第5話 報告:それはおよそ軍とよべる代物ではない
「こりゃあ、ひでえや」
俺は思わず呟いた。
「任務?」
「ええ。今回は南東の村に被害を出している山賊達の討伐よ」
クローディーヌはそう言うと俺に紙ペラ一枚を渡してくる。
「これが作戦書よ。私たちは村を拠点にそこから賊の住処へと攻撃する。一応予定では一週間ほどかかるわ」
「はあ」
俺は自分でもどこか気の抜けた返事をしながらその作戦書なるものを見る。やはりそれを見ただけでそこはかとなく嫌な予感がした。
作戦内容や目的に異議があるわけではない。戦争状態にない現在の王国において、常備軍である騎士団の仕事は主に治安維持や周辺地域の人道支援である。
基本的に王国への忠誠が高まるように仕事をするのが役目だ。賊の討伐などはまさにうってつけであろう。
問題はその作戦書自体である。その分量自体少ない気はしないでもないが、簡潔にまとめられているのであれば問題はない。しかしこの作戦書は簡潔と言うにはあまりに内容がなく、作戦目的も曖昧で、具体性に欠けていた。
「ちなみにこの作戦書はだれが?」
俺が尋ねる。
「え?勿論私が決めたけど。一応貴方も次からは協力してもらうわ」
「……さいですか」
『一応』という言葉がひっかかる。今までは一体どうやっていたのか。
「フェルナン隊長は参加しないのか?もともと副長代理だったんだろ」
「少し前は彼にも参加はしてもらっていたけど、作戦失敗の責任を問われたときに怒ってやめてしまったわ。『そんなに言うならお前らがやってみろ』って」
「あー」
まあ貴族のボンボンだ。一回の失敗で腹を立てたのだろう。『周りが悪い。もっとマシな部下がいれば勝てた』等々。典型のパターンだ。
本来であればクローディーヌも責められるべきだろう。それとも英雄の娘は責めにくいのだろうか。もしくは戦闘力として貢献が大きい分、クローディーヌに不満がいかないのか。いずれにせよ作戦失敗ばかりする団で、指揮を執りたがる奴はいない。
俺はクローディーヌの様子をうかがう。気丈には振る舞っているが、すこし辛そうにも見える。どうやら彼女も団の成果が芳しくないことについては思うところがあるようだ。
(はてさて、どうなることやら)
俺はせめて死ぬことがないようにと装備の点検をいつも以上に入念に行い、彼女達とともにその任務地へと向かった。
山賊討伐は混迷を極めた。泥沼と言っても良い。簡潔に言うのであれば失敗した。
村を奪還するところまでは非常にスムーズにいった。まあ敵の規模がそもそもこちらの三分の一程度しかないのだ。それに騎士団とは違い、盗賊達は秘術が使えない。当然と言えば当然である。
しかし問題はそこからであった。彼等の拠点を叩こうと山に入れば、たちどころに罠や待ち伏せをくらい、ろくに進軍できなかった。
始めのうちはそれなりにやる気のあった騎士団の兵士も、少なくなっていく備蓄に徐々に苛立ちが募る。そうした苛立ちは部隊間の不和を招き、互いにその責任を押しつけ合うこととなった。
フェルナンこと貴族のぼっちゃんがその典型だろう。作戦の失敗をもう一つの部隊の隊長であるダヴァガルに押しつけ、無茶な進軍をさせる。ダヴァガルの方も捨て石になるまいと遅々として進軍しない。
一方で三人目の隊長、ドロテはどうしているかというと彼女は後方担当に徹しており前線の二人とは距離を置いていた。
クローディーヌはうまく二人をまとめながら進軍を再開していくが、結局そんな様子でうまくいくはずもなく、2週間ほど経って補給の観点から撤退が決まった。
聞くところによると代わりに任務を請け負った第一騎士団は3日もかからずに賊を殲滅したらしい。見事なものである。
こうして俺が初めてこの騎士団で受けた任務は、まるで出る幕もなく、なんの不思議もないままに失敗したのであった。
「あ、いたいた。アルベール!こっち、こっち!」
マリーがいつもの食堂の前で手を振っている。ぴょこぴょこと跳ねるその姿は、身長の低さとあいまって小動物のような愛くるしさを見せている。もっとも俺と同い年であることを考えれば、もう少し自重してほしいものだが。
