第45話 報告:名も無き戦士達へ
『
一撃で仲間が飛び、陣形が崩壊する。にわかに信じがたいその光景は今まさに現実として起きていることである。
手が震える。今自分たちが相手にしているその騎士は、騎士と呼ぶにはあまりにも強大であった。
英雄?そんな言葉すら生ぬるい。あれは美女の皮を被った化け物だ。
「ふんっ。丁度良い手柄になりそうだ」
誰かが言う。だが強がりであることはその者を見なくても分かった。彼の声が震えていた。
「まったく、うちの隊長も無茶を言うぜ」
誰かが言う。弱気な言葉は部隊では厳禁だ。知らず知らずのうちに自らの戦意を弱めてしまう。本来であれば処罰ものだ。
だがその言葉は少し違っていた。中身とは裏腹にどこか安心を与えてくれるものでもあった。
いや、勇気と呼んだ方が正確かもしれない。部隊は「うちの隊長」という言葉から共通の人物を思い浮かべることで、目の前にいる強大な敵に立ち向かう勇気を得ていた。
対王国遠征軍・大隊長ダドルジ。元々は先鋒隊の副官でしかなかったのだが、都市攻略や度重なる野戦の勝利であっという間に大隊長に任ぜられた。あまりにも出来過ぎた出世だが、その華々しい出世を妬む者は少なかった。
少なくとも一般兵士には、彼の資格を疑う者はいない。誰もが彼の指揮官としての才覚を認めている。
そして彼を信じていた。
「あの人が言うなら、やるしかないか」
誰かが言う。その思いに異論を唱える兵士はこの三千の中にはいなかった。
ダドルジが自分たちを想っていることは、彼の常日頃からの態度で十分すぎる程分かっている。今も彼は自らの護衛を、戦局の打開へと派遣している。自らの危険も顧みずに。
「……全員、抜刀」
ダドルジの副官が部隊に合図を出す。自分たちの多くはきっとこれから死ぬだろう。だがそれでも、やらなければならない。
自分達を信じ、仲間を信じ、今も懸命に指揮をとる大隊長のために。
「機動力を活かしながら、一定の距離をとりつつ攻撃。矢がなくなり次第、突撃してでも一刃浴びせろ!絶対に隊長の所へは行かせるな!!」
「「おおっ!!」」
男達は散る。英雄でない彼等は、記録には残らない。
その名を戦場に残すこともなく、ただひっそりと……。
「むっ、急に手強くなったな」
ダヴァガルがその曲刀を振るいながら、敵兵の質の変化を指摘する。もともと一人一人の強さには目をみはるものがある東和人ではあるが、今相手にしている部隊はさらにもう一段レベルが上であった。
信念であろうか。その兵士達は誰一人恐れることなく、何かを信じて戦っていた。
「どうやら、別の部隊が来ているみたいですね」
クローディーヌが合流しながらその聖剣を振るっていく。大技である秘術、『
「英雄!覚悟!」
「はあっ!」
斬りかかってくる東和人兵をまた一人討ち取っていく。クローディーヌは獅子奮迅の活躍であったが、敵はそれでも恐れることなく向かってくる。
「此方の足も止まりつつあります。ここは一旦、後退しますか?」
ダヴァガルが尋ねる。
「それはできないわ。アルベール……、副長は中央より突破して敵総大将を叩くと言っていました。ならばここを突破しきるしかない」
クローディーヌがまた一人敵兵を切っていく。ダヴァガルもその背後を守るように敵兵を討ち取っていった。
「しかしこのままではじきに反撃されます。部隊も少し突出してきていますし、一旦根拠地まで戻っても……」
「いえ、その必要はなさそうね」
突如として前方に砲弾と火炎の秘術が着弾する。遠近混合の戦術、これこそが騎士団の突撃を支える肝であった。
「私たちは一人じゃない。突破口を作れば、遠距離部隊も王国の本隊も続いてくれる。後は……彼の戦術を信じましょう」
「……そうですな」
クローディーヌは後ろから見てくれているであろうその男を思い浮かべ、後方を見る。そして再び気持ちを入れ直すと、前を見据えてその聖剣を構えた。
「王国軍第七騎士団が団長、クローディーヌ。行きます!」
クローディーヌは強く地面を蹴ると、騎馬よりも速く陣列の戦闘を駆け抜けた。
「あの英雄の存在で、王国軍の目的がはっきりとしてしまったか……」
ダドルジは戦況を見極めながら、敵の動きを観察していく。これまでの王国軍は統一された作戦目的をもたず、ただ相手を倒すといった漠然なビジョンしか持ち合わせていなかった。
そんな烏合の衆は此方の敵ではない。連携や意思統一の綻びを狙って攻撃を仕掛ければ、勝手に自滅していった。
しかしクローディーヌが味方に呼びかけ、中央突破からの本陣攻撃を示唆したために王国軍の作戦目的は見事に共有されてしまった。これにより今までそれぞれの足並みがバラバラであった王国軍が、徐々に連携をとりはじめている。
(誘い出せていた左翼も、うまく中央へ寄りはじめている。この戦場で注意すべきは彼女の発信力、導く力であったか……)
ダドルジはこれまで敵の戦略や戦術面に目を向けていたが、こうした目に見えない部分も戦場では大きな効果を発揮していることを学んだ。世界は広く、やはり机の上だけで学ぶものが全てではないのである。
(だがそれでもここで負けるわけにはいかない!)
ダドルジが指示を出す。
「右翼、左翼は中央部を半包囲するように側面から攻撃。中央の英雄は彼等が必ず止める。そしてその足が止まった瞬間を逃すな!そのタイミングで一気に殲滅する!」
ダドルジはこれまで一番供にしてきた男達の背中に視線を送る。
相手は王国軍最強の騎士だ。いや、単独の戦闘力だけで言えばこの大陸の中で最も強い相手かもしれない。西の帝国で最強と名高い、死闘将軍ベルンハルトと並ぶとも劣らない実力だろう。少なくとも一人で彼女に敵う戦士は東和人にはいない。
「だが、だからどうした」
ダドルジが呟く。
(一人では敵わなくても、仲間と共に当たれば、我らは最強の軍隊だ!)
『結束』、それこそが世界最強の刃であり、世界に光をもたらすものであるとダドルジは信じていた。
既に多くの仲間を失った。これからも失っていくだろう。そして自分もいつかは死ぬ。
しかしそれでも構わない。意志を継ぐ者がいて、そしてその者が新しい者へと意思を繋ぐ。そうした結束の連鎖が未来を作り出していくのだ。
両英雄は互いに信じるものを胸に、今戦場で火花を散らしていた。
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