19話 たまってる、ってやつなのかな……?

「さて、皆揃ったな。今日は大事な話がいくつかある」


 依頼で森に入った翌日。休養日と定めていたが俺から頼んで夜の酒場に集まってもらっていた。晩飯も兼ねているのでテーブルには適当に料理を頼んでいる。


「わざわざ休養日に集合かけるなんて珍しいわね。何かあったのかしら?」


「そうですね、確かにヴァンさんからってのは特に珍しいかもしれません。あ、すいませーんこっちにお酒くださーい」


「待て、流れるように酒を頼もうとするな。話が終わってからにしてくれ。料理は食べながらでも良いから」


 寄ってきたウェイトレスに酒のキャンセルを告げ、改めて三人に向き直る。ロゼはもう料理をガッツリ食べていた。


「えー、もう私喉乾いたんですけど。今すぐにでもこの乾きをアルコールで潤したいんですけど」


「終わったら飲んでくれ。止めないから」


 渋々と言った表情で料理に手をつけ始めるリンカ。ロゼは目の前の皿を完食しそうになっていた。


「あー、それでだな。まず一つ目の大事な話なんだが、パッチさんからの使いが今朝方来た」


「例のコレクターの件ですわね。いつ頃面会できますの? 自分以外の貴族に会うのは初めてなのでちょっと楽しみですわ」


「ロゼの妄言は置いておくとして、ようやく連絡が来たのね。あの宴からもう2週間になるものね」


「妄言は言い過ぎではなくて!?」


「いや、口いっぱいに料理を頬張って片手に骨付き肉を持った貴族はいないだろう。妄言で合ってるんじゃないか」


「そんな貴族いませんよね。流石に」


 口々にロゼ貴族説を否定していたら少し拗ねてしまったらしく、そっぽを向いて食事を再開してしまった。まぁ会話自体は聞こえるだろうし、別に問題は無いだろう。


「で、だ。件のコレクター貴族なんだが、10日後に面会の予約が取れた。放蕩息子だなんだと言われてもやはり貴族、そこそこ忙しくはしているようだな」


「えぇ……更に10日も待たなきゃいけないんですか。いいご身分ですね、何様ですか」


「お貴族様だろう。そもそも本来であれば銅等級の冒険者なんて相手にもされないんだ。時間が掛かったとしても会ってくれるだけ有難いと思わなければな」


「そんなもんなんですかねぇ。まぁそれはわかりました。じゃあその間は今まで通り森で依頼をこなす感じでいいんですか?」


「それなんだがな、ここからが2つ目の大事な話だ」


「そういえば大事な話がいくつかある、って言ってたわね。今の流れだと狩場についてかしら?」


「話が早くて助かる。ここ最近森で白銀狼の残党を処理してきたわけだが、そろそろ落ち着いてきたころだ。お陰で4人での戦闘にも慣れてきたし、そろそろ狩場の変更を視野に入れるべきではないかと考えていてな」


 白銀狼の個体数が減ったことで、森は以前の姿を取り戻しつつある。近頃は他の銅等級の冒険者も角うさぎ狩りに精を出しているのを見かける。


 ならば白銀狼がいなくなれば角うさぎ狩りに戻るのか。答えは否である。リンカの戦闘経験を積むため、最初は安全を考慮して角うさぎをメインターゲットとしていた。


 しかし近頃は白銀狼との戦闘でも安定感があるようにみえる。ようするに今更角うさぎを狩っても得るものがあまり無いのだ。


「あら、こと冒険者稼業においては慎重派のヴァンにしては珍しいわね。でもまぁそうね、リンカの腕もメキメキ伸びてきてるものね」


「本当ですか? マリーさんにそう言って貰えると自信つきますね。でもまだマリーさんから1本も取れてないんですよねぇ」


「ふふ、私も剣術はそこそこやってきたつもりだし、一朝一夕にはいかないわよ?」


 マリーは休養日の予定が無い時にリンカに簡単な剣術の稽古を付けている。以前は俺がリンカに稽古を付けていたのだが、こと剣術においてはマリーの方が長けているために頼んだのだ。


