第4話 報告:彼女は強く、気高く、そして脆くもある
空が青い。今日も快晴の空は眩しくも暖かく俺を迎えてくれる。普段であればこの天気だけで気分が晴れたであろう。少なくとも、地面に組み伏せられて剣を突きつけられていなければ。
「貴方……驚くほど弱いわね」
「……ほっとけ」
俺はクローディーヌに見下ろされながら、ふてくされるように呟いた。
人には向き不向きがある。勉学に向く者もいれば、力仕事に向く者もいる。音楽の才能に秀でた者もいれば、美術の才能に秀でた者もいる。要は人それぞれなのだ。皆違って皆良い。
「だから無理だって言っているだろ。俺は既に疲れているんだ」
「まだ5回しか模擬戦をやってないじゃない……」
「5回もだ。間違えないで欲しい」
クローディーヌは呆れたように顔を手で覆う。ここは訓練場で他の兵士も見ているのだ。あまり恥をかかせないでほしい。俺は切に願った。
「さあ、もう一本」
「勘弁してくれ……」
結局、俺と彼女の模擬戦は俺が気を失うまで続いた。
事の発端は彼女が俺の力をみたいと言ったことからである。勿論俺は断った。王国でも屈指の実力者であり、英雄の血筋を受け継ぐこの女性にどうしろというのか。それにこちらはただでさえ士官学校の実技をギリギリでくぐり抜けてきたのだ。挑む方が間違っている。
しかし彼女は上官命令と称してこれを拒否。結果こうしてしぼられていたのだった。
男が女になんて思う人もいるかもしれない。軍人でないのであれば、その限りだ。
しかし王国が軍事力の核としている『秘術』の存在がこれを大きく変えるのである。
『秘術』。それは奇跡にも近い力であり、特殊な訓練の末身につけることができる。基本的に誰でもできるようにはなるし、俺も使えるようにはなった。しかしその力の大小は素養によって大きく差が出てしまう。
まず第一に秘術は遺伝的要素をふくむ部分が大きい。より高貴な身分や、強い軍人の家系は秘術に秀でた者を多く輩出する。
第二にそれは信仰心に比例する。その力を強く信じる者に秘術の才が与えられるのである。だから聖職者の中に、秘術の才を持つ者も多い。
だから王国軍にいる貴族兵が必ずしも無能と言うことはなかった。とりわけ大型秘術をつかえる騎士や聖職者は軍の中枢になり得たし、そうした彼等の力が国を守っている部分もあった。
ついでに王国の軍に女性が多いのもこういった影響がある。西の帝国の軍隊は、基本的に男が九割九分を占めているが、王国の軍は二割近くが女性である。それは女性の方が信仰心を持ちやすく、秘術に優れた人間が多いからとされている。
秘術を一人前に操ることのできる女性は、屈強な男を3人相当に匹敵する。それだけ秘術による戦闘力の底上げができるのであれば、軍が利用するのもうなずける。
まあそんなこんなで女性であり貴族であり英雄の娘であるクローディーヌ嬢に、信仰も血筋もまったくない俺がボコボコにされるのもある意味では当然であった。
(ああ、頭がフラフラする)
俺は意識を取り戻し、起き上がる。見ると一応配慮してくれたのか、訓練場脇のベンチに寝かされていた。
辺りはすっかり暗くなっており、既に訓練場には人が誰もいなくなっていた。
(俺も、帰るか……)
そんなことを考え立ち上がったときであった。
「……起きた?」
「うわっ!?」
俺はつい驚いて情けない声を出す。見ると暗くなった訓練場で一人黙々と訓練をしていたクローディーヌがいた。
「何やってるんだ?お前」
「な、失礼ね!貴方が情けなく気を失うから、こうして待っていたんじゃない!」
「待っているたって……」
俺は周りを見渡す。既に人影はなく、辺りも真っ暗だ。女性が一人いていい時間ではない。ましてや、英雄の娘ともよばれる女性が。
「分かった、分かった。ありがとうございます。団長殿」
「分かれば良いのよ。どういたしまして」
俺はとりあえず場をおさめるため礼を言う。上には従え、楯突くな。軍で生き抜く教訓である。
「団長殿は流石にもうあがりますよね?」
俺が尋ねる。
「そうね」
「分かりました。じゃあ行きましょう」
「行きましょう?」
「そりゃ送るからですよ。夜道は危ないでしょう?」
「え?」
「ん?」
しばしの沈黙。しばらくして不意にクローディーヌの方が笑い出した。
「はははははは」
随分と楽しそうに笑う。今までの彼女の姿とはギャップがあり、どこか心に刺さるものがあった。
しかし何がおかしいのか。俺は首をひねる。クローディーヌは一通り笑った後で、話し始めた。
「とても私に気絶させられていた人の言葉とは思えないわね」
「……ほっとけ」
俺はそっぽを向いて答える。こういうのは実際の腕っ節ではない。マナーの問題なのだ。そういうところを分からないからこの女はダメなのである。
「じゃあ、お願いするわ。リュシーもいつになるか分からないからと帰してしまったし」
クローディーヌは「行きましょう」と行って歩き出す。俺は彼女の足下に訓練用の模擬剣を忘れているのをみつけた。
「おい、訓練用の剣を……って、重っ!」
俺はそのずしりと重い模擬剣を拾い上げる。彼女はそれをあっさりと受け取った。
「ごめんなさい。ついうっかり。……ありがとう」
「お前……凄いな。その馬鹿力」
「……なんだかその褒められ方はうれしくないわね。それに当たり前だけど秘術で身体能力を底上げしているわ」
彼女は簡単にそう言うが、秘術による身体強化も決して簡単ではない。少なくとも俺はあれを簡単に振ることができるほどに強化はできない。
よく見ると彼女の手には努力の跡が見える。昼間は見る前に気絶したし、今までは暗くてよく見えなかった。
それは鍛錬に励んだ結果であろう。彼女がただ与えられた才だけに頼ってきたわけでないことは十分にうかがえた。
「なあ」
俺はつい好奇心から質問する。
「なんでそんなに強いのに、さらに訓練をするんだ?」
俺の言葉に彼女が振り返る。
「……強くなんてないわ」
「え?」
「それに、訓練をしていないと、どんどん信じられなくなってしまうもの」
彼女はそれ以上は何も言わなかった。俺はなんと言うべきかもわからず、気付けば彼女の豪邸の前まで来ていた。
「それじゃあ送ってくれてありがとう。さようなら」
彼女は貴族らしく上品に笑って門をくぐっていく。
その笑顔は美しく可憐でありながら、どこか憂いを帯びていたような気がした。
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