第44話 報告:英雄VS英雄





「敵が下がったぞ!このまま一気に押し切れ!」


 中央に布陣した王国軍はこれを好機とばかりに敵を追撃する。白兵戦をすれば基本的に負けはしない。王国に染みついた白兵決戦主義は敵がひるんだ瞬間に反射的に攻撃を加えていく。


「待て、何かがおかしい」


 兵の一人が気付く。しかし集団の心理は個人の気付きをいとも簡単に流してしまう。集団は熱気のまま、うなされるように突撃していた。


「かかったな。今だ!敵を殲滅しろ!」


 後方で準備していた東和人の騎馬隊が後退する部隊と入れ替わるように突撃してくる。そして同時に両翼の部隊も攻撃を開始。王国軍の中央部は突出しており、半ば半包囲される形で攻撃を受けていく。


「砲撃、撃て!」


 東和軍は攻撃にあわせて砲撃を撃ち込んでいく。無論中央部は戦闘状態であり、味方もいるため撃つことはできないが、それを援護しようとする両翼の王国軍を牽制することは可能であった。


 この砲撃により、王国軍中央の主力部隊は完全に孤立。ただ全滅を待つのみであった。


 ただそれは通常であればの話だった。


「おい、あれを見ろ!」


 王国軍兵士が指を指す。王国の英雄が現れた。


王国に咲く青い花フルール・ド・リス


 一撃。たったの一撃だ。


 その一撃は、攻め気であった東和人部隊の度肝を抜いた。足は止まり、戦意は急速に失われていく。それとは対照的に王国軍の士気は最高潮に達していた。


「我が名はクローディーヌ・ランベール。偉大なる英雄セザール・ランベールが娘にして、王国を勝利に導く者」


 クローディーヌはその聖剣を掲げ名乗りを上げる。


「今こそ王国を守る剣とならん。……全軍、突撃!」


 クローディーヌに導かれるままに、王国軍は突撃を開始する。戦場は一人の女性によってその展開を大きく変えようとしていた。










「何?中央部で第七騎士団が現れただと?」

「はい」

「間違いないのか?」

「確かです。団長であるクローディーヌを確認しています」

「……わかった」


 ダドルジは床几に座り、相手の考えを推察する。勿論相手とはアルベール・グラニエのことだ。


(中央部?てっきりそのまま右翼から俺の首元まで突撃をしようとしていると思っていたが……)


 おそらくは本陣から部隊を送ったことを知ったのだろう。素晴らしい諜報力と伝達力だが、彼等の部隊ならやってのけることは十分に考え得る。


 となれば、ここまでたどり着くまでに大勢が決してしまうと判断するのも納得だ。それならばと中央部を助けることで、一旦はイーブンに持ち込もうというのだ。


(だがそれは時間稼ぎ程度にしかならない。あの男も分かっているはずだ)


 敵軍の様子からして、アルベール・グラニエが大軍を率いている様子はない。あくまで彼は騎士団の一副長であり、それ以上の権限を持つものではなかった。もし多くの兵を率いていたら、この戦いも苦しいものになっていたに違いない。


(皮肉なものだな。第七騎士団がかつての俺の隊長を討ち取ったことで俺は出世し、より多くの兵士を率いることができている。そしてその結果、戦局を有利に運んでいる)


 ダドルジはそう考えつつも、慈悲などは持つはずもなかった。味方を大切にしない将を認めるわけになどいかないのだ。


「送った部隊はどうなっている?」

「距離がありますので接敵までは時間がかかりますが、おそらく彼等にも第七騎士団が中央部に現れたという情報は入っていると思います。おそらくは進路を変えて中央に向かうかと」

「そうか……。分かった、新しく情報が入れば教えてくれ」

「はっ!」


 ダドルジは部下を下がらせて、机に広げた地図を見にテントに入る。


(この戦い、複雑に見えて互いの目的はこれ以上無いほどに明確だ)


 率いる兵が少ない以上、王国、というよりはアルベール・グラニエの目的はこの本陣を攻撃し、自分の命をうばうことである。そしてそれとは逆に、此方の目的は彼がここにたどり着く前に主戦場での決着をつけることだ。


 此方が王国軍を撃破した後に、彼が自分を攻撃してくることなどないだろう。それはダドルジにもよく分かっていた。優れた将は戦いを通じて、相手の思想の断片に触れることができる。


 アルベール・グラニエは無駄なことなどしない。戦いに負けたとしれば、わざわざその後に意味も無い攻撃などして遺恨など残さない。そもそも王国の民に対して守る気持ちがどこまであるのかすら分からない相手であった。


(『電撃戦ブリツクリーク』、確か最後にそう言っていたと……)


 ダドルジは自らの師であるアナダンが伝えてくれた言葉を思い出す。『電撃戦』、機動力のある火砲による砲撃と、混合部隊のよる突破及び敵司令部の破壊。この戦術は今回の戦いの目的とも合致する。


 おそらく、この言葉を理解しているのは東和人の中でも自分と師の二人だけであっただろう。その程度には無名で、誰も知り得ない戦術論であった。


(だがやつはそれをやってくるはずだ。そしてその火砲の役割を、今度はかの英雄の娘にやらせようとしている)


 クローディーヌの圧倒的な秘術の力を持って突破口を開き、その道を第七騎士団の騎馬隊が拡大する。そして秘術隊を前進させ攻撃させれば、本陣は瞬く間に壊滅する。


 現状クローディーヌ一人で突破口を作るのには十分な戦力と言えた。彼女一人なら騎馬による機動力を確保できる。そして王国軍は秘術での強化により精鋭を使えば少数で十分な戦力になる。


 ここで問題となるのは、少数部隊は機動力を兼ねそろえ小回りもきくということだ。そんなものに陣形をかき乱されれば、此方の大軍もあっという間にバラバラにされてしまう。


(こちらの陣形を真っ向から食い散らかした上で、そのまま本陣へと急襲しようという腹づもりか。まったく、戦術も戦略もへったくれもない。その圧倒的な力を利用した力押しの戦い方だ。だが力で押し勝てるのならそれを躊躇無く使うその姿勢は認めざるを得ない)


 おそらくは、アルベール・グラニエに戦いの美学などというものはないだろう。勝つことが、そして負けないことが至上命題でありそれ以外はきっと無駄な情報なのだ。


(敵の意図は読めた。だがそれはむこうとて同じ事だ。敵もこちらの意図が分かっているからこそ、こうした力業に出ているのだろう。ならばここからは読み合いの勝負にはならない)


 ここからは単純にお互いの指揮能力のぶつかり合いである。どちらが巧みに兵を操り、敵の意図をくじくか。それがこの戦いにおける勝負の分かれ目であった。


「……面白い」


 ダドルジは小さく呟いた。





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