第7話 報告:軍の厳しさには合理性がある







「あーもう。忙しい、忙しい」


 マリーはメモを置いてカタカタとタイプライターを打ち込んでいく。数日前ふらりと現れて「これを頼む」とぶっきらぼうに渡してきた男のメモだ。あの男は本当に女性への対応が下手すぎる。花の王都と呼ばれたこの都の出身とはとても思えない。


(もっと頼み方ってものがあるでしょうに)


 マリーはメモを確認しながら今後の予定を考える。一週間ほどの猶予があるとはいえ一人でやるには時間がかかる。他の人間に頼めばいいと思わないでもなかった。


(……まあ、やるけどさ)


 マリーはその時のことを思い出す。『お前しかいないんだ』。そう彼に言われてしまってはやらないという選択肢がなかった。自分自身でもちょろいことは自覚していた。


(帰ってきたら絶対ご飯おごらせてやる。一回と言わず、三回でも四回でも……)


 マリーは呪詛のように恨み言を呟きながら、必死に作業をすすめていく。いつも明るく可愛らしく振る舞う彼女とは真反対の姿に、記者の同僚は一体何事かと遠巻きにみつめていた。


「ふう、とりあえず予定稿は完成ね」


 マリーは一度席を立ち、窓を開けて外の空気を吸う。見上げると満天の星が綺麗に輝いていた。


 彼もこの星を見ているだろうか。いや、きっと見ないだろう。かれにそんなロマンティックな感覚はない。つまらないほどに現実的で、恐ろしいほどに合理的だ。


 だから彼はきっと帰ってくるだろう。相手がどれだけ多くても、死ぬようなことはしない。だからこそこちらも迎える準備をしていなくちゃいけない。


「まったく、早く帰ってきなさいよ」


 星空の向こうへ、マリーは小さく呟いた。


















 ブリーフィングの時間がやってきた。彼等はろくにそんなことをやってこなかったのだろう。やったとしても隊長レベルでの会合か。いずれにせよ全員参加ははじめてらしい。珍しい出来事に皆が何事かとざわついている。


「団員の皆さん、明日より作戦を開始します」


 クローディーヌが話し始める。しかし不安のためだろう。兵士の連中はそれぞれ思い思いに小さな声で話をつづけている。


「おい、聞いたか。東和人はこちらの何倍もいるらしいぞ」

「それなのに俺たちを?本国は俺たちを捨て駒にする気か?」


 兵士達の不安そうな声が聞こえる。中にはうまく逃げられないかと話し合うものまでいた。


「皆さん、お静かに。気持ちは分かりますが、貴方たちの命は私が命に替えても……」


 そうクローディーヌが話している時だった。


「静まれ!!ウジ虫共!!!」


 声が響く。驚くほどに静まりかえった。団員達は皆間抜け面で、ぽかんとしている。


 皆がこちらを注目していた。そりゃそうだ。俺が叫んだのだから。


 俺はゆっくりとクローディーヌが立っている台の上に乗る。そして彼女よりも前に出て話し始めた。


「これより作戦内容を説明する」


 俺は団員二人にあらかじめ用意しておいた大型の地図を掲げさせる。300人程度ならこれで後ろの人間まで見えるだろう。人数が少ないのはこういうときに便利であった。


「まず敵の戦力だ」


 俺はあらかじめ赤く書き込んでおいた丸をレイピアで指す。


「敵は100人規模の偵察隊を一定距離空けて配置。全偵察部隊が騎馬隊であり機動性にすぐれている。敵を見つけ次第本隊に連絡、本隊はその連絡を受けて素早く各隊に伝達した後、一挙集中で敵を押しつぶす。これまでにこの戦法で東側の守備隊はほぼ壊滅した」


 俺は説明を続ける。


「そして本題の敵の戦力だが、敵の先鋒は約3000。少なくともこちらの10倍以上いる」

「じっ、10倍っ!?」


 兵士の驚く声が聞こえる。マリーから仕入れた情報だ。どこよりも信頼できる。


「そんな連中にどうやって戦えって言うんだ!」

「俺たちに死ねって言うのか!」


団員達が口々に騒ぎ出す。俺は大きく息を吸った。


「静まれ!ゴミ共!誰がお前に発言の許可を出した!」


 俺の剣幕に押されてか、団員達は黙りこむ。この程度の威圧におされるんじゃ、兵士としてもたかがしれている。


「お前、いい加減にしろよ」


 俺は声のする方向に目を向ける。おぼっちゃんのフェルナンが話していた。


「こんなこと言って、兵士の士気が……」

「私は貴方に発言の許可を出していませんよ。フェルナン隊長」

「何っ!?」


 俺はここぞとばかりに副長という地位を利用する。


 反感を買っただろう。だが戦闘行動に必要なのは対話ではない。一元化された指揮系統だ。命をかけた状況で、話し合う暇はない。


「いいかよく聞け。相手は恐ろしいほどの機動性を持ち合わせている。逃げることは不可能だ。もし仮に東の大地を支配した偵察網から逃れられる自信があるのなら、今からでも逃げるといい。敵はすぐそこまで来ているがな」


 俺は話を続ける。


「だが俺の指示に従う限りにおいて、お前達を生還させてやる。必ずだ」


 皆がだまって此方の話を聞いている。そりゃそうだ。誰だって死にたくはない。自分の生き死にに関わる情報があるのであれば、黙って耳に入れようとする。


「はじめに言っておく、この作戦行動の目的は敵の撃退ではない。勿論拠点の防衛でも、ましてや敵の殲滅でもない」


 俺は続ける。


「敵の『誘拐』、そして『強盗』だ」


 俺はそう言うと地図上のある地点にレイピアを突き刺した。


「作戦地はここ。この場所から東へ半日ほど進んだ場所に南北に広がる森がある。この地を作戦予定地とする」


 俺はレイピアを抜いて鞘におさめる。というかもう使わない。そもそも俺みたいな奴が接近戦なんてできたもんじゃない。あくまでパフォーマンス用である。


「三日だ。俺の指示に従い、三日生き延びろ。死ぬ気で戦い、文字通り活路を見出していけ」


 俺がそう言うと場は静まりかえる。現在の絶望的な状況に気付かされ、皆動揺している。そりゃそうだ。だからあえて情報を今になって伝えた。もはや逃げることさえできない、敵の目の前に来る段階になってから。


「あのー」


 一人、手を上げる者がいた。兵士とよぶにはあまりに幼く、可愛らしい少女だ。敵の手に落ちれば、地獄をみることになるだろう。


(彼女は確か俺の就任の挨拶の時にも前にいたな。唯一拍手してくれたもんだからよく覚えている)


 俺は彼女に発言を許可する。


「クローディーヌ団長は、この作戦に合意しているのですか?」


 いい質問だ。もっとも欲しかった質問でもある。


 クローディーヌが一歩前へ出る。


「はい。確かに私が承認しました」


 クローディーヌは既に覚悟を決めている。弱気なせいか、それとも訓練に付き合ったことによるものか。いずれにせよ俺の進言を取り入れてくれたことは助かった。


 兵士達の顔が多少マシになる。おそらく腹は決まっただろう。これからビビる人間もいるだろうが、目的がハッキリしていれば道はある。


「よろしいかな」


 俺は団員達に確認する。皆だまって聞いていた。


「これより作戦の最終目的、並びに具体的行動について説明する。まず……」


 俺は説明をはじめる。生き残るためとはいえ、柄にもないことをした。だが、必要なことだ。


 生き残らなければならない。生存こそが勝利であり、生けるものだけが勝者なのだから。









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