第46話 報告:決着は、突然に






「クソッ何て圧力だ!」

「何としてでもこいつらの足を止めろ!」

「火が!火がああ!!」

「大丈夫か!今助ける!」


 剣、銃、弓、大砲、そして秘術。ありとあらゆる攻撃方法で互いの命を奪い合う。それはまさに混沌というにふさわしい戦争であった。


 何が何でも敵の中央突破を防ごうとする東和人部隊に、それをなんとか突破せんとする第七騎士団と王国軍。着実に第七騎士団が前進する一方で少しずつその速度は落ちていた。


王国に咲く青い花フルール・ド・リス


 一閃の衝撃波と共に前方に道ができる。今の一撃で一体どれだけの相手が吹き飛んだだろうか。しかしそうしてできた穴をすぐにでも埋めようと兵士達がたちはだかる。


「クソッ、こいつらうじゃうじゃと……」

「口を動かすな、手を動かせ。足が止まれば動き出せなくなるぞ」

「うるさい。俺に指図するな東外人!……らあっ!」


 フェルナンが叫びながら敵を切っていく。もう既に何人切っただろうか。それすらも考えられない程度には多く切っていたし、頭も回らなくなってきた。


「団長の攻撃を受けて尚、まだあれだけの戦意を保って反撃してくるとは……。やはりこの男達、覚悟が違う」


 ダヴァガルが言う。


「はっ、だがこいつらを倒せばもう敵はいない。本陣を守る精鋭を送っているんだからな。それに相手の本陣も目と鼻の先だ。このまま突っ切って一気に押しつぶしてやる」


 フェルナンはそう言うと再び前へと駆けだしていく。ダヴァガルも追うように続いていく。


「どけ!異民族共!王国軍の力を思い知らせてやる!」

「向かってくる以上は、同じルーツをもつ相手といえども戦わねばな」









「このままでは突破されます!大砲を撃ちましょう」


 東和軍本部、今にも迫り来る敵をみかねて砲兵隊の隊長がダドルジに進言する。


 しかし今は味方が懸命に戦っている最中だ。敵味方入り乱れる中相手だけを狙い撃ちにすることはできない。つまり今砲撃をくわえるということは、少なからず味方も巻き込むということだ。


「ならん!絶対に撃つな」

「しかし」

「味方ごと撃つなどという暴挙に、一体何の正義がある!」


 ダドルジは部下に向き直って告げる。


「彼等は必ず敵の足を止める。砲撃はあくまで両翼を攻撃するにとどめろ。中央部は彼等に任せるのだ。中央の進撃が止まれば、必然的に半包囲している我が軍が勝つ」


 ダドルジは強く言い切る。司令官として、この判断が正しいかは分からない。おそらく、彼の男、アルベール・グラニエならば撃つだろう。そして飄々と勝利する。


 だがそれではいけない。それでは散っていった仲間達に、踏みにじられた故郷に、失った家族に顔向けができない。


 東の大地に生きる男達が、何故今戦っているのか。ダドルジはそれを一度たりとも忘れたことはなかった。


「頼む、何とか抑えてくれ」


 絞り出すようにもらしたその声は、勿論戦士達には届かない。


 しかしその想いは強く、確実に、彼等の心へと届いていた。









 どれだけ戦っただろうか。流石のクローディーヌも身体が重くなっている。


『王国に咲く……』


 クローディーヌが異変に気付く。


 聖剣が光らない。いくらクローディーヌといえど、もうこれ以上の大技は撃てなかった。


「くっ」


 クローディーヌはそのまま聖剣を振り、また一人撃破する。そして「皆っ!」と振り返り、団員達を確認した。


「はあ、はあ」

「こいつは、骨が折れるな……」


 そこにはダヴァガルやフェルナンといった隊長達も含め、あまりにもの疲労に秘術はおろか剣を振ることすらままならない団員達の姿があった。


 彼等を責めることはできない。彼等は既に休憩無しで自分達の五倍以上……ひょっとすると更に多くの敵を撃破してきているのだ。既に剣は敵の血で切れ味を失い、秘術の強化も切れ始めている。


 だがそれは即ち作戦の失敗を意味していた。


「時は、来た」


 ダドルジが手を上げ、合図を出す。


 今この時より東和人達の反撃が始まる。それは王国に対する鉄槌であり、騎士団の敗北を意味しているのだ。


 ついに、悲願が叶う。王国に裁きを与え、大地に平和をもたらす。これ以上ない明るい未来がそこにある。これで死んでいった仲間達も報われる。


(これで……これで……)


 ダドルジは涙を流す。


 既に此方も限界を超えている。だが今この手を振り下ろせば、戦争が終わる。待ちに待ったその時が来ようとしていた。


(これで皆も浮かばれる……)






 はずだった。









 パァン!


 乾いた銃声が響く。


 たった一発、その一発だけであった。


「なっ?」


 ダドルジが息を漏らす。そして静かに膝を折った。


 ダドルジは自分の腹部に手を当てた。


 温かい。生温かい血が自らの手に付いていた。







 今になって考えてみればおかしいことはあった。中央部を突破するという作戦はまだいい。それが多少予測不可能な部分を含んでいるとしても、不可能であるとはいいきれない。十分可能性のある賭けだ。


 だが何故肝心の突破部隊である騎士団が馬に乗っていないのか。これまで敵は我が方から奪った名馬たちを使って、その機動性を生み出していた。


 確かに秘術を使えば馬に乗っているときよりも自由度が高く戦えるのだろう。短期的な視点からで言えば、馬を利用するよりも火力は出る。


 だが長い目で見てもたないことは明らかなはずだった。秘術を使うにはそれなりに兵の疲労を促すことは、これまでの敵の様子から察しがついていた。ならば当然馬を利用した騎馬隊として攻撃するはずだ。


 ならば、何故……。


「騎馬を……銃兵隊に回したのか。それで中央に気を取られた右翼を突破して……ここまで」


 ダドルジは霞みはじめたその視界で此方に銃を向けるその男を見た。その男は馬からゆっくりと下り、再び此方に照準を定めている。正確に、無慈悲に。


 はじめてその顔を見た。


 彼が……その男だ。


「はじめまして。さようなら」

「アルベール……、グラニエッ!!」


 二度目の銃声。


 英雄はただ静かに、前のめりに倒れ込んだ。











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