第55話 夢は現に

 明るいような暗いような、そんな不思議な空間で体がフワフワと漂っていました。


 痛くもない。


 苦しくもない。


 ただただ、心地良い。


 これは夢なのだと、それだけは理解していました。


 イリーナの体で過ごした短い生も終わり、苦しいことや、悲しいことから解き放たれ、恨みや憎しみに縛りつけられることもなく、私が私らしくいられる。


 それが、この場のようでした。


 視界の中に入ってくる長い髪の色は、どうやら銀色のようです。


 また違う体になってしまったのでしょうか。


 でも、違和感はありませんでした。


 ポカポカと暖かい陽だまりの中で微睡むように過ごしていると、誰かに呼ばれてそちらを見ました。


 “シャーロット”と、私に声をかけたレオンが、モフーを抱いて立っていました。


 これは、やっぱり夢のようです。


 私にとって、都合のいい夢。


 そして、寝起きのような感覚のせいか、レオンとの再会で生まれるべき感情が少々鈍くなっているようです。


 溢れて溢れて止まらなくなりそうなほどの想いがあるはずなのに、それが綺麗にラッピングされて、今は私の胸の内に収められているようでした。


 やはり、この場所では普通の感覚ではないようです。


 もう一つ不思議なのは、レオンの見た目がレオンではなかったのに、その子がレオンだと分かりました。


 黒い髪と瞳なのは同じなのですが、褐色の肌色で、何よりも子供の姿をしていました。


 7歳くらいの男の子でしょうか。


 でも私も白いワンピースを着ている自分の体を見下ろすと、同じ年齢くらいのカラダのようでした。


 レオンは、眩しいものを見るかのように、私を見ています。


 髪の色以外の自分の姿が分からないので、どこかおかしな所があるのかと不安に思いました。


 戸惑っていると、


『辛い目に遭わされたのに、君は責務を全うしたね』


 モフーが私に話しかけているようでした。


 主神様……なのでしょうか?


 どこかで聞いたことがあるような声ではありましたし、主神様だと思えば、そうとしか見えません。


 責務を全うしたなどと、そんな事はありません。


 結局私は、最後の最後まで、積極的に人を救おうとはしませんでしたから。


 自分が助けたいと思う者しか気遣ってあげれませんでした。


 最後の最後の願いすら、私が大切だと思う人のためにしか使っていません。


『うん。まさか、“モフー”のために精霊を残すとは思わなかったよ』


 そう言えば、モフーはどうしたのでしょうか。


 まさか、もう……


『モフーは精霊に見守られながら、元気に過ごしているよ』


 では、何故、主神様がモフーの姿をしているのでしょうか。


『モフーの中に入って、シャーロットから魔力を少しずつ分けてもらっていたんだ。そうしなければ、僕は消えてしまうところだった』


 消えかけた?


『人は、自ら神との絆を断ち切った。聖女を殺すということは、そういうことなんだ。おかげで、僕は消えかけたし、そうなれば、月の大陸もどうなっていたか』


『ごめん、シャーロット。肉体をもつ者に、生きている者に、僕は直接干渉できないんだ。だから、君を見殺しにしてしまった』


 主神様に謝られるとは思いもしませんでした。


 自分の感情を確認するようにレオンを見ました。


 私の中にはもう、怒りも恨みもありません。


『シャーロットが大陸を支えてくれたから、僕は完全に消えなくてすんだ。そのせいで、イリーナの体で生きていたシャーロットの寿命を、少しだけ縮めてしまったけど……』


 私は、主神様から与えられた責務を全うしていません。


 多くの人々を見殺しにしました。


 それを、後悔もしていないのです。


『それもヒトが選んだ運命だから、シャーロット一人が背負う事ではないんだよ』


 イリーナがその体を貸してくれなければ、私は、何も救うこともなく、レオン達にも会えないままでした。


『うん。あの子のことは心配しないで。君のせいではないのだから』


 私は、赦されるのでしょうか?


 後悔も、あれ以上の恨みもないけど、ただ、何もかもを忘れてしまうには、やはり見殺しにした者に対する罪と言うものが大きすぎるとは自覚していました。


 私が償わなければならないものがあるはずなのです。


『シャーロットがそう考えるのなら、償いと言う意味で、お願いがあるのだけど』


 何でしょうかと、首をかしげました。


『また、レオンに会いたい?』


 それはもちろんですが、会いたいと言葉にしてしまっては、レオンの命を縛り付けてしまうことになるのではないでしょうか。


『レオンは、シャーロットに会いたかったから、ここで待っていたんだよ』


 レオンを見ると、それを肯定するようにニコリと笑いかけてくれます。


 それが、穂先にあたる陽光のようで、ラッピングされたものを今すぐに開けたくなりました。


『お願いと言うのはね』


 主神様に無理矢理意識を向けました。


『シャーロットとレオン。二人の力で、一人の女の子を幸せにして欲しいんだ』


 思わずまた、レオンと顔を見合わせます。


 意味がよく分からないことではありました。


『その子の命が、二人を結びつけてくれるから。その役割を与えることで、その女の子が救えるんだ』


「その子は、何か罰を与えられたから、幸せになれないのか?」


 レオンが主神様に尋ねています。


『違うんだ。その子は、悪くないんだ。ただ、神が世界を作った時に、不幸な運命を背負わされてしまったとしか言えない』


 神が不幸になるように仕向けていると言うことでしょうか。


『そう捉えられても、仕方がないね』


 主神様が、そう仕向けたわけではないですよね?


『うん。でも、その神は、僕の身内になるのかな』


 何だかまた、難しいことを任されようとしているようでした。


 私に、誰かを幸せにすることなどできるのでしょうか。


『その子の名前は“アンナ”。ヒトが関わる事だから、君達がどんな運命となるのか、僕はもうハッキリと断言することができない。でも、“アンナ”が必ず君達のことを繋いでくれるから』


 いつの間にか、モフーの姿をした主神様は消えていました。


 レオンと改めて向き合います。


 また、しばらくのお別れのようです。


 何処かでレオンに出会えた時に、それに私は気付くことができるでしょうか。


 ちゃんと、声をかけてあげることができるでしょうか。


「俺が必ず、貴女の元に行きます」


 レオンが誓うように宣言してくれると、お互いの姿がだんだんと霞みがかかるように見えなくなっていきました。


 お別れ、というわけではないようなので、その言葉は交わしません。


 レオンの誓いを大切に胸に抱いて、再び心地良い眠りにつきました。























 ──────────────────


 これで完結となります。



 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて 奏千歌 @omoteneko999

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