 マリーも案外楽しんで鍛えているらしく、たまにやり過ぎてクタクタになっているリンカを見かける。


「森から変更、となると遺跡荒野になりますかしら?」


 料理を食べて機嫌が治ってきたのか、ロゼも再び話に加わってくる。


「そうなるな。鎧百足は俺のパイルバンカーとロゼのハンマー、武装鼠はリンカとマリーのスピードと手数を活かして戦えばいいと思う」


「泥溶人、でしたっけ? それはどうするんです?」


「泥溶人は稼ぎにならないし、そこまで害をなすような魔獣ではないから、依頼で指定されない限りはノータッチだ。なるべく泥溶人の依頼も避ける方向でいく」


 泥溶人はとにかく面倒なのだ。魔石を覆うコアを叩けば倒せるものの、それ外のダメージは周囲の土から再生するうえに、倒したとしても魔石以外に価値のあるものを落とさない。


 泥溶人の魔石自体はそこそこの値段で買い取ってもらえるが、こいつを狙うくらいならば鎧百足や武装鼠を狙った方が圧倒的に良い。


「確かに泥溶人はできるなら相手したくないわね。とにかく面倒な癖して得るものが少ないとか最悪よアレは」


「なるほど。避けるってのもアリなんですね」


「遺跡荒野の依頼を受けている冒険者の大半が避けている。泥溶人は放っておいてもそこまで増えないし、生息地域も湿気った土のある場所と分かりやすいからな」


「わたくしとマリーも一度相手をしましたが、一体倒すのに結構な時間がかかるので面倒ですわ」


「しんどかったわよね、アレ……」


 当時の戦闘を思い出しているのか深々とため息をつくマリーとロゼ。相当な苦労があったようだ。


「お二人でもそんなに大変だったんですねぇ」


「まぁパイルバンカーならコア付近をブチ抜けば問題は無いんだがな。基本は避けるが、避けようが無い時は俺がメインで相手をしよう。魔石の無事は保証しかねるが、まぁ問題は無いだろう」


「パイルバンカーをブッ放せる可能性が見えた瞬間生き生きとし過ぎでは? というか魔石ごとぶっ飛ばして問題無い訳ないでしょうこの頭パイルバンカー!」


 お? 褒め言葉か? 


「なんで嬉しそうな顔してるんですのこの人……」


「もう慣れてきたけど、それがヴァンだからね……」


「はぁ、もういいです。どうしようも無くなったらブッパでもなんでも好きにしてくださいよ……」


「あぁ、任せてくれ」


 言質は取ったぞ。





「とりあえずこれで大事な話はお終いでいいですか? いいならそろそろお酒を頼みたいんですけど」


「いや、もう1つだけ残っている。なんならこれが一番大事な話と言っても過言では無いだろう」


「あら、まだ何かあったの? しかも一番大事……?」


「うーん。わたくし何故だかとってもどうでもいい話が飛び出す予感がしますわね」


「私もなんとなく同じことを思ってました。でもまぁ本当に大事な話の可能性もありますし、とりあえず聞きましょう」


 何故か訝しげな視線を送るロゼとリンカだが、その視線は無視して話を進めることにする。


「最近は白銀狼を相手取るのにガードに専念していただろう?」


「そうね。お陰で戦い易かったわよ?」


「そのせいでだな、長いことパイルバンカーをブッ放していなかったせいでフラストレーションとか色々なモノが溜まってしまってだな」


「あ、すいませーん! お酒の注文お願いしまーす!」


「料理のおかわりもお願いしますわー」


「私もお腹減ってきちゃったし、そろそろご飯食べようかしら……ってもうほとんど残ってないじゃない!? マリーどれだけ食べたのよあなた!?」


 その後、俺の話はなし崩し的に無かったことにされた。何故なのか。

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