20話 遺跡荒野へ

 岩と砂、少しの草。そして点在する崩れた石壁や石柱。遺跡荒野と呼ばれる地域はそれらで構成されていた。過去にこの地域に存在した都市の名残が時代を経て風と砂に侵食されて出来上がった、どこか物寂しい場所だ。


 今日は依頼を受けず、下見や魔獣の動きの確認という名目で遺跡荒野に来ていた。


「ヴァンさん! そっちに行きましたわよ!」


「任せろ!」


 シールドに鈍い衝撃が走る。長さ2mはあろうかという鎧百足の体当たりを全身に力を込めて受け止め、相手が怯んだ瞬間に逆に押し返す。鎧百足は少し後ずさるが、すぐにこちらへ再び突進してくる。


「リンカ! マリー!」


「はい!」


 再びの衝撃。今度は押し返さずに留める事に専念する。その間にリンカは鎧百足の側面へ、マリーはの反対側へと回り、素早く足の付け根付近に斬撃を浴びせる。


 鎧百足はとても頑丈な外骨格が特徴の虫型の魔獣だ。全長2m前後で、主な攻撃方法は外骨格を活かした体当たりと、長い体で対象に絡みつき締め上げる攻撃の2種類だ。


 外骨格は斬撃による攻撃にとことん強いという性質を持ち、生半な威力であれば弾かれてしまう。しかし打撃には弱く、メイス、ハンマーを扱う者がいれば攻略難易度は下がる。それと足の付け根部分は斬撃でもダメージを通しやすく、機動力を奪うことができる。


 鎧百足をうちのパーティで攻略するならば、初撃を俺かロゼが受け、その間にリンカとマリーが足を斬り機動力を奪う。そしてヘイトがリンカとマリーに移った瞬間に俺かロゼでトドメ、という流れが最適解だろう。


 そして今リンカとマリーが見事な剣捌きで鎧百足の足を斬り落としたことによって、青い血を流しながら痛みに悶えている。そして頭部をリンカに向け、戦意を滾らせる鎧百足。


「意識を逸らしたな?」


 防御姿勢を解き、素早く鎧百足の胴体部分に狙いを定める。一撃で仕留めるならば頭部を貫くのが理想だが、鎧百足の頭部はリンカの方を向いているため、近い部分を狙う事にする。


 軽く腕を引き、勢いを付けて胴体に叩きつける。そしてそれと同時に術式が起動。炸薬術式が励起し、爆音と共に杭を打ち出す。久方ぶりに味わうその振動だけでもう精神的な絶頂を迎えそうになるが、戦闘中なのでさすがに自重する。


 加速術式によって更なる威力を加えられ打ち出された杭は鎧百足の外骨格を撃ち貫き、その体に大きな風穴を開ける。


 ビクン、と一度大きく震え、崩れ落ちる鎧百足。久しぶりのパイルバンカーの余韻に浸っていると、鎧百足の死骸の向こう側に青い血と肉片を頭から被ったリンカが見えた。


「あ」


「いえ、私の位置取りが悪かったんでしょう。わかりますよ。マリーさんは綺麗に避けてますからね。ええわかってますとも」


「いや、その……すまない……」


「はい、タオル。乾くと落ちにくくなるから早めに拭いちゃいなさい」


「ありがとうございます」


 べっとりと付着した血をタオルで拭っていくが、やはり完全には落ちないようだ。


「今日は早めに切り上げた方が良さそうですわね。依頼を受けないで来たのが幸いでしたわ」


「そうだな。鎧百足は今ので3匹目か。後は武装鼠を1回は相手にしたかったが、次の機会でも問題無いだろう」


「いえ、川か何かで軽く流せば大丈夫ですよ。続行しましょう」


「ダメよリンカ。装備に魔獣の血が付着したままだと劣化が早くなる可能性があるわ。一度戻ってしっかり整備した方がいいわよ」


 魔獣の生態については未だに謎が多い。一般的に魔石を核とした生物全般を魔獣と呼んでいる。そのため鎧百足のような虫型でも魔″獣″とカテゴライズされるのだ。


 その未知の生態のひとつに、魔獣の青い血液は物質の劣化を早める効果がある。血液中の魔力が影響を与えてるのでは、という学説もあるが、真偽のほどは定かではない。


「へぇ、そういえばヴァンさんから剣に付着した血はなるべく早く拭えって言われてましたけど、そういう事だったんですね」


「そういう事だ。が、どうやら今回は悠長に拭っている暇は無さそうだな」


「ええ。念願の武装鼠ですわよ? 数は4匹……いえ、ちょっと離れたところに弓持ちが1匹居ますわね。アレから先に潰さないと厄介ですわ」


 戦闘音に釣られたか、武装鼠の集団が身を潜めながらこちらに近づいてきていた。こちらが武装鼠を察知している事に気が付いていないのか、気配をなるべく殺しているようだ。


「あら本当だわ。相変わらず視力いいわね。ヴァン、どうする?」


 武装鼠は1m程の大きさの二足歩行する鼠のような魔獣だ。名前の通り武装をしていて、集団で行動する知性を持つ厄介な奴らだ。持っている武器は不格好な剣や槍、弓等だ。どこかから持ってきたのか、はたまた自分たちで作っているのか、やはりこれもまた未知の生態のひとつだ。


