悪いけどあまりいい店はないイメージだったから」
「そんなこともないよ。貴族の方には少し縁遠いけど」
「……なんか言い方に棘があるわね」
ドロテがそう言うと、少しして二人で笑う。ギュスターヴは「悪かった」と手を上げた。
「楽しみにしておくわ」
「まあ、あまり期待しすぎないでくれ」
「そこは普通『任せてくれ』と言うところではなくて?」
「参ったな」
「冗談よ。期待しすぎないで待っておくわ」
ドロテは笑いながら言う。ギュスターヴは少しばかり困ったように笑っていた。
華の都と謳われる王都の通りを、二人は楽しげに歩いていた。
「お、ドロテ隊長。なんかいいことあったか?」
「え?」
王都周辺の警戒行軍、それが本日の任務であった。戦争の前後は基本的に治安が悪化しやすい。だからこうして軍が治安を維持するために村や町を回るのは大切な仕事だ。
本当であれば王都からより遠くの村に行くべきなのであろうが、第七騎士団はせいぜい周囲の村にしか派遣されない。理由は簡単、クローディーヌがいるからだ。
彼女が村を回れば、余計に彼女を信奉する住民が増えてしまう。それが王都からより遠い都市で発生すれば、革命さえ起きかねない。
少なくとも、いいことはない。王都の上層部はそうした勘定ばかりは賢しくなっている。
「何か変でした、私?」
ドロテが聞いてくる。
「いや、別に。ただちょっと楽しそうだったから」
「任務中ですよ、副長。集中しましょう」
「大丈夫だろ。クローディーヌとフェルナンがよくやっている」
クローディーヌは相変わらずの人気ぶりだが、実はフェルナンを含め第七騎士団全体の人気も上がっている。故にフェルナンもそれなりに熱心に住民達に挨拶している。誰だってもてはやされるのは悪い気はしない。
「ひょっとして、あの商人の件か?」
「副長、それ以上は干渉しすぎですよ」
「副長権限だ。話したまえ」
「職権濫用じゃないですか?それ」
俺はからかうように笑いながら、ドロテに聞いていく。ドロテは呆れたような表情でこちらを見てくるが、その程度ではノーダメージだ。なにせ此方はその程度の扱いはいくらでも慣れている。……忘れよう。
「あててやろう。明日だ」
ドロテが一瞬びくっと反応する。図星みたいだ。
「……どうして?」
「明日しか空いてないからな。君」
ドロテは目元を手で覆う。推理もへったくれもない推察だ。だが合っていればなんでも良かった。
「これ以上は言いませんよ」
「いいのか?レリア呼ぶぞ。副長権限で報告するぞ」
「それは脅しを通り越して嫌がらせでは?」
レリアを始め、ドロテ隊の女性陣にはかっこうのスキャンダルだろう。飛びついて聞きに来るに違いない。ドロテもその程度のことは簡単に想像できているようであった。
(特にレリアなんかに話した日には、次の日には団中の連中が知ることになるだろうからな)
俺は小さく笑い、どこか此方を恨めしそうに見ているドロテを見た。
「軍務の後に、食事に誘われただけです。本当にそれだけ」
「なるほどね。ちなみにどこに?」
「……見に来る気ですか?」
「流石にそこまではしないよ。ただ今後の参考にと」
「そんな機会来ますかね」
「ちょっと今のは傷つくぞ」
「自業自得です」
ドロテは少しばかりしてやったりといった風に笑い、溜飲を下げる。
「町外れの店です。彼が探してきたところらしいですが」
「成る程、隠れた名店を探すとは彼も中々やるな」
「そういうものですかね」
「まあ王都の、とりわけ貴族は有名店に行きたがるからな。俺みたいな平民出身はどちらかといえば君のお相手のようなタイプの方が好感は持てる」
俺はそう言いながらポケットに手を入れる。既に確信をもつに十分だった。
「じゃあ、そんな彼に免じて、これ以上詮索するのはよそう」
「そうしなくてもやめてください」
「ただし報告義務は怠らないように」
「はあ。それも職権濫用ですよ」
俺は呆れた様子のドロテを置いて歩いて行く。きっと彼女が彼に会うことは……。
(さて、クローディーヌを探しに行くか)
彼女ばかりに仕事をさせてもしかたがない。別に俺が前に出て住民と触れあおうとなんて考えはないが、団長にもねぎらいは必要だ。
俺はただゆっくりと足をすすめる。
きっともう、撃鉄は起こされた。
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