第8話 報告:その森には悪魔が出る
はじめは、何がおきたのかさっぱり分からなかった。
いきなり眩しい光で視界を奪われたのかと思ったら、すぐに轟音と共に衝撃で吹き飛ばされた。馬たちは暴れだし、偵察隊の半数以上が落馬してしまった。馬ごと倒れ込んだ兵達も多い。
そして視界が戻ってきたと思ったら部隊のほとんどの兵が意識を失っており、数少ない兵を連れて逃げようにも既に取り囲まれていた。
悪魔のような顔をした指揮官の部隊に。
__とある東和人兵士の手記より抜粋
「いいか、絶対に深追いをするな」
俺はダヴァガル隊、フェルナン隊の面々を前にして念を押す。
「初手で秘術による目くらまし、それから遠距離攻撃だ。力を出し惜しみするな。ありったけの秘術をぶつけてやれ」
俺の言葉にダヴァガルが手を上げる。
「なんだダヴァガル隊長」
「一つ質問だ。何故深追いしない。一人でも逃がせばこちらの作戦が漏れることになるぞ」
「いい質問だ、答えよう。それこそが俺たちの目的だからだ」
俺の説明にダヴァガルが納得のいかなそうな表情をする。無口だがよく表情は動く。俺は追加で説明した。
「奴らの陣形は前に説明したとおりだ。全方位に広く偵察隊を配置し、恐ろしいスピードで情報を共有する。だから後ろから敵が来る心配もいらないし、後方を心配せず全力で本隊が攻撃できる」
「そうだ」
「だがそれはあくまで東の平原での話だ。地形次第ではそうはならない」
俺はもってきた地図を広げて示す。
「やつらの一番西の端の偵察隊、彼等がもうすぐこの森に入る。第一の目標としてまずはその部隊を叩く。ただでさえ森で機動力を失った彼等が、重装備かつ秘術の強化がある俺たちの攻撃力にかてるはずがない。だが念には念を押す。秘術で相手の足と視界を奪ってから攻撃開始だ」
「ふむ」
「俺たちの最終目標は時間を稼ぐことにある。だからこそ警戒されるのはありがたい。敵が進軍を遅めたり、あまつさえ陣形を変えるようであればこちらの思惑通りだ。それと敵はできるだけ捕虜にしろ。捕虜交換を理由に敵と交渉ができる」
「わかった」
ダヴァガルが納得した様子で頷く。ただし捕虜を捕まえるのは必ずしも時間稼ぎのためだけではない。しかしそれを今話しても仕方がなかった。
俺はダヴァガルが納得したのを確認して、俺はどこかふてくされているフェルナンの方を見る。
「フェルナン隊長、先日は失礼な言葉をかけてすまなかった」
「っ!?」
「私としてもなんとか威厳を出そうと必死だった。慣れないことはするものではないな。どうか寛大な心で許して欲しい。この通りだ」
俺は深々と頭を下げる。昨日の今日でいきなり謝罪されたので戸惑ったのだろう。少し不機嫌そうにした後に、「まあ、分かればいい」とだけ言った。
(流石に皆の前で頭を下げれば、溜飲も下がるし、懐の深さを見せざるを得ないか)
俺は内心で舌を出しながら、感謝の言葉を述べる。別に俺はこのぼっちゃんを自分の下につかせようなどと思っているわけじゃない。ただ戦場で使えるようになればいいのだ。だから機嫌を損ねすぎても危ない。
それに内心ではビビっているはずだ。先日の剣幕で、俺が怒鳴ることすらある人間だと。例え貴族であろうと、軍隊において規則は絶対だ。……まあ王国は腐っているしその限りではないが。
いずれにせよ彼は一定のライン引きをしたはずだ。これ以上は出しゃばってはいけないというところを。どこまで自分が好きかってしていいかを無意識下に。そうなれば俺としては一層やりやすい。
(後は適当に戦果報告で彼をとりあげてやればいい)
俺はそんな打算的なことを考えながら、説明を続けていく。
待ち構える位置、攻撃ポイント、撤退方向、作戦目的。とにかくシンプルに、かつ分かりやすく。そもそも練度が高くないこの部隊に、難しいことをやらせたくはない。
(とはいえ一応12騎士団は名目上エリート部隊。俺なんかよりもよっぽど強くて秘術も使える連中だ。あとはその能力を活かして、“軍として”の強さをもたせりゃいい)
誰だって死にたくはない。低い士気も、戦場に引っ張り出して来さえすれば関係ない。退路はないのだ。やるしかない。
「もうじき獲物が来る。俺の合図と共に作戦開始だ」
俺はそう言って部隊を配置につかせる。十分な情報、倍の戦力、地の利に装備相性。どれをとってもこちらが有利。あとは作戦を実行するだけだ。
(さて、いきますか)
俺は全員が配置についていることを確認し、ゆっくりと相手が来るのを待ち構えた。
(あの男は、何者なのだろうか)
クローディーヌは隊長のドロテと共に少し離れた拠点で彼等の戦果を待っていた。もし仮に失敗するようであれば援護して退路を確保しなければならない。だがそれができるかは自分にもわからなかった。
今回の作戦を聞いたとき、自分は当然陣頭に立って攻撃に参加するものだと思っていた。この団でもっとも戦闘力が高く、それこそが騎士の誉れだからである。
しかし彼はそんな自分の意見をあっさりと否定した。
『そんなんだから一向に勝てないんですよ。大将は一番後ろでどんと構えていてください』
彼はそう言ってあっさりと私を最後方に配置した。「どうせ死ぬんですから、最後くらい自分の提案を受け容れてください」。そう言われてしまっては私としても無下にはしづらかった。
「大丈夫ですよ。クローディーヌ様」
ふと脇を見ると少女がにっこりと笑っている。先日彼に質問をした少女だ。
「えっと……」
「あ、すいません。ドロテ隊長指揮下のレリアです」
「そうだったわ。ありがとう、レリア」
クローディーヌは少しこわばった表情で彼女に微笑みかける。心ここにあらずと言った様子であり、どうしても戦いに行った彼等のことが心配であった。
「きっと大丈夫ですよ、クローディーヌ様」
レリアが繰り返し言う。
「そうね。頭では分かっているのだけど……貴方はどうしてそう思うの?」
クローディーヌが尋ねる。レリアはにっこりと笑って答えた。
「だってあの副長さん、ずる賢そうでしたから」
「ずる賢いって……。そうね、そうかもしれないわね」
笑いながらそう言いきるレリアに、クローディーヌもついつられて笑ってしまう。いつも作戦行動時にはあれほど張り詰めていたのに、今日ばかりは少しだけ気が楽な感じがする。
大量の捕虜と馬を連れて意気揚々と帰ってくる彼等を見るのはそれから少しばかりしてからのことであった。
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