 白銀狼と同じように数体の集団で行動をするが、白銀狼と大きく違うところはやはり武器を持っているというところだろう。


 白銀狼にも牙や爪はあるが、やはり剣や槍とはリーチが違う。戦闘においてもっとも重要な事は、自分がダメージを負わずに相手にダメージを与え続ける事だ。リーチが長いということはその分リスクが減り、リターンを得る可能性が増えるということでもある。


 増してや今回の集団は弓を持っている個体もいる。遠距離攻撃の手段があるというのは非常に厄介で、存在するだけで意識の何割かを弓の警戒に割かなければいけなくなる。なので現状取れる手段といえば、まず真っ先に弓持ちを潰す事だ。


 幸い武装鼠は個々の能力自体はそれほど高くない。それを補うための武装なのだろう。なので弓持ちであれば接近してしまえば、即座に斬り捨てることが出来るだろう。


「……よし。俺とマリーで前衛4匹を引きつける。ロゼは弓持ちに投石、リンカは投石で怯んだ弓持ちに突っ込め。ロゼは投石後すぐに俺とマリーに合流。リンカは弓持ちを潰したら自分の判断でフォローに回ってくれ」


「「了解!」」


「了解ですわ!」


 相変わらずロゼだけ掛け声が揃わないな。





「フンヌゥラァ!!!」


 相変わらずの男臭い掛け声で投石をするロゼ。その掛け声のおかげかどうかは知らないが、糸引くような軌道を描いて少し離れた場所にいる弓持ちに直撃した。


「ヂュ!?」


 その瞬間にリンカは駆け出し、他の武装鼠達は慌てて弓持ちを守ろうとリンカを追いかけようとする。


 が、もちろんそれは俺とマリーが許さない。


「お前らの相手はこっちだ!」


「余所見してると危ないわよ!」


 こちらから意識を逸らした武装鼠の1匹をパイルバンカーのシールド部分で殴りつける。本来であれば開幕ブッパで1匹仕留めたいところであったが、排熱がまだ済んでいないためそれは叶わない。


 一方マリーはというと、鋭い剣閃で槍を持った武装鼠の片腕を斬り落としていた。前衛の中でも素早く槍持を選び無力化したマリーは、やはり戦闘に慣れているのだろう。経験の足りていないリンカなら、一番近くにいた短剣を持った武装鼠を狙っていただろう。


 前衛のうち1匹はシールドで吹き飛ばされ、1匹は片腕を斬り落とされた事で、弓持ちを守るどころでは無くなった事に気付いた武装鼠達は慌ててこちらに向き直る。


 やはり知性が高いのか、慌てて突っ込んでくるような事をせず、吹き飛ばされた個体に近づき、復帰を待つために守りの姿勢を取っている。


 しかし時間が経てば有利になるのはこちらの方だ。丁度リンカが弓持ちの身体に剣を突き立て、武装鼠の身体を蹴飛ばし剣を引き抜いたところだった。ロゼも大盾を構えてマリーのカバーに入った。


「一度斬り込むわ、フォローよろしくね?」


「了解。槍持が1匹残っているから気をつけてくれ。排熱も終わったところだ、次で仕留める」


 姿勢を低くして駆け出すマリーに合わせて俺とロゼは左右に展開する。流れを読んだリンカが武装鼠達の背後を取ったため、包囲するような形になった。


 槍を持った個体がマリーを迎撃しようと槍を突き出す。しかしマリーは剣をすくい上げるようにして槍を弾く。慌てた武装鼠のもう1匹がフォローしようとするが、そこにすかさずロゼがバトルハンマーを横凪に振るい牽制をする。


 剣の個体はスレスレで避けたようだが、その隙に槍を弾かれた個体はマリーの剣の餌食となる。音もなく振るわれた剣はまるで紙を割くかのように武装鼠の首を断ち斬る。


 そして残りの1匹がロゼのハンマーに怯んでいる隙に、リンカが剣の個体に斬り掛かる。武装鼠は反応しかけるも、間に合わず胸に深い裂傷を受けた。


「よっし、これで終わりですね!」


「残念ながら減点1だな」


 最初に俺がシールドで吹き飛ばした個体が起き上がり、油断しているリンカに襲いかかろうとしていた。が、そこにパイルバンカーを叩き込み二度と起き上がれないようにしてやった。


 そして飛び散る武装鼠の血と臓物。再び全身にそれを受けるリンカ。


「これはヴァンさんも減点1なのではなくて?」


 本当に申し訳ないと思っている。

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異世界パイルバンカー hallelujah!! @hallelujah83

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