第33話 報告:馬に乗らぬ騎兵、剣をもたぬ騎士







「続け!敵を八つ裂きにする!」

『『戦いの嘆きウォー・クライ』』


 フェルナンが先陣を切って敵への攻撃を開始する。地形にはこちらに一日の長がある。敵への攻撃ポイントの選択も、こちらに有利に働いていた。


「ダヴァガル隊も続くぞ。かかれ」


 フェルナンが切り裂いた陣にダヴァガル隊が襲いかかる。フェルナンが陣形を乱し、ダヴァガル隊がさらなる攻撃を加えて損害を大きくする。攻撃の形としては理想の動きができていた。


(東和人側も、一転して突撃してきた俺達に対処しきれていないな)


 それより少し後方、俺はマティアスと共に自軍の様子を観察していた。


 ここまでは作戦は上手くいっている。敵の陣形はこれまでの各個撃破により少しずつ綻びが生まれてきている。そして今ここに、敵本陣を急襲する一本の線ができた。


「あー、すばらしい!ところでアルベール殿。私たちの出番はまだですかな?」

「今作戦において第五騎士団は退却時の備えです。ご理解ください。……あと近いです、マティアス殿」

「ああ。今すぐにでも我が団の幾千という鉛玉を、彼等に撃ち込んでくれようというのに」


 どこか大げさに残念そうにしている彼は、本当に残念に思っているのだろう。彼は本当の意味で狂っている。戦闘に美学を見出し、その生き死にさえもある種の芸術に昇華させてしまう。こういった輩は、戦場という地獄が生み出す必然なのだろうか。


(だが戦場でも己の意思を貫くという点で、最も正気ではある)


 戦場で最も恐れなければいけないことの一つは戦士達の戦意喪失である。とりわけ敵の攻撃に恐怖し、恐慌状態に陥った兵士は戦力になりはしない。思考が止まった指揮官も同様だ。予想外の奇襲はそれ故に必殺の一撃になる。


 だからこそ、狂っていたとしても狂い続けていられるのならそれは優秀な兵士であるといえる。


(それにこの男は変わっているとはいえ、自分の指揮能力とかはきちんとわきまえているから、そのへん上手くやってるんだよなあ)


 俺はポリポリと頭をかきながら隣のマティアスを見る。俺に気付いたのかうれしそうに微笑んだ。……純真すぎで、むしろ怖い。


「報告!フェルナン・ダヴァガル両隊は前方の敵部隊を撃破。そのまま敵本陣へと進軍しています」

「敵の伝令は出たか?」

「いえ、予定通り敵と本陣との間に入り込む形で奇襲をしかけましたので、敵は本陣とは逆方向へ退却しています。おそらく、敵の司令部にはまだ伝令を送れてはいません」

「よし、全部隊を前に出せ。敵本陣へと急襲する」

「「はい」」


 俺の指示で残りの部隊が動き出す。大砲は簡易の荷車をつけた馬で引くことで機動性が高まっている。


(ボルダー防衛戦で向こうがこういった手法を使ってきたら、あっさりやられていたかもしれないな)


 俺はすこしだけ自嘲気味に笑うと、すぐに馬を進めていく。強力な火砲と、多数の銃兵隊、そしてこうした荷車や柵などを巧みに用意、設置する工兵隊がずらりとならんでいる。


 大多数が剣をもたないこの部隊を見て、どの程度の人間が騎士団とわかるのだろうか。俺はそんなことを考えた。



(とにかく今は勝てばいい。それだけを考えよう)


 俺はそう考え、マティアスの方に向き直る。マティアスは既に察していたように、俺の言葉を待っていた。


「作戦通りの位置に、根拠地を設置してくれ」

「お任せください!」


 マティアスはそう言ってうれしそうに馬を飛ばしていく。彼の方が俺より位は上のはずなんだが。


 おそらく彼にとってはそんな権威や地位などまるで興味の対象ではないのだろう。それはある意味では羨ましい生き方ではあった。


「俺達も行くぞ。先鋒の騎馬隊を援護する」


 俺はそう言うと、ドロテ隊と共にダヴァガル・フェルナン両隊の方へと移動を始めていった。














「おりゃ!せいやっ!」

「待て、フェルナン隊長!」


 果敢に攻撃をしていくフェルナンをダヴァガルが止める。


「なんだ、東外人。功績の邪魔をするな」

「そうではない。何かおかしい」

「おかしい?」

「ああ。あまりにも上手くいきすぎている」


 ダヴァガルの言葉に、フェルナンは馬を止め、部隊を止める。ダヴァガルは頷いて話を続けた。


「敵の動き、あまりにも撤退への判断が早すぎる」

「ビビっているだけだろ?」

「私がボルダーで敵をおびき寄せた動きそっくりだ」

「…………」


 フェルナンは黙ってダヴァガルを睨み付ける。しかしそれでひるむような男ではなかった。


「ここで、退けと?攻撃命令が出ているのに?」

「自由撤退の命令も出ている」

「…………」

「…………」


 両者は睨み合ったまま、動かない。


 しかしその答えが出る前に、事態は動き出した。


「危ない!」


 ダヴァガルがフェルナンの前に躍り出る。すると銃撃によって落馬させられた。


「クソッ!待ち伏せだ!」


 フェルナンが部隊に撤退の指示を出す。


「東外人!乗れ!」

「助かる!」


 フェルナンが器用にダヴァガルの腕を掴み、ダヴァガルはフェルナンの後ろに乗る。


「傷は!」

「かすり傷だ。東和人の弓は一流だが、鉄砲が下手なのは相変わらずだ」


 ダヴァガルは笑いながらそう言う。しかし事態は悪化する一方であった。


「東和人なのに銃を使ったのか?なんて連中だ」

「それはこちらもお互い様であろう。騎士団なのに今は半数が剣を持っていない」


 馬を必死に飛ばしながら二人は軽口を言い合う。ダヴァガルは振り向きながら器用に軽弓を敵に当てていった。


 騎馬隊は撤退時の決まり通り、あらかじめ決められた撤退地点へと足を進めていた。













「むう、寸前のところで気付かれたか」


 アナダンはそう言いながら茂みから出てくる。騎兵隊ばかりだと思われている東和人が銃を持つ、その意外性は敵の予想を覆すことができるはずだった。


「先の五千の部隊は、騎馬隊の一部を馬から下ろして、銃を持った歩兵として側面から襲わせたらすぐ壊滅したというのに。あの時側面の山地から、我が兵士が襲ったときは見るからに動揺しておったからのう」


 アナダンは酒を呷りながら、呟く。


 騎馬に乗ったまま銃を撃つ技術など自軍にはない。だから馬から下ろして待機していたのだが、それがかえって追撃ができない理由を作ってしまった。


「だがしかしここまで踏み込んできたということは、既に袋のネズミよ」


 敵はおそらく近くの川付近へと逃げ込んだであろう。あの場所はすでに調べている。川によって攻撃ポイントが限られるが、少なくとも三方向から攻撃はできる。十倍以上の兵力がいるこちらが、どう見ても有利であった。


「まだまだひよっこよのう」


 アナダンは「がっはっはっは!」と大きく笑う。そして口に含んだ酒を勢いよく霧状に吐き出した。


「さあ行くぞ。南部戦線の締めとして、袋のネズミを平らげようではないか」


 アナダンはそう言うと、長年連れ添った自らの愛馬にまたがった。







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