第10話 報告:英雄の名は伊達じゃない
「隊長!どうやら偵察隊は森を抜けたようです」
「やはりか。我らが本気になって進軍すれば、王国の雑魚など相手にならんわ」
東和人部隊の隊長は「ガハハ」と笑い、本隊に前進の指示を出す。今頃王国の兵は森を抜けられてしまったことを慌てているだろう。しかし今更慌てて攻撃しだしても、平原で戦えば偵察隊であろうと負けはしない。
「これで儂らは安全に森を抜けられるというわけだ」
「なるほど。流石は隊長殿です」
「ふふふ。年季が違うわい」
兵卒がおだてると更に一層大声で高笑いをする。副官はそんな隊長を見ながら、まだ見えぬ敵に備えていた。
(おかしい。何かがおかしい)
副官は考える。
(確かに進軍速度を上げて森を抜ける指示は出した。流石は東の大地で鍛え抜かれた騎馬隊だ。森の中であろうと、一定の進軍速度を保つことができた。彼等の偵察能力は一流だ。平地にさえ出てしまえば、彼等への奇襲攻撃は成功しないだろう)
本隊が森に入り始める。大人数とはいえ基本は騎馬隊だ。それに本隊は偵察隊とは異なりある程度整備された道を通っていく。ほとんどが半日もしないうちに森を抜けてしまうだろう。
(だからといって偵察隊が無傷で通り抜けられるなんとことがあるか?この森は彼等にとって重要な要所ではあったはずだ。南北に広がり、迂回ができない上に騎馬隊の力を封じることができる。ここを越えてしまえば王都まで基本的に平地が続く。我らが有利になるばかりだ)
そう考える副官の心配はある意味では間違っていた。というのも王国軍は有利な森を利用しようなどとは初めから考えてはおらず、大軍を結集して平地で戦うことを予定していたのである。
王国からすれば久々の対外戦争であり、その威を内外にしらしめたい狙いがあった。しかし大軍を準備して迎え撃つにはある程度の時間が必要であり、時間稼ぎ兼クローディーヌ排除のために第7騎士団を派遣したのである。
しかしある部分で、副官の心配は当たっている。この森は要所であり、王国の軍にとってはこの上ない有利な場所であること。
そしてある程度優秀な指揮官であればそれを利用しないわけはないということである。
「隊長、本隊の最後尾も森に入りました」
「うむ。このまま行けば先遣隊の我らだけで王都までたどり着いてしまうやもしれないな」
隊長は「ガハハ」と笑っている。かなり深いところまで入り込んだ。光はなく、これでは相手を見つけるのも一苦労である。
東和人の副官にとってはここまで深い森に入るのは初めてであった。
(これでは敵を見つけるのも一苦労だ。偵察隊には無茶なことを……)
副官はハッとなり、前後を見る。道は細く、隊列は完全に伸びきっていた。
「してやられた……」
そう呟くとほぼ同時に、眩しい光が東和人達の視界を奪う。
「馬鹿共のお出ましだ。全員…攻撃!」
どこかからそう聞こえた気がした。
「撃て撃て!馬鹿みたいに撃て!秘術が使えなくなるまで撃ち続けろ!」
俺はドロテ隊に指示をして遠距離攻撃を行う。もっとも、俺は秘術が得意ではないのでただ声を出しているだけだ。
ドロテ隊長の率いる後方部隊は秘術や補給等の支援担当である。そのため女性の比率が高く、この前見た少女、レリアもこの部隊の子であった。
敵はまさか自分たちが襲われるとは思っていなかっただろう。慌てふためき馬から落ちるもの、腰が抜けて動けなくなったもの、とりあえず剣を抜いて騒いでいるもの、色々である。
激しい光と轟音は馬だけでなく人間の冷静さも奪っている。攻撃隊は一方的に彼等への攻撃を加えていた。いくら大人数でも細い道ではその意味をもたない。それにまともに相手の位置も分かっていない敵への攻撃は、子供を相手にするよりも遥かに楽だった。
(この深く暗い森で、ましてや不慣れな東和人。いくらなんでも負けはしない)
偵察隊は今頃平地でほっと胸をなで下ろしているだろう。そりゃそうだ。こんな所すぐにでも抜け出したかったはずだ。
しかしだからこそ本分を忘れてしまった。彼等がするべきことは『偵察』であり『いち早くこの森を抜けること』ではないのだから。
(偵察隊が機能しなければ、この陣形も戦術もなんら意味をもたない。せいぜい食い荒らされろ)
俺はそう考えながら戦況をみつめていた。
「騎士団の誉れを力に変えろ。『
団員達がそれぞれ自らに強化の秘術をかけて攻撃を開始する。重装かつ秘術の強化まである兵士達だ。いくら屈強であろうと軽装かつ奇襲を受けて陣も乱れている東和人がどうこうできる相手ではなかった。
『蹂躙』。今の状況を表すとしたらこれ以上の単語はみつからないだろう。文字通り騎士団の連中が敵軍を蹂躙していた。
「ええい!何を慌てておる!反撃せんか!」
俺は敵陣営の中に一際目立った兵士を見つける。周りに怒鳴り散らし、前へ進めといっているようだ。
(見つけた。やつが頭だ)
俺はドロテ隊に遠距離攻撃を指示しようとする。しかしその前に彼女の姿をみつけ、指示するのをやめた。
彼女に任せればいい。少なくとも、この隊で最強の騎士なのだから。
「引き上げの準備だけしよう。退路の確保を」
俺はそうとだけ指示して、彼女の勇姿を高みの見物とばかりに見守っていた。
(不思議ね。今はいつもの震えがない)
クローディーヌは自らがもつ剣に力を込める。秘術の力を戦闘力へと変えてくれるその聖剣は亡き父が残した遺品だった。
(いつもならば失敗することばかり思い浮かべちゃうのに)
「クソッ!何をしている!戦わんか!」
敵の隊長が大声で叫んでいる。クローディーヌはその隊長をまっすぐ見据えて名乗りを上げた。
「我こそは王国第七騎士団が長、クローディーヌ・ランベール。王国を侵す侵略者よ。いまこそ誉れある剣の錆となれ!」
その名乗りに相手も気付いたのだろう。そして理解したようだ。目の前にいる女が、かの英雄の娘であることを。
「丁度いい。これでこの失態も帳消しになる」
敵の隊長が馬に乗ったまま突撃してくる。そしてクローディーヌの背丈ほどありそうなその青竜刀を振り上げた。
「死ねえ!!」
クローディーヌが静かに剣を構える。そして優雅に、その秘術の名を口にした。
『
その一撃に、静寂が訪れる。
一瞬。勝負は一瞬で終わった。敵の大将は跡形もなく消し飛び、その見事な青竜刀だけが地面に残されていた。
相手が馬に乗っており、角度がついていたことが幸いした。もし水平方向に撃っていたら、森にどでかい道を作ってしまっていただろう。
「しかし前大戦の英雄が山を割ったっていうのは、本当みたいだな」
俺は小さく呟く。
彼女の撃った秘術の跡から、太陽の光が差し込んでいる。
その光に照らされる彼女は、女神といわれても信じてしまう程度には美しく、そして輝いていた。
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