第9話 報告:人は『次も』と期待してしまうのである






「クソッ!どこだ!どこから来る!」

「よし、頃合いだ。目くらましを撃ち、ダヴァガル隊を下がらせろ。そして入れ替わるようにフェルナン隊に攻撃させる」


 攻撃開始二日目、十分な休息と補給を経て、第7騎士団は苛烈なほどに攻撃を浴びせていた。


「行くぞお前達!誉れ高きフェルナン・デ・ローヌの下に、いざ!」

「「おおー!!」」


 フェルナン隊が東和人の部隊に突撃していく。側面から急に現れた部隊に東和人達はなすすべもなくやられていった。


(昨日一部隊、今日は二部隊。ほぼ壊滅状態だ。秘術も使いながら半数以上を捕虜としている。わずかに逃げ延びた連中も基本的に走って逃げた。馬のほとんどをこちらが奪ったことを考えれば足は十分に潰しただろう)


 俺はいくらかの皮算用をしていく。これからを生き延びるための作戦、敵は東和人だけではなかった。


(むしろ厄介なのは王国の連中だ。奴らは俺たち……具体的にはクローディーヌをだが、なんとか失脚させたいと考えている。だがそうはいかない)


 戦闘がほとんど終わり、声が減り始める。俺はすぐに撤退の指示を出した。


「全軍撤退!ドロテ隊は馬と捕虜の確保を急げ!早くしないと本隊が来るぞ」


 俺は適度に急かしながら部隊を撤収させていく。この二日で十分なほどの成果は出ただろう。問題は三日目だった。


(さあて、向こうはどう出るかね)


 俺は来る三日目を待ちながら、相手の出方に神経をとがらせていた。
















「何っ!?またしても偵察隊がやられただと!?」

「はい。これで西側方面の偵察隊は全滅。現在北西、南西の偵察隊がその穴を埋めるように展開をしていますが……。距離が広がる分、再び奇襲されればまた同じかと」

「そんなことは分かっておるわ!」


 東和人のテントにおいて、報告を受けた隊長は怒りにまかせて報告した兵士を殴りつける。兵士は頭を下げたまま、そのテントを後にした。


「隊長殿、そうお怒りなさらないでください。幸い被害はまだ小さいですし、遺体の少なさからほとんどが捕虜になっていると思われます。交渉次第でいくらでも取り戻せますので、まずは一旦後方へ下がり落ち着くべきかと」

「うるさい!副官のくせに儂に指図するつもりか!」


 そう怒鳴りつけて隊長と呼ばれた男はその副官を殴る。副官は冷静につとめつつ、ゆっくりと頭を下げた。


「軟弱な王国連中に舐められたままでは儂の沽券にかかわる!明日からは進軍速度を倍にして森を一気に抜ける。良いな!」

「「はっ」」


 偵察部隊の隊長達がそれぞれ頭を下げる。情報共有のために集った定例会合であるが今日はいつもより表情が優れなかった。それもそのはずだ。既に三部隊、二日の内に全滅させられている。今までと同じようにいかないことは明らかであった。


 たしかに勢いに任せて森を突破することは不可能ではないだろう。生き残りの話を聞く限り、相手の兵力もそこまで多くはない。今まで通りやって上手くいく部分もある。


 しかし今までと違うことは確実にいくつかの隊はやられるということだ。


 本隊の連中はいいだろう。兵も多く、敵の位置も分かる状態でただ攻撃だけすれば良いのだから。だが偵察隊は違う。少ない人数で、足も封じられる森の中を、どこから敵が来るかも分からずに進まなければいけないのだ。ハッキリ言って捨て駒である。


(こんなことをやられれば兵の士気は落ちる。あんたは戦果を上げられてけっこうかもしれないが、これでは兵はついてこない。こんな局地戦の勝利なんて大した意味をもたないのに、我らが主軸とする陣形に兵達が疑いをもちはじめる事の方ははるかに問題だ)


 副官の男は冷静に分析しつつ、今後の展開を考える。もっとも進言したところで聞き入れてもらえる可能性はゼロに近かった。


(ならば……)


 隊長が会合の終わりを告げ、偵察隊の隊長達が帰ろうとするところに副官の男が近寄り声をかける。そしていくらか話をした後に、彼等を帰した。


(しかしこれまで戦ってきた王国の兵士達はボンクラばかりであったが……王国にもマシな部隊はいるということか)


 副官の男はどこか皮肉めいた笑みを浮かべる。今の自分たちを見れば、どちらがボンクラかは考えるまでもなかったのだった。
















 東和人の部隊が陣形をそのままに森へ入ったという情報を受けたのは翌日の朝方であった。


 正直助かった。俺はそう思った。一番リスクが少なく、かつリターンの大きい選択肢をとれるからだ。


 内心ではある程度陣形を変えてくるとは思っていた。それはそれで進軍速度を遅くするという目的は果たせるのだが、どうしてもそれ以上の戦果は出しにくくなる。


「他に何か変わったことは?」

「はい。彼等は今まで以上に速度を上げて進軍しています。これでは全ての偵察隊を一挙集中で攻撃することは難しいかと……部隊をわけますか?」


 団員の提案に俺は首を振る。


「ただでさえ少ない兵力を分散させるなど愚の骨頂だ。それにもう偵察隊なんか無視したっていい」


 俺はなんとなくではあるが相手の状況を察した。おそらくだが、思想の凝り固まった司令官がいるのだろう。もしくは組織全体で保守的な思考になってしまっているか。いずれにせよ人間的、組織的な問題があった。


(人間によくある思い込みだ。これまでは上手くいったのだから、これからも上手くいく。一度勝ったのだから、次も勝てると。連勝したことが裏目に出たみたいだな)


 俺は次の作戦を実行するため、予定通りに団員達を集める。昨日の時点で敵の出方のパターンをいくつかに分けて説明していたため、既に団員達はほとんど準備を終えている。


(奇襲ってのは攻撃されないと思っているところにやるからこそ価値がある。だったら狙う相手は決まっているな)


 一日目と二日目には、偵察隊にも驕りがあっただろう。東の国境付近の部隊を蹴散らした以上、王国の軍はたいしたことないと。


 だがこの二日で確かに緊張感が生まれた。だから次同じ事をしても同様の成果は得られにくい。同じ事が何度も成功するのなら、戦いは苦労しない。


 団員達が集まる。この二日の成功がある程度自信にはなっただろう。多少マシな顔をしている。


「揃ったな」


 俺は団員が集っているのを確認して、作戦を確認する。


「いいか、今日までだ。今日を生き抜きさえすれば、俺たちは生き延びる」


 俺の言葉に団員達がだまって頷く。士気は十分。油断もなかった。


 俺はクローディーヌの方を見る。彼女も随分とマシな顔つきになった。今日の鍵は彼女だ。二日休んでいた分、働いてもらわなければならない。


「狙うは敵の本隊、その隊長の首だ!指揮官を叩いて、王都へ凱旋する!」

「「おおー!!」」


 

 後に最強と謳われることになる第七騎士団の伝説が、ここよりはじまった。






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