第54話 最後に姉として
元凶であったロズワンド王国が消滅してから、どれだけの月日が流れたのか。
それでもまだ逃げ回っているあの女達を追って、騎士を辞してアースノルト大陸まで来た。
そしてついに仕留める事に成功したが、私も無事では済まなかった。
流れ出る血を止めようがないほどに深傷を負っていた。
地面に横たわり、浅い呼吸を繰り返す。
あの子の無念を思えば、こんな痛みどころではないはずだ。
復讐を成し遂げたところで、心が晴れることなどなかった。
あの女は、最後まで命乞いをしていた。
己の罪を省みることなく。
「生き別れた妹を探さなければならない。私のことはどうか見逃して欲しい。私は、誰かを傷つけたりなどしない。国の再建や復讐などに興味はない。ただ、妹と普通の生活を送りたいだけなの」
「誰かを傷つけないか……私は、お前達のせいで、妹との再会が永久に叶わなくなったのだ」
それを聞いた女の瞳が、見開かれた。
「貴様が殺したエルナトに、家族が、姉がいるとは思わなかったのか?妹を殺された姉が貴様を見逃すと思うか?それは、貴様自身が一番理解できるのではないか?復讐などに興味はないと、よく言えたものだな。お前自身が復讐される対象となると言うのに」
それを告げると、女は絶望に顔を染めていた。
イリーナ、イリーナと誰かの名前を呼びながら、地面に尻をつき、後ずさっている。
最期はあっけないものだった。
首に切りつけると、大量の血を噴出させながら、しばらく地面の上をのたうち回っていたが、それも直に動かない物体へと成り下がっていた。
いつまでもその不快な死体を眺めることなどしなかった。
この女だけではなく、辺りにはロズワンド出身の原初の民の骸が数多く転がっていた。
それを誰かに見られる前にそこから移動したから、今は辺りに人の気配は無い。
物言わぬ骸も無い。
教会の建物が木々の隙間から見えているくらいで、この場にいるのは、私と、彼だけだ。
冷たい地面を肌に感じていると、私を抱き起してくれた。
運命を共にしたいと言ってくれた言葉に甘えて、こんな所にまで付き合わせてしまった。
原初の民の能力を使って逃げ回るあの女達を、同じ原初の民である彼の力がなければ、視界に捉えることすらできなかった。
あの女を守る者達の能力を、彼が封じてくれなければ。
多くの同族殺しをさせてしまったけど、それでも構わないと言う。
もっと出世ができただろうに、私怨に塗れた私なんかの部下に甘んじて、国まで捨てさせて。
そんな彼を一人この場に残していかなければならないことだけは、気がかりだった。
最後に姉として成すべき事はやり遂げたから、ここで死んだとしても悔いはないのだけど、巻き込んで、振り回して、私を看取らせて、結局、この人の幸せはどこにあるのか。
私が幸せにしてあげることができなかった分、誰か、他の女性に、当たり前の普通の幸せを与えてもらえたらいいけど。
そんな事を考えていると、叱りつけるような視線を向けられた。
最後に見るものが、この人のこんな顔で、もっと長い人生を共に歩んで、最後に笑わせてあげたかった。
謝罪を口にし、自然と薄れゆく意識に任せて、目は閉じられようとしていた。
まさにその時、
「お姉さん、大丈夫ですか?」
少女の声が聞こえ、目をわずかばかり開けると、10に届くかどうかだと思われる子どもが私を覗き込んでいた。
だが、視線は合っていない。
目が不自由なのかもしれない。
「怪我をしていますね?動かずに、このままでいてください」
少女の小さな手が傷口にあてられると、じんわりと温かいものが広がり、痛みが徐々に薄れていった。
死の淵にあったはずなのに、血を流し続ける傷は塞がり、はっきりと意識は覚醒する。
「これは、神聖魔法なのか?」
驚き、少女に尋ねていた。
「お姉さんは、エルナト様にそっくりですね」
それに答える代わりに、私の方を見て、ニコニコ笑っている。
私の顔が見えないはずなのに、でも、その言葉は何よりも嬉しいものだった。
「君は、聖女エルナト様に会った事があるのかい?」
「はい」
この大陸で、まさかあの子の顔を知っている子に出会うとは、しかも、その子が私を救ってくれるとは。
運命とは、わからないものだ。
「お兄さんとお姉さんを教会までご案内します。そこでお休みください。司祭様は優しいので、歓迎してくれますよ」
少女の言葉を聞き、まだ動けない私を彼が抱き上げてくれる。
申し出を、有り難く受ける事にしたようだ。
少女は教会に着くまでの間、機嫌良く喋り続けていた。
慣れた道なのか、不自由な視力でも迷いなく歩いて行く。
「私はまだまだ未熟者で、あの方のように人を救える領域には至っていません。お姉さんの傷は塞がっても、まだ完全には体が回復していませんので、ゆっくり休んでくださいね。その間のお世話をさせてください」
少女の話はまだまだ続く。
「最近、ある方が作った子供服を着ると、重い病にならないと話題なのですよ。残念ながら、その製作者さんは亡くなってしまっているのですが、生まれた赤ちゃんに着させてあげたいと、教会を訪れる親が後を絶ちません。なので、平民も貴族も平等に使用できるようにしています。ここの教会にも数着あるので、お姉さんのお子さんが生まれた時も、利用できると思います」
私の子供か。
そんな時が訪れるのかはわからないけどと、顔を上に向ける。
私のことを苦もなく運び続ける彼を見上げていた。
とりあえず家族が一人増えるくらいは、簡単なことのようだ。
私が元気になって、一言告げればいいだけなのだから。
「司祭さまー!お客さんをお連れしました!」
少女の元気に響く声を聞きながら、少しだけ先のことを想像して口もとを緩めていた。
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