第61話 報告:王都襲撃戦






 少し早く来すぎてしまっただろうか。店の前に立って彼を待つ。


 懐にいれた懐中時計を見る。待ち合わせ時間よりも30分ははやくついてしまっていた。


 彼との出会いは、ある意味ではロマンチックであった。私にからんでくる男達を、彼はいとも簡単に追い払った。王国の物語にさえ出てきそうな話だ。私自身で追い払う力があるとはいえ、それでもやはりうれしい部分は大きかった。


 彼とはそれから何度かデートした。休暇の日だったり、平日の空いた時間であったり。彼は不器用で実直、ある意味では王国の貴族とは真反対な性格をしていた。


 だからこそ惹かれたのかもしれない。そのどこか不器用で、一生懸命なところに。王国貴族にはない独特の清廉さと凜々しさがあった。


(でもきっと、そうじゃない)


 ドロテは自分自身で分かっていた。本当にうれしかったのは、自分自身がまるごと受け容れられた事だった。これまで貴族社会で、どれだけ背伸びをさせられてきただろう。あまりに苦しく、空しい努力だった。


 どんなに着飾っても、あの英雄には敵わない。兵として、何よりも女性として。それは女としてあまりにも辛かった。どんなに願っても彼女のような綺麗な瞳は手に入らないし、金色の髪をたなびかせることもできない。


 でも彼は私の髪が好きと言っていた。皆がクローディーヌに目を奪われる中、それでも此方を向いていた。それがドロテにとってたまらなくうれしかった。


 しばらく立って待っていると、店のマスターがドロテに気付き、中に入るように言う。マスターはギュスターヴから話は聞いていると説明し、ドロテを中に招き入れる。ドロテもはじめは外で待つと遠慮したが、マスターの厚意と熱意に中に入ることにした。


 ドロテはゆっくりと席に着き、マスターが入れてくれた紅茶を飲む。


 彼はいつ来るだろうか。まるで幼い少女のように、胸が期待で高鳴っていた。


 今日の服装はどうであろうか。いつもより髪を出してしまっているが、やはりまずかっただろうか。化粧は、髪型は、アクセサリーは……。


 早く彼は来ないだろうか。これでは気が静まらない。


 ドロテはただ彼を待ち続ける。



 結局、彼が来ることはなかった。













「時間だ。これより、作戦を開始する」


 夕闇にまぎれ、男達が動き出す。ギュスターヴは一隊を率いてまっすぐ王都の中心部に向かっていた。


(一挙に潜入、そして将軍を狙撃する)


 この時間、王国軍の上層部は高級なワインの味を楽しんでいることは調査で分かっている。堕落しきった連中だ。地獄に落とすに丁度いい。


「各員、配置についた後俺の指示を待て。俺の狙撃を合図に、全員で突入する」

「「了解」」

「殺す対象は将軍ただ一人だ。それ以外の閣僚は人質にとるだけでいい。人質に取る間に我が軍本隊が一気に侵攻する。司令部を欠いた敵軍など一気に蹴散らすだろう」

「「はっ!」」


 前回の大陸戦争、その恨みは帝国軍人に強く残っている。失った者も多く、家族を失った人間も多い。


 ギュスターヴ自身もその一人である。前回の戦争で父親が亡くなった。父親は禄に戦いもしないまま、秘術により吹き飛ばされた。結局死体すら帰ってくることはなかった。


(戦いは人を不幸にする。だが、戦わなければ、一方的に不幸になる)


 せめて犠牲は少ないように、ギュスターヴは狙撃兵になった。戦争で死ぬ人間は、少ない方がいい。


(さあ、終わらせてもらうぞ)


 ギュスターヴは配置につき、その相棒を取り出す。真っ黒に塗られたその銃、『カラビナー』は精度・威力共に現在の帝国がほこる最高水準の銃であった。


 窓の外から、呑気に酒盛りをしている将軍に照準を合わせる。そしてゆっくりとその引き金に指をかけた。


 照準にとらえ、ゆっくりと息を吐いた。


(終わりだ)