(まあこの相手に警戒させない感じが情報屋としてやっていく秘訣なのかねぇ)
俺はそんなことを考えながら、マリーと共に食堂に入る。俺は決して油断しない。彼女に隙を見せれば魂までしゃぶり尽くされるのだ。俺は身をもってそれを知っていた。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
「ソンナコトナイデス」
恐ろしいほどに鋭い。俺は背中にうっすらと汗がつたった気がした。
「そんなことより、これ。頼まれていた資料」
「お、助かる。サンキューな」
俺はマリーから書類を受け取り目を通していく。そこには第七騎士団のこれまでの任務記録がびっしりと丁寧にまとめられていた。
「もう、感謝してよね。軍の資料ったらもうまともに記録されてなくて。まったく、どれだけずさんな管理をしているのよ」
マリーが不平を垂れるのもしょうがない。王国軍勤務の俺ですら、軍に頼るよりも彼女に頼るほうがはるかに正確だと思うのだから。
「それで?」
「ん?」
「どうだったの?初任務は?」
マリーがニヤニヤしながら聞いてくる。結果を知っているくせに聞いてくる辺りが意地が悪い。
「……失敗したよ」
「へ~、意外!」
「……嘘つけ」
マリーは楽しそうに笑いながら俺を見ている。俺はその視線を無視しながら書類の中身へと意識を集中させていく。
「今回の失敗で連続で5回も失敗してるんだって。最初の数回は完全に失敗ってわけじゃないみたいだけど、ここ数回の任務は弁解のしようがないくらいに失敗してる。それも難易度の高い任務ですらないのに」
マリーがぱくぱくと食事を進めながら説明していく。俺はその話を聞きつつ、さらに読み進めていく。
(しかしここまで戦果が悪いと、いくら英雄の娘といえども……)
王国軍における評価は基本的に中枢が決める。したがって贔屓にされれば地位は保証されるがそれにも限度がある。
(しかし何故ここまで?そもそも優遇されているのであればあんな小規模には……)
俺は先日の任務のことを思い返す。隊長の問題もあったが、そもそもの兵士の士気が異常な程に低かった。
異常に士気の低い兵士達。お世辞にも良いとは言えない隊長。それに実戦経験のない副長の就任。
嫌が応にも見えてきた。
「成る程ね」
俺はそう言って書類をしまう。そして手つかずの料理に手を伸ばした。
「何か分かったの?」
マリーがニヤニヤしながら聞いてくる。分かっているくせに。やはりこいつは意地が悪い。
「『英雄の娘』さん。随分と嫌われているみたいだな」
「まあね。彼女良くも悪くも正義感が強いから」
クローディーヌはマリーや俺と対極の位置にいるだろう。正義感が強く、責任感がある。だからこそ搦め手や卑怯なことはできない。そういう人間は、きっと多くの人に慕われるだろう。
だが同時に敵も作る。彼女を貶めようとする人間がいくらも軍にいるのだ。そして残念なことに、そういう連中は権力を握るのがうまいのだ。
「それで?」
「ん?」
「アルベールはこれからどうするの?」
マリーはどこか楽しそうに聞いてくる。どうするも何もこのまま次の異動まで待つだけだ。今までのように、息を潜めて。だが今のうちにある程度コネを作っといた方がいいかもしれない。フェルナン辺りにでも媚びを売っておこう。
「まあなるようになるさ」
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「……話聞いてたか?」
「大丈夫。私、アルベールのことよく知ってるから」
マリーがうれしそうに笑う。何を期待しているのだか知らないが、俺にできることなんてたかがしれている。
それに、それにだ。もし仮に俺にそれだけの能力があったとして、彼女にそこまでやる義理はない。彼女とはほんの最近出会ったばかりだ。彼女についてだって、馬鹿みたいに強いこと以外は何も知らない。
(人はそんなに他人のことを気にしてなんていられないからな)
俺はぼんやりとそんなことを考えながら、いつも通り安い食事を堪能していた。
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