第47話 報告:英雄に敬礼を







「はあ、はあ、はあ」


 クローディーヌは肩で息をしながら、遠巻きにこちらを睨み付ける将兵達を見る。既に視界もぼやけ始めている。極限の緊張状態の中、秘術も力配分無しに使えばこんなものか。クローディーヌはそんな風に感じた。


(でも、戦わなきゃ……)


 クローディーヌはなんとかその聖剣を構える。それは秘術の力を利用する剣であり、重量自体はそれほどでもない。しかし今は持つのも一杯一杯なほどに重く感じていた。


(……?)


 クローディーヌは徐々にその異変に気付く。敵兵が攻撃してこない。こちらが疲労困憊であることは明らかなのにも関わらずだ。皆が本陣の方に視線をやり、ただ呆然としている。


 おそらく、東和人達も異変を感じたのだろう。本陣が比較的近い位置にあるのも関係しているかもしれない。両翼の部隊は未だに戦っていた。


(まさか……やったっていうの?)


 クローディーヌは少し離れた高地に見える敵本陣を見る。戦場は異常な程静まりかえっていた。


「アルベール……」


 クローディーヌは小さく呟いた。









 俺が近づく前に奴は起き上がり床几に座っていた。


 最期の力を振り絞り、まるで俺を迎えるように。


「ダドルジだ。初にお目にかかる」


 目の前に座る男が言う。一瞬自分が撃ち抜いたのが本当に敵の大将か不安ではあったが、それは杞憂であった。その堂々とした振る舞いから彼がその司令官であることは明白だった。


「アルベール・グラニエだ。……王国語が上手いな」

「勉強している。お前もそうであろう?」

「まさか。東和人が何を話しているかなんてわからんさ」

「はっはっは。そういうことにしておこう」


 身体に銃弾を受けながら、彼は堂々と床几に座り、こちらを迎えている。おそらく彼なりの作法なのだろう。銃を突きつけるのも無作法だ。


 俺はそばまで行くと銃を肩に担いだ。


「……随分な射撃の腕だな」

「マグレだよ」

「……嘘は下手みたいだな」


 ダドルジは小さく笑いながら答える。肩に一発、腹に一発。自身でもう助からないことは分かっていた。


「なあ」

「何だ?」

「俺は何を間違ったんだ?」


 ダドルジの質問に、俺はただ黙る。そして少し間を置いて返答した。


「間違ってないだろ」


 それは本心ではあった。別に人それぞれに主義・思想があっていい。


 それに戦術など話しても仕方がないだろう。誰もがクローディーヌに気を取られていたこととか、右翼の部隊も中央へ攻撃に出てしまっただとか、後知恵の分析はいくらでもできる。しかしそれは本質ではない。


 こいつは背負いすぎた。きっとそれだけなのだ。


 期待を背負い、責任を背負い、そして信念を背負って戦っていた。だからこそ味方も懸命についてきた。


 だがそういった人間は知らず知らずのうちに自分の事を忘れてしまう。だからリスクがあろうとも、全体の事を考えて中央の戦場に意識が向かってしまうのだ。今回俺はそこを突いた。それだけのことだ。


 だがダドルジは納得していなかった。


「右翼から攻撃……見たところ兵もそれほど連れていない。どうしてそんなリスクの高い行為を?」


 彼が聞いてくる。将兵の性か、知りたくなってしまうのだろう。これでは死後の世界でも考え続けていそうだ。答えないわけにはいかない。


「リスク?別に高くないだろ」


 俺が続ける。


「あんたを殺さない限りは、この戦争に勝つ道はない。負ければ死ぬ。だったらこの方法だってそんなに悪くはない」

「戦いに負けたからといって、死ぬとは限らんぞ?」


 ダドルジの言葉に、俺は小さく息をはく。彼自身も分かっているだろう。だが確認をしておきたかったのだ。


 俺はただ静かに答える。


「死んだ方がマシと思えるさ」

「……ああ。その通りだ」


 ダドルジは小さく微笑む。


 英雄という重圧から解放された故か。それとも納得のいく答えであったのか。今にも死のうというのに、どこか満足げな顔をしている。


 ダドルジがゆっくりと話し出す。


「俺達の多くは遊牧民だ」

「…………」

「俺の家族も、王国の少し東で暮らしていた」

「…………」

「だが王国が侵略してきた。聖戦と称して」


 ダドルジが咳き込む。既に口の中にも血がたまっていた。


「皆死んだよ。女子供も関係なく、弄ぶように殺された」

「………」

「俺は腹が立った。王国に、強者に、力を振りかざすような連中に。だが……」


 ダドルジが続ける。


「一番腹が立ったのは俺自身にだ。何もできない無力な自分に、もっとも腹が立った」


 俺はただ黙ってその英雄の言葉を聞く。遠巻きに俺達二人を見る東和人兵と第五騎士団の銃兵がいたが、彼等も何をいうわけでもなく、二人の姿をみつめていた。


「アルベール・グラニエ。お前は戦争に負けた国が、弱い集団がどうなるかは知っているか?」


 ダドルジがこちらをまっすぐみつめ、聞いてくる。おそらく、これが最後に聞きたかったことなのだろう。此方としても、それを無下にする気にはなれない。


「ああ」


 俺が答える。


「よく知っている」

「そうか。良かった……」


 そうとだけ言うと、英雄は静かに息をひきとった。


 俺は彼のことはよくは知らない。どんな奴だったのか、兵にどう思われていたのかも。だが彼のために涙をながす相手の兵をみて、なんとなくそれが分かった。


 やはりこいつは英雄だったのだと。


 俺は息を引き取ったその男に敬礼をし、馬にまたがる。戦いを終えたことをいち早く伝えなければならない。既に何人かを送ってはいるが、指揮官級がきちんと報告することが大事であろう。


 俺はそう考え、馬を飛ばす。












 だが戦いはまだ終わってはいなかった。












「終わったみたいですな」


 ダヴァガルがクローディーヌに近寄り、声をかける。戦いの経験が豊富であることからも、ダヴァガルはその空気感で戦いの終わりを感じていた。


 おそらくは敵の指揮官がやられたのだ。そしてそのことを彼の直下であった部隊はすぐに察した。だから目の前の彼等はただ立ち尽くしているのだ。


「作戦終了……かしら」

「少なくとも副長が決めた目的は果たしたみたいですな」


 ダヴァガルはそう言って、自らの剣を地面に突き立てる。もうその曲刀を振る力など残ってはいなかった。


「しかし、良い風だ」


 ダヴァガルは戦場に吹いた風を感じながら、そう言った。


 これが自らの祖先が感じていた大地の風だろうか。東の男達と剣を交えた結果なのだろうか。知るはずもないのに、どこか懐かしくも感じるその風に、ダヴァガルは感覚を研ぎ澄ましていった。


 だからこそ、異変に気付いた。


 風がわずかだが震える。


 砲撃だ。戦いはまだ終わっていない。


 ダヴァガルはその方向を見る。今まで敵がいなかった方角から、敵が現れ砲撃をはじめている。そしてその砲弾は大きな弧を描き此方へと向かっている。


 それに気付いた瞬間、限界を超えたはずの肉体が、風のように走り出す。


「団長!!!」

「えっ?」


 爆風が『風』を吹き飛ばした。





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