第3話 報告:情報をカネにする奴に碌な奴はいない
部署の引っ越しが終わり、俺は残ったわずかばかりの体力を振り絞って寮へと向かう。基本的に兵の多くはすし詰めの兵舎で寝泊まりする。しかしある程度地位が上がってくると寮の一部屋を貸し出してもらえるのだ。副長就任における数少ないメリットであった。
やっとの思いで得た一人暮らし。どこか心を躍らせながら歩いていると不意に後ろから声を掛けられた。
「随分楽しそうですねぇ。旦那!」
「……お前に会うまではな。マリー」
情報屋マリー。可愛らしい顔とは反対にどす黒いなんて言葉じゃまるで足りないほどの『黒』を腹に抱えている女である。
「それはそうと、副長就任おめでとう!これでアルベールも立派な指揮官だね!」
「……軍の人事は重要機密だぞ。何故まだ公表されていないのにお前が知っている?」
「ええー。何でだろうなぁ」
とんだはぐらかし方だ。どうせ良くないルートから仕入れたんだろう。軍のありかたが益々心配になってきた。
俺は大きなため息をつきながら振り返る。俺の顎の高さほどにしかない小さい女性がニコニコした顔で俺をみつめていた。
「昇進祝いでしょ!ご飯行こ!」
「断る」
「ええーそんなぁ。後方司令部のお姉さんにまるで相手にされずに振られたこと、まだ引きずってるの?」
「……なんでお前がそのことを知っているんだ?」
「ええー?なんでだろうなぁ」
俺は大きくため息をついた。どうせ言い合っても勝てる相手じゃない。さっさとあきらめるとしよう。
「……いつものとこだぞ」
「わーい!アルベール大好き!」
「いい年の女が可愛い子ぶるな……って痛てててて!脛を蹴るな!」
「ホントデリカシーがない。王国の男としては珍しいぐらいに君は女性の心を掴めないな」
「……ほっとけ」
確かに王都の男は他の都市に比べてモテる男が多い。まあ育ちが良く、社交になれているのもあるだろうが。
……あんな軟弱な連中の何が良いのか。王都には男の価値が分からない女ばかりである。
………………。
やめよう。空しくなってきた。
俺は彼女を伴い、城下の安食堂へと向かう。階級が上がっても増える給料はわずかばかりだ。贅沢ができるほどの余裕はとても無かった。
「大陸で名高い花の都も、実態はこんなもんかねぇ」
「アルベール?君自身の貧しさを一般化しちゃいけないよ。貧しいのは君みたいな人だけだからね?」
「…………」
俺はニコニコと毒をはくマリーを連れて、なじみのある道を歩いていた。
「かんぱーい!」
「……乾杯」
俺はマリーと共に乾杯をすると、その安い葡萄酒を口に含む。やはり安くても葡萄酒だけは美味い。この王国の名産品と呼ばれるだけはあった。
「しかし、驚いたよ。後方でせこせこ働いていた君がまさかの12騎士団に派遣されるなんて。それも副長として就任するって言うんだから、びっくりしたよねぇ」
「……随分とトゲがありませんかね。マリー嬢」
俺はちびちびと舐めるように葡萄酒を味わう。たくさん飲むほどの金はない。したがって少しずつ味わうしかないのだ。
「ところでさ」
マリーが聞いてくる。
「あのお嬢様にはもう会ったの?」
「お嬢様?ああ、クローディーヌ嬢のことで」
「そうそう。英雄のご令嬢」
「会ったには会ったが……」
俺は初めて彼女にあった時のことを思い出す。態度の悪い女ではあったが、男である以上布一枚のあの姿はしっかりと目に焼き付けてある。
「…………」
「痛っ!何するんだよ!」
「別に。ただなんかスケベな顔してた」
この女、勘が良すぎる。情報屋として生きているだけのことはあった。
俺は蹴られた脛をさすりながら彼女の近況について聞いてみることにした。
「そういえばお前の方はどうなんだ?」
「どうって?」
「いや、仕事とか」
「うん。えっとね、私も最近就職したの。王都付の新聞記者。一人でやるのも限界があるからね」
「そうか。凄いじゃないか。なかなかなれるもんじゃないぞ」
俺は素直に感心する。マリーにしては珍しく、少し照れくさそうに「……ありがとう」とだけ言った。
「だからアルベールも早く出世してね。そしたら私が専属で記事を書いて、その記事で一儲けするから」
「はいはい」
「……随分やる気無い返事ね」
「まあな」
残念ながら彼女の期待に応えれそうにないことは自分でもよく分かっている。俺は出世は好きだし、権力も好きだ。だができないことをやろうとするほど馬鹿じゃない。
「なあ」
「なに?」
「あの騎士団……多分弱いだろ」
「え?」
「お前、何か知ってるんじゃないのか?」
俺の質問にマリーは少し困ったような顔をする。そしてどこか話しづらそうにその内容を話してくれた。
「第七騎士団、英雄の娘が団長になった騎士団だけど、これまでほとんど成果を上げられていないの」
「やっぱりね」
「勿論大きな戦いが少なかったっていうのはあるけど、それでも盗賊退治や治安維持に騎士団が出向くことはある。それでも、大した成果はあげていないわ」
俺は頷きながらふかし芋を口に放り込む。安食堂の定番メニューだが、若い身としてはできれば肉が食べたい。
「理由は分かるのか?」
「昨日の今日でそこまでは分からないわ。もう少し調べてみる」
「ん。まあ別に無理にそこまでしなくてもいいぞ。お前も仕事があるだろうし」
「…………鈍感」
「ん?なんだ?」
「なんでもない!」
「何キレてるんだよ……。あれか?あの日か?」
「……サイテー。あんたって本当にモテないでしょ」
「失礼な。そんなことはないぞ」
「今までの戦績は?」
「………2勝6敗」
「嘘ね」
「2勝8……」
「0勝11敗でしょ。だませると思ってるの?それとも一個一個エピソードを披露しようか?」
「……ゴメンナサイ」
なんでこいつはそこまで詳しいんだ。これだから情報を商売のネタにする奴は碌でもない。
「さっ、そろそろ帰ろう。私お腹いっぱいになっちゃった」
「お前……俺の分まで食べてないか?」
「アルベール、今日はありがとう。ご馳走様!」
「待て、何しれっと俺に払わせようとしてるんだ。おい、待て……行っちまった」
俺はしぶしぶ二人分の食事代を払い、店を後にする。とんだ昇進祝いもあったもんである。
(まあでも、アイツが元気そうにしてるなら、それでいいか)
俺は普段より少しばかり寒くなった懐をさすりながら、寮への帰り道を颯爽と歩いていった。
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