 そう考えたときであった。


「甘えよ」


 誰かのつぶやきと共に、銃弾が放たれる。だがそれはギュスターヴのものではない。


 撃った主はアルベール・グラニエその人であった。


「隊長!」

「狙撃だ。俺達の動きが読まれている」


 帝国兵達が一斉に物陰に身を潜める。しかしそれすらも読んでいたかのように王国兵が出現した。


「東和の矜持、見せつけてやれ」

「「御意」」


 アルベールの発言に兵士達が一斉に動き出した。













(さて、死んではいないだろうな)


 俺は敵に近づきながら、横目で司令部の中を見る。少し遠くから、かつ多少の防音加工をして狙撃したとはいえ、彼等はまるで外の喧騒に気付く気配はなかった。


 敵の突入部隊はせいぜい20人といったところか。しかしこちらは100人以上の精鋭をそろえており、既に敵は全員捕縛していた。


 俺は敵の隊長の前に立つ。口元を隠している布を剥がすと、先日見たイケメンがそこにいた。


「『鷹の目』のグスタフ。グスタフを王国読みにしてギュスターヴか、安直だな」


 俺はそう言って彼の顔をよく確認する。階級はさほど高くないものの、その技術力に将来を嘱望されている帝国兵だ。少なくとも王国の諜報部で入手できるレベルで有名人ではある。


 ギュスターヴ改めグスタフは、ただ静かに俺を睨んでいる。急所は外してあるが、出血している以上息は荒れるだろう。話す時間は少なそうだ。


「あんたは……あの騎士団の」

「第七騎士団所属、アルベール・グラニエだ。まあ、なんつうか、よろしく」


 俺の軽口に、彼はまっすぐ睨み付けてくる。どうして分かったのか。そう言いたげであった。


「理由はいっぱいある」


 俺が説明する。


「第一に潜入はそんな短期間でやるもんじゃない。その国や場所に溶け込むのにだって時間はいる。諜報活動なら尚更だ」

「くそ……」

「第二に証拠品は即座に廃棄、もしくはバレないようにカモフラージュすべきだ。俺から擦られるようじゃ致命的だ」

「そのパーツは……」


 俺は以前彼のポケットから拝借した通信機のパーツを投げ返す。パーツは彼の前でコロンコロンと転がった。


「そして第三は……」


 俺がそう言おうとしたとき、王都の外から爆発音が響いた。


「帝国軍本隊のお出ましだ」

「何?馬鹿な。帝国軍は俺達が人質をとってから動き出すはずじゃ……」

「最初から陽動程度の囮にしか思われてなかったんだろ?それで突入時間になって、向こうも動き出したってことさ」


 彼等は所詮、捨て駒でしかなかった。そりゃそうだ。頭を食らったところで、戦争が終わるわけじゃない。あくまで戦争は相手の心をくじいてはじめて終わるのだ。帝国の将軍も、司令官一人撃ち殺して戦争が終わると思ってはいまい。


 もとより終わらせようと思っているのかは分からないが。


「教えろ。お前の所属は?」

「黙秘する」


 グスタフが答える。だが半分答えは知っていた。


「アウレール将軍、だろ?」

「っ!?」


 俺が敵兵のワッペンを見ながら聞く。


 図星か。俺はそう判断した。


「かの“賢知将軍”が差し金か。成る程ね」


 さらに砲撃が勢いを増していく。王都より外とはいえ、王国領土内だ。大砲まで潜入部隊に持ち込まれるようでは、王国の辺境警備の程度が知れる。


「敵兵のワッペンは剥がし、武装は全て取り上げろ。グスタフは治療を施してやれ。まだ聞くことがある」

「「了解」」

「既定の人数だけ残し、後はクローディーヌ団長達と合流する」


 俺はそう言って、東和人団員達を引き連れて門の方へと向かっていく。ほとんどの騎士団が王都を出て各都市へと派遣されている今、残されている防衛戦力は第七騎士団だけであった。


(だが、むしろ好都合だ)


 戦力は必ずしも足し算ではない。時に足を引っ張り、機能しなくなる場合もある。この場合上層部が酒で使い物にならないことはプラスだった。


 敵もあくまで潜入部隊だ。数自体は多くはあるまい。それにグスタフ達の作戦が失敗したともしらない。


「まったく、どうしてこうなるかね」


 俺はため息交じりに呟くしかなかった。



 第二次大陸戦争が今始まろうとしていた。







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