第34話 報告:機動戦の始まり






「おい、聞いたか?南部戦線の話」


 王国付の記者クラブ。王城の一室で優雅にくつろぎ、渡された情報で記事を書く男達は今日も美味しそうにパイプをくわえていた。


「王国軍の主力部隊が完膚なきまでに撃破されたってやつか?まったく、だらしない話だよな」


 一人の記者がけだるそうに話す。呑気なものだ。彼にとっては国の敗北よりも今日の仕事や明日のデートのことの方が大事なのだろう。どこか遠くで同胞が戦っていても、当事者意識などは存在しない。


「バカ、そっちじゃない」

「え?じゃあどれのことだ?」

「第七騎士団の方だ」

「第七……ああ。あの英雄の娘が七光りで率いている騎士団か」


 男はケラケラと笑いながらスキットルを呷る。その中身は十中八九酒だろう。今日も酒臭い息をばらまいている。もはやそれは公害並の迷惑さだ。


 勤務しながらのんびり酒を飲み、兵士達の何倍という給料をもらえるのが王国の記者だ。さぞかし毎日が春だろう。それが例え戦争中であっても。


「こちら、予定稿があがったので置いておきます」


 マリーはにっこりと笑って原稿を差し出す。こんな所にいては自分自身も腐ってしまう。一秒でも早くこの場所から離れたい。そう思っていた。


「ああ、マリー君。ご苦労。……それよりどうだい?この後皆で食事でも?」

「ありがとうございます。ただ私としては用事がございますので、これで」

「そう言うなって。それにもうちょっと付き合いってものを……」

「失礼します」

「あ、ちょっと……」


 マリーは礼をすると、足早に部屋を出る。マリーが部屋を出て、記者の一人が舌打ちをした。


「なんだあの女。少し、顔が良いからって、図に乗りやがって」

「どうせこの職も編集長にでも媚び売って手に入れたんだろ?あのおっさん、幼そうな見た目が好物だからな」


 「はっはっは!」と男達は大声で笑う。そういった話は彼等の大好物だ。


「ところでその予定稿、何の記事だ?」

「ん~。『王国の栄光ここにあり!第五・第七連合騎士団。南戦線にて勝利!』……まったくガキ臭い記事だぜ」

「ほんっと、これだからコネで入った女は」

「第七騎士団の連中が、そんなことできるわけないだろ」


 男達は再び笑う。反クローディーヌ派が多い王国の上層部によって甘い蜜を吸い続けた男達だ。クローディーヌを支持する人間がいないのは当然と言えば当然であった。
















「右翼より、さらに敵影!およそ千の騎馬隊です」

「各員に伝達!中央、右翼の砲兵は移動して攻撃を右翼に集中。左翼から来る敵はドロテ隊による秘術で牽制しろ。中央はクローディーヌを筆頭に敵を押し上げ、工兵隊は橋付近に柵を設置しろ。侵入を防ぐ必要はない。騎馬隊が速度を出せないようにしてくれ」


 やはりリスク管理はしておくものである。ダヴァガル・フェルナン両隊はうまく第五騎士団が待つ撤退ポイントへ合流した。そして現在、第五・第七騎士団は川を挟みながら敵軍と対峙していた。


(これまでの戦闘で後方の安全は確保している。回り込むにしても、平らではない道を進軍するのは時間がかかるだろう。しばらくは無視できる。となれば前方の渡河ポイントにのみ注意を割けばいい)


 とはいえ正面と右方向に橋が架かっており、左にもちょっとした浅瀬がある。少なくとも三方向からの攻撃を気にしなくてはならない形だ。


 俺はレリアの秘術を通じて、全体に指示を出していく。


「深追いはするな。敵が川を渡ろうとするタイミングで集中的に攻撃を仕掛けろ」


 川は自分たちを半ば囲うように蛇行しており、前方及び側面は守られている形になっている。この地形によって敵の攻撃ポイントが限られていなければ、人数差によってあっという間に蹴散らされていただろう。


 俺は一つ大きく息をはいて戦況を整理する。かなり慌ただしく戦ったが、第一波は防いだようであった。


(だが問題はここからだ。奴らもタイミングを合わせて攻撃してくるだろうし、時間があまりにも経つようであれば大きく迂回して後方から攻められかねない)


 俺は作戦の最終形、すなわち目標をどこに定めるのかを考えていく。作戦目標が明確でなければ、兵士達もその力を発揮はできない。


「大丈夫か。レリア」

「はい。まだしばらくはいけます」


 レリアは汗を拭いながら、笑う。自分より十歳も若い少女に強がりを言わせてしまっている辺り、どこか申し訳なくも感じる。


 しかしそれでも彼女の力は必要であった。


(隊長達十数人に俺の声を伝えることができるのは、ドロテ隊でも彼女だけらしいからな。本当に頭が上がらない)


 しかしこの通信能力によって指揮能力が大幅に向上していることは確かであった。全部隊の中心に位置し、戦場の中で即座に指示が出せる。この判断の速さこそ、今劣勢でありながら敵の攻撃を跳ね返せている要因でもあった。


(だが、このままでは持ちはしないだろう)


 俺はレリアにもう一度通信を頼む。


「各部隊長に通達。これより権限委譲段階をさらに一段引き上げる。各自、俺の指示がない限り自身の判断で攻撃と後退を行ってくれ」


 通信を終えると、レリアが心配そうに此方を見てくる。


「どうした?」

「いえ……。副長、私まだ……」


 レリアが何か言おうとするのを俺は頭をゴシゴシと撫でることで阻止する。十六歳の少女一人に重荷を負わせ続けられるほど、俺の心は強くない。


 それに個人に依存した形で組織や戦闘を維持するのはリスク管理の観点からすれば問題だ。レリアが力尽きたり、狙われたりすることで通信が維持できなくなればすぐに軍が瓦解してしまう。


 分散できるリスクは、分散させる。致命的な弱点一つよりも、多くの小さな弱点を用意していた方が安定するのだ。


(それに、もう一つ見えてきているものがある)


 第七騎士団は馬を手に入れたことで機動力を手にした。他にも第五騎士団の合流で遠距離攻撃のバリエーションや工兵達お手製の馬車のような兵士や兵器を運ぶことのできるものまで。


 そこに加えて第五騎士団のそれぞれの部隊の練度が想像よりもはるかに高かった。このことから俺の中で、今まで想定していたものよりも一つ上の戦術、戦い方が見えてきている。


(どうせ俺一人で指示を出し続けていてもジリ貧にはなる。俺かレリアか、どっちかがパンクするんだ。だったらリスクはあっても少しでも未来のある方に賭けよう)


 俺は抵抗するレリアの頭を再び強くゴシゴシと撫でると、休息をとるべく野営へと戻った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る